サイゾーpremium  > 連載  > 小原真史の「写真時評 ~モンタージュ 過去×現在~」  > 写真時評~モンタージュ 現在×過去~【06】
連載
写真時評~モンタージュ 現在×過去~

「黒船」と富士山とプロパガンダ

+お気に入りに追加
1210_shashin01.jpg
「戦艦サウスダコタと富士山の夕日」(1945年、IZU PHOTO MUSEUM蔵)/戦中霊峰として日本人の戦意発揚に貢献した富士山は、アメリカ側のプロパガンダとしても利用された。

 1945年9月2日、日本の降伏文書調印式が東京湾の戦艦ミズーリ上で行われた。式中ミズーリの甲板が二枚の星条旗で飾られたというのはよく知られたエピソードだろう。一枚は1853年に来航したペリー艦隊のサスケハナ号が掲げていた31星入りのもの、もう一枚は1941年の真珠湾攻撃の際にワシントンのホワイトハウスに掲げられていた48星入りのものだ。当時の州の数だけ星が入れられた二枚の星条旗は、調印式に臨むダグラス・マッカーサーの要望によって本国から取り寄せられたという。アメリカ合衆国の象徴・星条旗によって、その勝利が演出されたわけだ。ペリー艦隊来航から92年越しの勝利といったところだろうか。

 この日の東京湾には、夏の天気としては珍しく、富士山の姿が海面に映っていたようだ。この山もまた日本の象徴とされてきたものの一つだろう。ペリー艦隊は伊豆半島の石廊崎を回る際に富士山を遠望し、その後戦闘開始の号令が発せられたという。海上から見える高山は世界にもあまり多くないようだが、乗員たちが石廊崎沖で眼にした雄大な富士山の姿は、そこが日本の領海内であることを強く意識させるものだったのかもしれない。『ペリー艦隊日本遠征記』の表紙にも、向かい合うアメリカ人と日本人を背景に富士山の装飾が施されている。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2018年12月号

"異能作家"たちが語る「文学、新宿、朗読」論