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第1特集
【サイゾーPremium特別企画】100年以上の歴史を持つ雑誌もーー

芥川賞の選考母体はたったの30作品? 日本独自のシステム「五大文芸誌」の世界

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――なんだか難しそう……と敬遠している人も多そうな純文学の世界。その最大のイベントである芥川賞からは、最近死去した石原慎太郎や西村賢太、芸人と作家の二足のわらじを履く又吉直樹など、多彩なスターが生まれている。実はその候補作のほとんどは「五大文芸誌」から選ばれていることをご存じだろうか? 意外と知らない5誌の特徴について、文芸評論家で法政大学教授の田中和生氏がナビゲートする。

純文学の世界における五大文芸誌、それが「新潮」(新潮社)、文學界(文藝春秋)、群像(講談社)、「文藝」(河出書房新社)、「すばる」(集英社)です。芥川賞受賞作は年に2回発表されるのですが、上半期は前年の12月からその年の5月、下半期はその年の6月から11月に、その5誌に発表された作品から候補作が選ばれることがほとんどです。ただし、まれに早稲田大学が出している「早稲田文学」(早稲田文学)や、慶應義塾大学が出している「三田文学」(慶應義塾大学出版会)から選ばれることもあります。

また、近年では公募新人賞の太宰治賞受賞作や、文学ムックの「たべるのがおそい」(書肆侃侃房)から候補が出たこともあり、2019年上期には朝日新聞出版から出ている比較的新しい雑誌「小説トリッパー」から今村夏子の『むらさきのスカートの女』が受賞しました。かつては地方で文学を志す人たちが集まって出している同人誌から選ばれることもありましたが、最近はほとんどありませんね。選考対象となる区切りの月の5月と11月には、各誌芥川賞を狙えそうな作品を掲載してくる傾向があります。

もしかしたら芥川賞の候補は、非常にたくさんの作品の中からふるいにかけて選考されていると思っている人もいるかもしれません。しかし実際は、選考の対象になる母体が事実上その5誌のみ。しかも芥川賞は基本的にデビューして間もない人を対象にした新人賞的な性格を持っており、すでに芥川賞を取った人は選考対象から除外されますので、対象になりうる作品はせいぜい半期に30作くらい。その中から5作程度の候補が選ばれ、選考委員によって受賞作が決まるわけです。

文学の世界では、かつては純文学と大衆文学の区別というものが厳然としてありました。今ではその垣根は崩れつつありますが、純文学――私は本当はこの言葉よりも“本格的な文学作品”と呼びたいのですがーーは芸術的に新しいことや表現上の冒険を含んでいるのに対し、大衆文学は物語やキャラクターを魅力的に造形する小説上の技法を重視するという違いがあります。そのため、新潮社では「新潮」に対し「小説新潮」、文藝春秋では「文學界」に対し「オール讀物」、講談社では「群像」に対し「小説現代」、集英社では「すばる」に対し「小説すばる」と、主要な出版社では純文学の雑誌と大衆小説の雑誌の2つを抱えています。

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「新潮」2022年4月号(新潮社)

そして五大文芸誌の各誌の特色を説明すると、「新潮」は1904年創刊で、世界でももっとも古い文芸雑誌ではないかと言われています。

歴史が長いので、わりと保守的な作りをしていますが、近年では実験的な要素もあり、表現上の冒険をしている過激な作品もよく掲載しています。今の矢野優編集長は文学の世界ではよく知られた編集者で、さまざまな問題作を作家に書かせています。一度編集長になると10年以上は代わらない雑誌でもあります。

(「新潮」掲載から芥川賞を取った最近の作品=2020年上半期「首里の馬」高山羽根子)


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「文學界」2022年4月号(文藝春秋)

「文學界」(1933年創刊)は、近年リニューアルしてからは、2022年2月号の「AIと文学の未来」や、同年3月号の「“ケア”をめぐって」など、読みものや対談のページが多くなっています。芥川賞を主催しているのは日本文学振興会ですが、文藝春秋社の外部団体みたいな組織で、やはり同社としては「文學界」に掲載した作品から受賞してほしいという印象があります。だから芥川賞が取れそうな書き手を育てようという方針が伝統的に強かったのですが、最近は又吉直樹のような毛色の違った作家が話題を集めるようになって、従来の文学の考え方が通じなくなってきました。「文學界」が多彩な特集を組むようになってきたのも、そのせいかもしれません。以前は芥川賞に合わせて年2回開催していた新人賞もいまは年1回になっています。

(「文學界」掲載から芥川賞を取った最近の作品=2021年上半期「彼岸花が咲く島」李琴峰)


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「群像」2022年4月号(講談社)

「群像」(1946年創刊)は、最近どんどんページ数が増えて厚くなっていますが、なにより連載陣が多彩ですね。新人に冒険をさせる場所が少し減っているようにも見えますが、最近の2020年に「文×論」という論考を増やすリニューアルをしています。版元の講談社には太平洋戦争のときに軍部の方針に合わせるような出版物をたくさん出してしまったという歴史があり、そのために戦後創刊した「群像」では思想や評論を非常に大事にしてきました。だから「群像新人賞」には長年評論部門もあって文芸評論家を輩出してきましたが、この評論部門は現在休止して小説だけの文学新人賞になっています。

(「群像」掲載から芥川賞を取った最近の作品=2021年下半期「ブラックボックス」砂川文次)


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「文藝」2022年春季号(河出書房新社)

「文藝」(1933年創刊)は2019年夏号で大きくリニューアルしました。ほかの4誌は月刊ですが、こちらは季刊の雑誌になります。リニューアルしてからは「中国・SF・革命」、「母の娘」など、あまりなかった刺激的な特集を柱にしていて、2019年秋号の「韓国・フェミニズム・日本」は、17年ぶりに重版がかかりました。リニューアルを手がけたのは女性の坂上陽子編集長で、意欲的な長編小説の掲載にも取り組んでいます。

(「文藝」掲載から芥川賞を取った最近の作品=2020年下半期「推し、燃ゆ」宇佐見りん)


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「すばる」2022年4月号(集英社)

「すばる」(1970年創刊)は、五大文芸誌の中では一番歴史が浅く、それほど大きな特色は見えにくいのですが、最近は評論に力を入れているのと、伝統に縛られないぶん自由な挑戦ができるのか、金原ひとみのように非常に力強い新人が登場します。

(「すばる」掲載から芥川賞を取った最近の作品=2019年下半期「背高泡立草(せいたかあわだちそう)」古川真人)


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