
「すべてに片をつけるため、死なない程度に殴られろ!」
関連タグ : 201006 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
英語とコメディを学びに、単身ニューヨークへ渡った芸人・中牟田秀直。勉学とコメディの実践に励む中、日本に置いてきたスキャンダルに苦しめられたり、現地で危ない目に遭ったりした彼の、1年2カ月にわたる武者修行生活が、終わりを告げようとしている──。
NY留学も終わりに近づいた頃、中牟田は日本人の友人から「最後に、NYにあるピアノバーに飲みに行きましょう。ネタにしていってくださいよ」と誘われた。男同士の誘いに快く乗ったのだが、ここでも中牟田はちょっと面倒に巻き込まれた。ピアノバーは日本でいうキャバクラのことだ。NY在住の日本人女性がホステスで、客もほとんどが日本人男性の、日本人による日本人のための憩いの場である。そこで2時間ほど酒を飲んで帰ったのだが、後日、そこにいたホステスが、彼女が通っている語学学校内で、「中牟田が店に来たんだけど、外で待ってて、しつこく『一緒に帰ろう』って、タクシーに押し込もうとするんだよね。あの糞芸人、マジ変態。全然懲りてない」と、ガセネタを広めていたことが判明したのだ。これには参った。完全な事実無根だ。これから日本に帰って記者会見をやるというときにそんなデマを広められたら、隣町からも消防隊を呼ばなければいけないくらい、噂の火消しで一斉出動だ、と中牟田は肝を冷やす思いだった。
ケツ拭いの多い人生を送ってきました......
関連タグ : 201005 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
芸人・中牟田のニューヨーク武者修行も終盤が近付いてきた。コメディクラブで出演を重ね、メインを張ったショーまでやり、めきめきと成長していた彼だが、ここにきて再び、 日本で起こったスキャンダル報道に頭を悩まされるように......!?
中牟田は、留学期間の後半から、NY在住の日本人コミュニティとのかかわりも持つようになっていた。彼はかねてから、「海外に出た時は、その地の日本人コミュニティに顔をつなげておくことが大事だ」と思っていたので、その手の誘いには基本的に参加していたのだ。講演も普通にした。もちろん無償である。
しかし、彼自身のスキャンダルが誇張・捏造されて報道されている部分があったのを、下手に扱われるのが面倒だった。
下ネタは身を助く〜拳銃に比べりゃ、どってことないね〜
関連タグ : 201004 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。相変わらず語学学校に通いながらコメディクラブに出演したり、オーディションを受ける日々が続いていたが、彼目当ての日本人客が多く集まるようになってきたため、いつも出演しているクラブのマネージャーから、中牟田をメインにしたショーの開催を提案される。
そうして中牟田は、ニューヨークはマンハッタンの老舗コメディクラブで"中牟田ショー"を行うことになったわけだが、クラブマネージャーのバディー・フリップに、彼をトップにショーが行えるとまで思わせたのは、集客力もあるが、パフォーマンスに対する彼の執念・ガッツもあったのだった。ここニューヨークでは、日本の演芸場では想像できない事態が起きることもあって、その状況下でも逃げないでやり切れるかどうかで、コメディアンとしての資質が問われるところがある。なんといっても中牟田には、東南アジア旅行中、拳銃がごろごろ転がる場所で不当拘束された経験があり、少々のことでは心が折れない度胸が身についていた。洗練されて行儀のいい客ばかりのところもあるが、中牟田の出演していたニューヨークコメディクラブは、もっと泥臭い、時にギャングまがいの酔っ払いがほとんどになってしまう場所であった。英語でいうところの"heckle"、つまり野次や、酔った勢いでのコメディアンへの絡みが過剰になり、勝手に客だけでパーティー状態になってしまうのである。
アメリカ人とうまく付き合う、たったひとつの冴えたやり方 〜あるいは、いかにして力士は身を清めるか〜
関連タグ : 201003 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。日本では本人不在の中でスキャンダルが報じられもしていたが、バラエティ番組のオーディションに挑戦したり、日本人が大多数とはいえ、彼目当ての客でコメディクラブを埋めたりと、日本での問題は忘れるほど、好調な毎日を送っているのだった。
中牟田は、コメディショーに出演する傍ら、よく「オープンマイク」という場にも出ていった。コメディクラブやライブバーを会場に、コメディアンだけが出場するという、ネタの練習も兼ねた企画なのだが、彼はネタを毎週変えて出場していた。英語については、まずは自分で考えて、ネタを仕上げるときに、日本からの帰国子女や、日本に駐在していたアメリカ人に頼みながら、内容に即したしゃべり方にしていた。
寒くても、オーディションのためならエンヤコラ〜えー!? 10時間待ってそのネタ!?〜
関連タグ : 201002 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。予定通り、コメディスクールに通い、ショーに出る傍ら、語学学校でも何かとヨロシクやっていたりと、順調な留学生活を送っていた。そんな彼に、テレビ出演のチャンスが訪れた──。
中牟田がニューヨークに来て5カ月ほどたった。コメディのほうは相変わらず好調だった。ショーに出るたび、けっこう笑いがとれる。同じ語学学校に通う日本人が彼のショーを観に来るのも、定番になっていた。日本で一定の知名度があった中牟田は、日本人なら8割方に知られている。それゆえ、好奇心も手伝ってか、やたらと日本人に寄ってこられていた。日本では、本人不在の状況下でスキャンダル報道もあったが、それもまた興味をそそるらしい。「突然アメリカへ留学したお笑い芸人」というのは、ニューヨークにいる日本人がコメディショーに足を運ぶのに十分すぎる動機なのである。
スキャンダル報道? 関係ないよ、ここはニューヨークさ、ベイビー
関連タグ : 201001 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田は、黒人の友人・Smokyから誘われ、ハーレムのコメディクラブへ出演することになった。当日いきなり、黒人コメディアンたちによる、ギャラのアップを訴える決起集会に同席させられ、しかもうっかり居眠りをこくなど、なかなか危ない状況をくぐり抜けた彼はいま、黒人の客たちの前に立っていた──。
ハーレムの舞台に上がった中牟田はまず、"日本人は何でもスモール"ネタや、"箸でつまんで自慰をするアジア人"ネタなど、自虐的な下ネタを黒人女性ばかりの客前でぶつけてみた。彼女たちは、「そんなにチンコが小さいなら、今ここで見せてよ」とサパークラブで、酔っ払ったキャバ嬢みたいな、ゲスなリアクションをしてくる。中牟田は「私のチンコは小さすぎるから、顕微鏡を持ってこなければだめだ」と返した。ここまでは、まあまあな空気感だったのだ。しかしその後の、アジアンエスニックジョークになると、てんで笑いが取れない。 「アメリカでは銃を所持するのは簡単で、人殺しをするのも簡単だ。そして我々アジア人のギャングも銃は持つけど、弾が違う。日本人は、銃からわさび。韓国人はキムチ。中国人はトウガラシ」などと言っても、しれっとした反応である。ひとつネタが終わると、即ブーイングだ。中牟田には、そのブーイングに対応する英語力も、スタンダップコメディアンとしての腕も全然ない。というか、なんと野次られているのかも、正直よくわからない。ただただ、次のネタをやるのみである。彼を推薦してくれたSmokyが周囲の黒人たちに「黒人以外のコメディアンも聞いてあげよう」と諭すのだが、全然ダメである。中牟田はブーイングを浴びたまま、ステージを降りることになった。
コメディ界のマルコムX的現場で熟睡する 中牟田の明日はどっちだ!?
関連タグ : 200912 | 小説 | 長井秀和
<前回までのあらすじ>コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田は、ついにコメディクラブ出演を果たし、しかも大受けするという、幸先の良すぎるスタートを切った。
日本でのスキャンダルはいまだくすぶっていたが、そんなことよりアメリカでコメディをやるのに夢中になった彼は、ハーレムのクラブに出演しないかという黒人の友人からの誘いに、何も考えずに乗ったのだった。
マンハッタンのハーレムというところは、住人のほとんどが黒人で、他人種には立ち入れない空気感とノリが支配する場所だ。中牟田はその地に、コメディクラスで知り合った黒人に誘われて出向くこととなった。彼、Smokyに電話で詳細を聞くも、ニューヨークの黒人アクセントが強すぎて何を言っているのか聴き取れず、語学学校の先生に電話を代わり、通訳してもらいながら話の要領を得なければならなかった。英語を英語で通訳してもらう――黒人英語を教科書英語に、2pacのライムをEXILEのお手軽英語にする作業である。こんなことをしなければ、行く先と依頼内容も判別できないのだ。いくらアメリカ人にネタがウケたとはいえ、前途多難である。
コメディ・クラブで完全勝利〜ジャッキー・チェンは海を越え〜
関連タグ : 200911 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。現地で活躍する日本人スタンダップコメディアンとの出会いを経て、ついにコメディスクールへと通いだす。内容的にはおそらく日本の養成所と大差ない、しかしネイティブスピーカー向けなので完全には話が聞き取れないレクチャーを受けたあとで、いきなりネタ見せの場が訪れたーー。
コメディアン志望のアメリカ人たちは、たどたどしく英語で話す日本人の中牟田を、好奇の目で見ていた。彼はニューヨークに来てから思いついたネタと、日本にいたときに外国人の前でたまにやっていたネタの2つをやった。
前者は語学学校と寮生活での実体験を活かしたネタだった。
「俺は学校では、遅刻もしないしっかりした生徒、good studentだって言われてる。でも、『日本人だからマジメ』だっていうことじゃない。俺のルームメイトが韓国人だから、俺はマジメなんだ。韓国人がキムチをよく食べるのは皆さんもご存じだろうが、朝昼晩、水を飲むより多くキムチを食べていて、それで水分を取ってるんじゃないかと思うくらいだ」
いざ、次なるミッションへ――「先生、俺もコメディがしたいです」
関連タグ : 200910 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。ついに日本で報じられたスキャンダルのせいで、語学学校の日本人にはよそよそしくされ、反対に学校の先生たちからはコメディアンとして期待を一心に受けるというジレンマに陥りつつも、日々を楽しく過ごしていた。そしてとうとう、もうひとつの目的であるコメディの勉強にも着手することに――。
日本のテレビ局がやってきた。
英語を題材に扱う日本の番組が、ニューヨークの制作会社を介して、中牟田が語学学校で英語を学んでいるところをドキュメントとして撮影するのだという。同じ学校に通う日本人は最初、彼が日本で報じられた例のスキャンダルがらみでカメラが来ているのかも、と思ったらしく、カメラが校内を通ると日本人だけは顔を隠すように避けるのだが、ほかの国の生徒はマラソン見物の沿道の市民よろしく、カメラにピースしている。同じ国の同胞からは忌み嫌われ、他国民からは浮かれ騒がれている。中国では弾圧されて、アメリカに来ると英雄のような扱いのダライ・ラマ14世みたいなものかな、と勝手に思って、その状況を楽しむほかない、と中牟田は自分に言い聞かせた。
スキャンダルは海を超え〜期待と侮蔑のはざまで〜
関連タグ : 200909 | 小説 | 長井秀和
〈前回までのあらすじ〉
コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。日本を発つ間際まで写真週刊誌に追われるなど予定外の事態に見舞われながらも、なんとか無事にニューヨークでの生活をスタートする。慣れぬ異国の地で誰の手も借りず、学生寮で暮らすことにしたため、日本の所属事務所と連絡を取るのにも一苦労だが、これもまた修行の一部なのだと彼は思うのであった。
ニューヨークに着いた翌日から、語学学校に通いだした。まず初めに、1から10までのレベルに振り分けられるテストと面接があり、中牟田はレベル8だった。レベル9を超えればアメリカの2年制の大学に入れる資格を得られるシステムなので、もうワンランクでそこまでいける。真面目に準備をしてきた甲斐があった。
レベル分けの試験をなかなかの成績で終えられて、幸先よく学校生活はスタートできた、と中牟田は思う。学校では、芸能活動をしていた彼を知る日本人からちらちら見られたり、それをその日本人がほかの外国人に伝えるから、好奇の目で見られる状況であった。
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