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伊藤文學の薔薇族回顧譚【6】

【薔薇族回顧譚】クローズドからオープンへ――新世代ゲイ雑誌の価値観

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――日本初のゲイ雑誌「薔薇族」創刊編集長が見た、ゲイメディアの勃興とその足跡をたどる

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2019年1月号で創刊25周年を迎えた「Badi」は、19年3月号をもってその歴史に幕を下ろすこととなった。

 日本初の商業ゲイ雑誌「薔薇族」(第二書房)が一定の成功を収めたのち、1970年代半ばから90年代にかけては、多種多様なゲイ雑誌が生まれては消えていった。伊藤によれば、「薔薇族」はそんな中でも“元祖”としての影響力を失わず、ゲイ雑誌界ナンバーワンシェアの座を保ち続けたという。

 しかし、そんな構図も、やがて崩れるときがくる。93年、新雑誌「Badi」(テラ出版)の登場によって、盤石に思われたゲイ雑誌界のヒエラルキーが覆されるのだ。

「『Badi』を創刊したのは平井孝さんといって、新宿二丁目でゲイショップの『ルミエール』を経営している人。『薔薇族』ももちろんルミエールに卸していて、多いときなんか月に2000部ははけたな」

 平井氏が立ち上げ人となり、さらにアダルトビデオメーカーやゲイショップが13社集まって創刊した「Badi」は、90年代らしい、勢いにあふれた雑誌だった。

 若い世代をターゲットに、全国各地の特集記事やゲイ向けコンテンツのトレンド情報など、中身はより一般のカルチャー誌に近い。創刊時のキャッチコピーも強気だ――「強い男のハイパーマガジン」。このコピーは97年、「僕らのハッピー・ゲイ・ライフ」へと変更される。

「『Badi』はね……『薔薇族』を露骨にライバル視していたよ。『ルミエール』にうちが卸していたラブオイルなんかも、『Badi』が出てから追い出されちゃったし」

 実際「Badi」創刊時に編集長代行を務めたマーガレット氏は、「『薔薇族』の売り上げを追い越すこと」を目標のひとつにしていたという。

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