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「マル激 TALK ON DEMAND」【136】

【神保哲生×宮台真司】実話を元に描かれた「映画でわかる“社会の病巣”」

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――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

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『ペンタゴン・ペーパーズ 「キャサリン・グラハム わが人生」より』(CCCメディアハウス)

今号は特別編として、神保氏、宮台氏による映画批評企画をお届けしたい。紹介する作品は『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『ザ・シークレットマン』『15時17分、パリ行き』の3本。いずれも実話を元にした作品ではあるが、アメリカと日本の状況が大きく異なることがわかる。これら3作から見える、日本の問題点とは――。

神保 今回はその月の5回目の金曜日に特別企画をお送りする『5金』恒例の映画特集ということで、海外から帰ったばかりの宮台さんに、無理にたくさん映画を見てもらいました。今の日本やアメリカの政治で起きている問題を考える上でヒントになる映画が、ここのところ目白押しです。いつものことですが、ネタバレもします。ただ、今日取り上げる映画はどれも最後に話がどんでん返しするようなサスペンスものではないので、鑑賞前に映画の内容を知っても、楽しみは失われないと思います。

 1本目はスティーヴン・スピルバーグ監督の最新作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』です。

宮台 「ペンタゴン・ペーパーズ」というのは、年長者は「マクナマラ報告」や「マクナマラ文書」と記憶してらっしゃるはずです。

神保 「ベトナム戦争報告」という呼び方もされるようです。ペンタゴン(国防総省)のロバート・マクナマラ長官がランド研究所というシンクタンクに諮問して作らせたベトナム戦争の現状を分析した、7000ページからなる報告書【編註/米国防総省がベトナムへの軍事介入について緻密な研究をした結果、勝利の見込みがないと推論したにもかかわらず、ベトナム戦争に突入したことを示した報告書】のことです。メリル・ストリープがワシントン・ポストの当時の社主のキャサリン・グラハム役を、トム・ハンクスが編集主幹のベン・ブラッドリー役を演じています。あまりにも衝撃的な内容ゆえに、政府が機密扱いにしていたペンタゴン・ペーパーズの内容を最初にスクープしたのは、ニューヨーク・タイムズのニール・シーハン記者でした。しかし、ニクソン政権が同紙に対して差し止め請求を行い、裁判所が仮処分という形でこれを認めたため、一足遅れて同文書を入手したワシントン・ポストは、それを報じるかどうかの難しい決断を迫られます。

 ただ、その時同紙は資金難に陥っていて、資金調達のために上場を控えていました。もしそのタイミングで社主や編集主幹が訴追されれば、投資家が資金を引き揚げて、会社が潰れてしまう可能性がありました。

 それまで主婦しかやったことのなかったキャサリンは、夫のフィル・グラハムの自殺で期せずしてワシントン・ポストの経営を引き継ぐことになったものの、当時は「女性、しかもお嬢様育ちの専業主婦に新聞社が経営できるわけがない」などと陰口を叩かれていて、それを見返してやりたいという強い思いも持っていました。

宮台 経営委員会ボードでも、事実上お飾りみたいな扱いです。

神保 彼女自身も機密指定されている文書の内容を記事にすることについて葛藤はありましたが、最後は合衆国憲法修正第一条の「表現の自由」を守らなければならないとの強い思いから、記事の出版にゴーを出します。そもそもペンタゴン・ペーパーズ事件というのは報告書の著者のひとりだったダニエル・エルズバーグ博士が、明らかに大義もなければ勝算もない戦争にアメリカが深入りしていくさまを黙って見過ごせないと考え、当時機密扱いされていた7000ページに及ぶ報告書を少しずつ持ち出して、3カ月かけて密かにコピーし、それをニューヨーク・タイムズのシーハン記者に見せたことで、その存在が明るみに出た事件でした。重要なのは、当時、アメリカ国民はベトナム戦争について本当のことを知らされていなかったために、戦争に対する世論の支持は高く、当初、その戦争を批判的に捉えた報告書をリークしたエルズバーグ博士に対する風当たりも当初は強かったのですが、この報告書のリークによってベトナム戦争の実情を知ったアメリカの世論は、その後、大きく反戦に傾いていきます。

宮台 日本の大本営とほとんど同じです。正統性のある戦争で、戦況はアメリカの有利なほうに進んでいると。

神保 しかし、ペンタゴン・ペーパーズのリークで、過去の政権が嘘をつき続けてきたこともわかってしまった。ただし、メディアと権力の戦いという意味では、ここからが肝心なところです。ペンタゴン・ペーパーズの第一報をニューヨーク・タイムズが報じた後、ニクソン政権が行った差し止めの仮処分請求が認められ、同紙は続報を報じられなくなってしまいます。しかし、過去にエルズバーグと共にランド研究所で働いていた経験を持つ、ワシントン・ポストのベン・バグディキアン記者が、ニューヨーク・タイムズから少し遅れてエルズバーグから報告書を入手します。

宮台 連絡先がわからず、電話番号のリストを上から潰しながらかけていくがなかなかつながらない、というさまが映画では描かれていました。

神保 そうしてワシントン・ポストもペンタゴン・ペーパーズを入手するが、ニクソン政権はそれを察知して、ワシントン・ポストに対しても差し止め請求をしてくる恐れがあったため、同紙はニューヨーク・タイムズが3カ月かけて分析したものを、実質1日で記事にしなければならなかった。記者たちが手分けして文書を必死に読み解いているまさにその最中に、経営陣の間では記事を出すか出さないかの激しい攻防が繰り広げられていました。

 最終的にキャサリンの英断でワシントン・ポストは記事を出しますが、その結果、社主や編集責任者が国家機密を漏洩した罪で逮捕される可能性もありました。ところが、アメリカ中の新聞が同紙の記事を転載して、共同戦線を張ります。そして、最終的に最高裁はニクソン政権の差し止め請求を却下し、メディアがニクソンに対して勝利を収めます。しかし、映画には描かれていませんでしたが、機密を漏らした人間が許されるわけではないので、エルズバーグはこのタイミングで、自ら出頭して逮捕されます。メディアが報じる権利は修正条項で保護されていますが、国家機密にアクセスできる人間は当然、守秘義務を負っているので、たとえ違法行為を告発する目的でも、これを流出させる行為は罪になるからです。アメリカで内部告発者保護法ができたのは1989年のことです。

宮台 最高裁による記事掲載許可の判決文が朗読されます。つまり、「修正第一条は合衆国を守るものであり、統治権力を守るものではないのだ」と。日本の最高裁には到底期待できないような、非常に素晴らしい理念的な判決文で、感動的なシーンでした。

神保 ブラックマンというリベラル派の判事の言葉を、メグ・グリーンフィールド記者が電話口で復唱するシーンが、とても感動的でしたね。この事件では、プロフェッショナルなトレーニングを受けたジャーナリストでもなく、もともと主婦で「女に新聞社は経営できない」などと散々バカにされていたキャサリン・グラハムが、刑務所に行くことも覚悟して報道に踏み切る。エルズバーグも同様にジャーナリストではなく研究者ですが、出頭の際に「この事実をアメリカ国民に知らせないことの片棒を担ぐことはできない」という声明を出しています。いわば“普通のアメリカ人”である彼らが、そういうふうに動けるのはなぜか?

宮台 キャサリン・グラハムは最後に、何がその組織を存続させるのか、という問題に立ち至りました。映画ではベン・ブラッドリーのセリフとして描かれていますが、「これで記事の掲載をやめたら、ワシントン・ポストは残っても、死んだと同じだ」と。これは名言です。経営者としては当然、自分たちが刑務所に入り、会社が潰れるかもしれないというリスクを考えるが、よく言う組織アイデンティティの問題で、「ワシントン・ポストという会社は残っても、しかしそれはすでにワシントン・ポストではない」と。

 あえて言えば、本作は合衆国憲法が想定している国益の保護と、統治権力のいう国益の保護とは違うんだということをまず描いている。統治権力は国益に関するさまざまな営みのステークホルダーだから、自分の誤りは絶対に認めません。これはワシントン・ポストの魂の存続と、経営陣がいう企業としての存続の違いと同じです。会社や国が存続するというときに、いつもそういう二重性があるのだということを、この映画は繰り返し描いている。

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