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高山真の「オトコとオンナとアイドルと」【18】

スケオタエッセイスト・高山真のフィギュアスケート全日本選手権観戦記

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――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。

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『ワールド・フィギュアスケート 73』(新書館)

 フィギュアスケートの全日本選手権、私は、いい関係を続けている人の家で、かれこれ15年ほどいいおつきあいをさせていただいているパティスリー「イデミ スギノ」のクリスマスケーキ2種類をいただきながら観戦していました。羽生結弦のインフルエンザがとにかく心配。あれはガッツリ体力を奪うんですよね…。

 来年の世界選手権までフィギュアスケートのことを書くのはおあずけ…なんて思っていましたが、担当さんのご厚意により、私なりの全日本選手権の観戦記、書かせていただきます。

●男子
 宇野昌磨が、ステップシークエンスやコレオシークエンスのときだけでなく、プログラム全編にわたって「ドラマティックな振り付けなのに、上体の勢いを利用することなく、きちんとした体重移動でエッジに乗り、スピードを高めていく」かつ、「そのエッジに、不明確な箇所が見あたらない」という選手として、さらに磨かれていた。そのことに、あらためて感服した次第です。

 そして、そんな明確なエッジに、音楽のほうから寄っていくかのような、音楽のほうを引き寄せていくかのようなミュージカリティ。これができてこそ、世界の超一流の選手なんですよね…。

 フリーで組み込んでいる4回転は、3つ。ただでさえ高難度の構成を組んでいるのに、ジャンプ以外の箇所で、「ジャンプのために集中する時間」がほとんどない。2つの4回転トゥループも、ステップから直ちに跳ぶようなエントランスになっていますし、もっとも「助走している」のがわかる、トリプルアクセルからトリプルフリップまでつなげるシークエンスのエントランスでも、きちんと「踊っている」。こういったプログラムを組めるのは、世界でも数人しかいないわけです。10代のうちにこういう領域にまで進んでいる宇野昌磨が「完成」したら、どうなるか…。フィギュアスケートのことを書くときには何度も言いますが、「怪我には気をつけてほしい」と心から思いつつ、これからがますます楽しみです。

 2位に入った田中刑事。NHK杯のフリーが特に素晴らしかったのですが、今回も、それに近いところまで出してきた。2戦続けてかなりいい出来で滑るって、本当に難しいはず。なんというか、本人の中で大きな壁をひとつ超えたのかもしれません。

 フリーの曲は、歴史に名を残すイタリアの映画監督フェリーニの『アマルコルド』『カビリアの夜』『81/2』をメドレーで。フェリーニ超好き。『道』と『81/2』は25年前、大学生のときに見てその日は眠れなくなるくらい感動したり興奮したことを今でも覚えています。

 で、田中選手が使った『カビリアの夜』『81/2』のあたりは、私としてはどうしても、歴史に名を刻むアイスダンスのペア、ウソワ&ズーリンのリレハンメル五輪のフリーダンスを思い起こさせます。

 動画投稿サイトで久しぶりに見てみましたが、やはり素晴らしい。ミニマムな助走だけで、なんであんなにスムーズでシャープなカーブを描けるのか(しかもお互いのホールドが微動だにしません)。その後も、何度も「ひゃあー」と声が出てしまうほど、滑らかで無駄がなく、上手い。F1レースでいうところの「ヘアピンカーブ」みたいなエッジワークや、進行方向に対して90度に近い角度でスケートの刃を出していく(前に進むスピードをガッツリ削りかねないということです)エッジワークを盛り盛りに入れても、スピードも態勢もまったくゆるみがないって、いったいどうなっているんでしょう。

 世界選手権の覇者であり、オリンピックでも複数のメダルを持っているアイスダンサーと、シングルのスケーターを、エッジワークで比較するのは野暮なので、ウソワ&ズーリンのことはこれくらいにしましょう。個人的には、田中選手が昨シーズンの『椿姫』からガラリと変え、こういったコミカルな曲にチャレンジしたことに拍手を送りたい気持ちです。もちろん『椿姫』も素晴らしかったのですが、ドラマティックな曲の力を借りて演技にドラマ性を出すこと以上に、軽めの楽しい曲で演技全体から小粋さを浮かび上がらせることのほうがはるかに難しいと私は思うのです。で、その小粋さ、とてもよく出ていたのでは。演技の幅の広さ、とても見ごたえがありました。最後のスピンも、特に足替え前のスピード、いいですねえ…!

 無良崇人は、本人の「いままでいちばん悔しい表彰台(3位以内)だった」という言葉についつい感情移入してしまいそう…。素晴らしいショートプログラム、そしてフリーも前半までは本当によくこらえていただけに…。ただ、あらためて、ショートの2分50秒、フリーの4分30秒を集中し続けることが、どれだけ難しいかを知らされた思いです。

 選手の出来がどうであろうと、音楽は流れ続けています。どんなにジャンプにミスがあっても、エッジワークやスピンは予定通りに組み入れなくてはいけない。演技中に考えこむなんてもってのほか、深呼吸をする時間すらめったに与えられていないわけです。そして、落ちた気持ちがスケーティングそのものに影響を与えれば、プログラムコンポーネンツでの評価が下げられる。フィギュアスケートに限らず、どんな「競技」もそれぞれに残酷な部分があるものですが、それでも全力を尽くそうとしている選手たちを、やはりリスペクトしないわけにはいきません。

●女子
 女子のシングルは素晴らしい演技がたくさん…! 誰から書いていいのか迷います。ただ、上位に入った選手たちが、「スピードに乗ったエッジワークをベースにした演技こそが、フィギュアスケートである」という「回答」を、それぞれのスタイルで見せていたことが本当に楽しかった!

 宮原知子のとことん精緻でありながらスピードあふれる演技! あの小柄な体、絶対に少ないはずの体重で、あそこまでスピードに乗るって、本当にただごとではありません。特にショートプログラムのトリプルループは、着氷後の流れとスピードに目を見張りました。メドベージェワのダブルアクセルやトリプルループなどもそれが顕著です。これがあるから、着氷後のトランジションにバリエーションをつけられる。宮原選手にもまだまだ伸びしろがありそうで楽しみです。

 個人的に大注目していたのは、三原舞依。スケートアメリカのショートプログラムで、度肝を抜かれたあの演技が、さらに磨かれた印象です。非常に明確なエッジワークがどんどんスピードアップしていく。宮原知子にも言えますが、この「スピードが速くなっていくエッジワーク」をものにしていることが、何よりの強み。冒頭のルッツで、「力」や「勢い」ではなく「タイミング」で踏み切り、空中で3回転きっちり回りきり、着氷前にはアームを開いてランディングの態勢に入っていることがはっきりと見て取れる。あのクオリティで、グッと観客を引き寄せるのです。上体の動きがさらに洗練されたら、この選手の演技を熱望するファンが世界中で膨大に生まれるはずです。

 本郷理華のダイナミックで躍動感あふれる演技も特筆すべきものでしたし、インフルエンザが治ってまだ間もない本田真凛、最初にも書いた通り「ガッツリ体力を削られた」はずなのに、よくあそこまでのパフォーマンスができました。本当に素晴らしい!

 浅田真央は、ファンなので冷静には語れませんが、ただただ本人が納得する道を進んでほしい、それを本人ができていると思っているのならそれでいい、という感じです。浅田真央の演技を最初にしっかり見たのは、2002年の全日本選手権のフリー。伊藤みどりが1995-96年シーズンで使っていたブルーの衣装を着ていました。「とんでもない子が出てきた!」と驚愕して以来、ずっと見てきたわけですから。浅田真央がどんな形で進んでいこうと、見ているこちらはリスペクトを忘れたくありません。

 で、温故知新派としては、やはり樋口新葉がショートで使っていた曲に肩入れしないわけにはいきません。思い出すのは何と言ってもベレズナヤ&シハルリドゼのソルトレークシティーのショートプログラム。私は、ペアの歴代ナンバーワンにゴルデーワ&グリンコフを置いているのですが、それでも、この演技は、オリンピックの歴史上でも1、2を争う名プログラムであり、出来栄えです。まだ15歳の樋口選手はともかく、コーチがこの演技を知らないはずがないと思います。「この曲を使う」という決断をしただけで、コーチがどれだけ樋口選手の能力を信頼しているか、わかります。フリーは本人の中では満足しきれなかったかもしれませんが、いちばん近くで樋口を見ているコーチの「目」と「思い」は確かです。さらなる成長が本当に楽しみです。

 2017年も、すべての選手たちが、大きな怪我がなく、誰よりも本人たちが納得できる時間を過ごせますことを。

高山真(たかやままこと)
男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。


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