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萱野稔人と巡る超・人間学【第26回】

類人猿の食と性から見る人間社会

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

人間は他人と食事を共にする生き物であり、会食をする生き物は他に存在しない。それは人間の祖先の性のあり方を変え、共同体を作ってきた。霊長類学者・山極寿一氏に食と人間社会の発展について聞く。

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(写真提供/地球研)

今月のゲスト
山極寿一[総合地球環境学研究所所長]

霊長類学者。京都大学理学部卒、同大学院で博士号取得。理学博士。京都大学総長、国立大学協会会長、日本学術会議会長、日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長などを歴任し、2021年より現職。主な著書に『ゴリラ 森に輝く白銀の背』(平凡社)、『父という余分なもの サルに探る文明の起源』(新潮文庫)、『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』(NHKブックス)など。


萱野 コロナ禍による自粛生活では、人と会食することが大きく制限されました。その会食の制限に強いフラストレーションを感じた人も少なくなかったでしょう。しかし、そもそもなぜ人は他の人たちと一緒に食事をしたがるのか。霊長類学の研究者として人類の“食”についても深い考察をされている山極寿一さんにお話をうかがいたいと思います。

山極 会食は単純に他人と一緒に食物を食べるだけの行為ではなく、人間が発明した人間社会の根幹に関わる社会的事象であり、もっとも古い起原を持つ文化だと私は考えています。食物の分配は類人猿でもたまに起こります。しかし、人間は食物を採集する段階から仲間と一緒に食べることを念頭に入れ、手に入れた食物を運んで持ち帰り、それを待っていた仲間に分配して一緒に食べる。こんなことをするのは人間だけです。そして、なぜこれが人間の社会性の根幹に関わるのかといえば、人間の他者に対する期待や信頼、共感を生じさせた契機になり、それが人間の社会を作ってきたからです。

萱野 多くの動物は食物を、手に入れたその場で食べます。それに対し、人間は手に入れた食物をわざわざ仲間のところに運び、仲間と分配して一緒に食べる。これは人間に固有の行為だということですね。

山極 オランウータン、ゴリラ、チンパンジーといった類人猿は今でも熱帯雨林に生息しています。そこでは食物が豊富にあるから、わざわざ運ぶ必要もありません。しかも危険な肉食動物に狙われても木の上に逃げることができて安全です。しかし、そんな熱帯雨林から人間の祖先は、肉食動物から逃げる場所もなく、食物も分散していて手に入りづらい草原に出ていってしまった。そして、そこで生き延びるために人間の祖先が獲得したのが、直立二足歩行という奇妙な歩行様式です。

萱野 直立二足歩行も、他の動物には見られないものですね。

山極 直立二足歩行が何のために現れたのか、2つの理由が考えられます。ひとつは長距離移動をする際のエネルギー効率の良さです。速度は遅いのですが、長距離を歩くときにエネルギーを節約できる。

萱野 食物を探すために広範囲を歩き回ることに適している、と。

山極 もうひとつは、自由になった手でモノを運ぶため。あらゆる動物の中で人間だけがモノを持って歩くことができるわけですが、そこで運んだものが食物だった。人間の祖先は熱帯雨林を離れたがゆえに草原を歩き回って食物を探し、自由になった手でそれを運んで、待っている仲間に分配して一緒に食べるという行為が起こったのでしょう。

萱野 会食の起源そのものが、人間という動物が存在してきたそのあり方に直結しているんですね。では、その会食からどのように人間固有の社会性が形成されてきたのでしょうか。

山極 自分の目の前にない食物を欲望し、仲間に期待するという感情が生じたことが重要です。食物を探しに行っている者も、そうした仲間の期待を想像する。互いに姿の見えない相手について斟酌する気持ちが芽生えたのですね。それが新しい関係性を作っていった。類人猿の食物の分配は、魅力的な食物がある場所でそれを持っている強い個体に対して、弱い個体がおねだりをすることでしか起こりません。類人猿は自分の目の前で起きたことしか信じないのです。

萱野 相手が目の前にいなくても仲間という関係が成立するようになったんですね。

山極 食物が人々をつないだのです。それまで個人的なものだった食物が社会化したといえます。食物を触媒にして仲間に対する信頼関係が生まれ、その食物を分配して対面しながら一緒に食べることで共感力を高めていく。それが人間の社会を作ったのです。

萱野 人類の祖先は熱帯雨林から草原に出たことによって突然、食べ物の分配をするようになったのでしょうか。それともそれ以前に萌芽となるような行動形態があったと考えられるのでしょうか。

山極 萌芽として類人猿の食物の分配があり、そこから食物と何らかのバーター取引が成立していったと考えられます。食物を与えることで何かお返しをもらえる。それはたとえば交尾です。人間以外の霊長類、サルや類人猿の社会ではメスが拒んだら交尾はできません。レイプは存在しない。だから、食物を手にしたオスがメスにおもねって食物を与えて恩を売って交尾をしてもらうという取引が成立するのです。

萱野 とすると、人類による食べ物の持ち運びは、もともとはオスからメスへの食物の分配として始まったと考えられるのでしょうか。

山極 単純にオスがメスに食物を分配するだけではなく、その適用範囲を広げていったのでしょう。たとえば、鳥にもエサを求愛の道具にする種はいますが、人間の場合は食物を使って他者との人間関係を操作できるようにもなった。これは人類ならではの食物の使い方だと思います。

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