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ある芸人の赤裸裸笑(小)説「ニューヨーク戦記」第5回

コメディ・クラブで完全勝利〜ジャッキー・チェンは海を越え〜

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〈前回までのあらすじ〉
 コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田。現地で活躍する日本人スタンダップコメディアンとの出会いを経て、ついにコメディスクールへと通いだす。内容的にはおそらく日本の養成所と大差ない、しかしネイティブスピーカー向けなので完全には話が聞き取れないレクチャーを受けたあとで、いきなりネタ見せの場が訪れたーー。

 コメディアン志望のアメリカ人たちは、たどたどしく英語で話す日本人の中牟田を、好奇の目で見ていた。彼はニューヨークに来てから思いついたネタと、日本にいたときに外国人の前でたまにやっていたネタの2つをやった。

 前者は語学学校と寮生活での実体験を活かしたネタだった。

「俺は学校では、遅刻もしないしっかりした生徒、good studentだって言われてる。でも、『日本人だからマジメ』だっていうことじゃない。俺のルームメイトが韓国人だから、俺はマジメなんだ。韓国人がキムチをよく食べるのは皆さんもご存じだろうが、朝昼晩、水を飲むより多くキムチを食べていて、それで水分を取ってるんじゃないかと思うくらいだ」

「それで、俺のルームメイトは朝6時に起きて、キムチを食う。俺は最初は寝てるんだけど、red bullに襲われる夢を見たり、だんだん涙が出てきて耳もツーンとして、しまいにはチンコが立ってしまう。ニューヨーカーの皆さん、キムチでチンコが立ったことがありますか? 俺はそんなキムチ臭がツラくて仕方がない。だから、それから逃れるためには学校に行くしかないんです。だから授業に遅刻しない、いい生徒なんですよ」

 ニューヨークでは、東京と同様、世界各地の料理を出す店があちこちにあるので、ほとんどのニューヨーカーはキムチの存在を知っている。なので、キムチでごり押しした挙げ句の「だから韓国人はgood studentを育てる」的なオチの話は、バカウケだった。

 もうひとつは、「アメリカ人の食べている肉はヤバイ」というネタだ。

「アメリカ人は、ちょっとパーティーなんかあると、人んちの中に自転車で乗り込んできたり、鉢から植木を引っこ抜いて、それをバットにしてバスケットボールを打って騒いだりして、本当にクレイジーだ。ほかの国の奴らとしゃべると、みんな『アメリカ人は本当に頭がおかしくて嫌になる』って言う。でも俺は、なんでお前らがそんなにクレイジーなのか知ってるんだ。それは食ってる肉のせいだよ。お前ら、本当にハンバーガーとか好きだろ? でも、その肉がどこから来てるか考えてみろ。南部だぞ? いっつもテレビで見るたびに、短パンにポロシャツで馬とか乗って、(鼻にかかった南部訛りで)『俺の牛がこのあいだUFOに連れていかれた』だの『あの牛にはチップが埋め込まれてる』だの、狂ったようなことばっかり言ってる南部のオッサンたちが育てた牛なんだ。そんな頭のおかしい奴らが育てた牛や豚ばっかり食べてたら、絶対頭がおかしくなるに決まってんだろ! だからアメリカ人はクレイジーなんだ!」

 これまたウケた。アメリカ人ですらも「あいつらちょっと変だよな」と思ってる人々を、アメリカ人じゃないヤツがいじる、という構図がおもしろいのだろう。英語を巧みに操れない、アメリカで生活してきていない、アメリカのコメディを知らない、と、ないない尽くしのコンディションでも、こんな若手ライブレベルだと、なんとかなってしまうのである。

 中牟田は、コメディスクールの生徒が雑談に興じている間は、言語能力的にネイティブスピーカーのスピードにとてもついていけなかったので、登校拒否予備軍の生徒のように、なるたけ気配を消していたが、ネタのときは堂々ときっちり漫談をやり切った。

 帰り際、同じクラスにいたイタリア系のアメリカ人が、彼に一言こう言った。

「日本人のお前、チンコは小さいけど、タマはでかいな」

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 あまりにしょうもない冗談だが、この一言が、アメリカでコメディをやっていく自信になった。それからは、語学学校で先生に「ネタをやってくれ」と言われれば即座にやって見せ、寮でアメリカ人に「ネタ見せてよ!」と言われればこれにも応じた。アメリカで生活すればするほど、このコメディのネタをできるというのは、コミュニケーションを取るのにかなり有効な技術になった。

 まず第一に、自分がコメディアンであるということを、その場で証明できるという強みがある。いくら「自分は日本で芸能人だった」と言っても、英語のみの世界で、英語を使わないでそれを証明するのは、至難である。しかも中牟田は、極端に太っていたり痩せていたり、一目で笑いが取れるくらいわかりやすく不細工というわけでもなく、見ただけで笑える個所がないせいで、コメディアンであることを余計に証明しづらかったのだ。

 次は、自己紹介を兼ねて自分をアピールできるということだ。アジア人は、人種が入り混じるところに出ると、押しの弱さが仇になって印象を残せず、発言の機会もどんどん減って期待されなくなり、脇に回ってしまうという負のスパイラルに陥りがちだ。そこで埋もれなくなるためには、ユーモアのセンスがあるというのは、集団の中では大きなアドバンテージになる(少々セコい話を明かすと、アジア人同士の間であれば中牟田の場合、嵐だのV6だの、アジア圏でも人気のある日本人タレントとの共演エピソード――つまり"芸能人パワー"がアドバンテージではあった)。

 最後に、アメリカ人の輪に入っていくとき、特に英語に難があるアジア人男性は、とても苦労する。普通にしていたのでは、白人・黒人女性にはまったく相手にされない。コメディという能力は、そこもカバーしてくれるのだ。

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 中牟田がコメディスクールで通っていたのは1カ月で終わる短期のクラスだったため、クラス最後の発表会はすぐにやってきた。Gotham Comedy Clubという、ニューヨークで一、二を争う格式の高いコメディクラブが会場だった。生徒全員、17〜18人が出るショー。中牟田はこのとき、アメリカ人の客の前でやるのは初めてだった。例のキムチネタや、"日本人はなんでもスモール"ネタ、そして日本でもたびたびやってきたジャッキー・チェンネタ。持ち時間のおよそ4分強、客はずっと爆笑だった。ショーを見にきた知り合いが、「ひいき目なしで、全コメディアンの中で3番目くらいにウケていた」と、あとで中牟田に言ってくれたほどだった。

 その日は確かにウケがよく、その場にいたアメリカ人の客にカラオケに誘われて、彼は上機嫌でGuns N' Rosesを歌いまくった。いきなりアメリカ人の客に愛された。コメディに関しては、すべては幸先が良かった。「アメリカでやっていくのもいいかなぁ。日本でやるよりウケたんじゃないか?」と、本気で思ったくらいだった。

 しかし国内では度重なるスキャンダルが報道され、中牟田の事務所は大わらわで、しょっちゅう事務所の社長から国際電話がかかってきては怒られていた。正直、いまはコメディの調子が良すぎるから、日本での騒動をどこか他人事のようにとらえているのかな、と彼はぼんやりと考えた。日本で起こっていることはもうどうにもならないから、気にしないようにした。心労を重ねているだろう家族へのフォローやケアも、投げやりな気分のまま、ろくすっぽしなかった。どうやら、裁判については訴えている側なのにもかかわらず、その後に勃発した別のスキャンダルのために、中牟田が訴えられている側であるかのようなイメージすら生まれているらしい。こうなってはもう、いってみれば「親密な知人女性と女装プレイ中に車でもらい事故」的状況とでもいうか、何から言い訳すればいいかもわからない状態であるからして、中牟田はこれをどうにもならんと判断し、「しばらくは傷モノタレントとして生きていこう」と早々に決意したのだった。

 ともあれ、Gotham Comedy Clubでの中牟田の評判は良く、黒人コメディアンのSmokyから「ハーレムでショーに出ないか?」と誘われた。中牟田は勢いのまま、「やりましょう!」と答えた。しかし、この黒人だらけのハーレムは、アメリカ人のコメディアンでも敬遠する、いわくつきの土地だった。そこで中牟田は、日本で普通に芸人をやっていたら経験できない事態に遭遇することになるのだったーー。<続く>

 ※この小説はフィクションです......ということにしておいてください。


ながい・ひでかず
お笑い芸人。07年9月、突如およそ1年間に及ぶニューヨーク武者修行へ。現地にて「ガチで笑いの取れる、数少ない日本人」との高い評価を得て帰ってくる一方で、私生活では女性問題が原因となって嫁に逃げられ、世間様から「ダメ人間」のレッテルを貼られる。


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