サイゾーpremium  > 連載  > 続・関東戎夷焼煮袋  > 【町田康】たどりついた店、そこがイカ焼のルーツだった!?
連載
町田 康の「続・関東戎夷焼煮袋」第26回

【イカ焼】――たどりついた店、そこがイカ焼のルーツだった!?

+お気に入りに追加

――上京して数十年、すっかり大坂人としての魂から乖離してしまった町田康が、大坂のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

1501_machida_01.jpg
photo Machida Ko

 突然、足が勝手に歩き出して抑制が効かなくなり、このままでは足を切り捨てるしかないのか、と覚悟しつつ、しかし足に抗えず歩いてふと目の前にイカ焼屋があったというのはどういうことであろうか。

 もちろん人間の業ではないだろう。ということは。間違いなく弥勒菩薩様とか観音菩薩様といった方が足になってくださって、私をイカ焼屋に導いてくださったということで、こんなありがたいことはない。そうとも知らずに私はこれを切り捨てようとしていた。これを切り捨てていたら私は歩けなくなり、いつまで経ってもイカ焼屋にたどり着けなかったかも知れない。

 けれどもたどり着けたのは幸運だった。いままでいろんなことで苦労してきて不運と不幸の連鎖のなかで生きていたが、これからは素晴らしい人生が私を待ち受けているのかも知れないと思うことの喜びを信じていたいのかもしれない。

 そう思って私は土産物コーナーの最奥部のイカ焼屋をとっくりと眺めた。

 まず目についたのは横倒しになった巨大なイカのオブジェである。このオブジェがあることによって、この店がイカ焼の店であることが遠くからでもわかる。

 この種の仕掛けは実は大坂には多い。例えば道頓堀というところに「かに道楽」という蟹肉が売り物の和食屋があるが、この店のファサアドには、さしわたし五メートルはあろうかという巨大な、立体のカニを象ったオブジェが掲示され、しかもそのカニの手足は電気仕掛けでグニグニ動くようになっていて、通行の人々の耳目を驚かしているのである。

 或いは新世界というところに、づぼらや、という河豚料理店があるが、この店の二階の軒先には、さしわたし五メートルはあろうかという、フグを象ったオブジェがぶら下げてあって、人々のフグ肉に対する欲望をかき立てている。

 同じく新世界にはかつて、牡丹鍋、すなわち猪の肉を鍋料理にして出す店があったが、この店の店頭には等身大、というか、実際の猪を剥製にしたものがぶら下げてあり、しかもその両眼には赤い電球が嵌め込まれてピカピカ光っていて、子ども心に興味深かったのをいまでも覚えている。

 というのがいわゆる大坂流の看板であり、それを考えれば、この巨大なイカの看板は、さしわたしも一・五メートルほどだし、それよりなにより立体ではなく平面の表現に終わっているという点で、ごく控えめなものといってよかろう。

 なので例えば私がイカ焼の店を出してボロ儲けをする際は、やはり看板は、さしわたし五メートルほどの立体とし、電気仕掛けでグニグニ動くようにし、また、眼球にはLED照明を仕込んで怪しく光るようにしたものをファサアドに掲げたい。

 そしてさあ、その巨大なオブジェの下部は間口一・八メートル高さ九十センチの開口部で、その向こうが二坪ほどの広さの調理場になっている。開口部の下部はガラス張りの陳列棚で、二段の陳列棚には、鑞で拵えた各種イカ焼のサンプル品が陳列してあり、それを見て誂えものを決定したカストマーはこの開口部より、イカ焼を誂え、できあがったイカ焼を受け取り、かつまた、代銀を支払うのであり、そのための金銭登録機、すなわちキャッシュレジスターは、左側に延長されたる陳列の天板上に置いてあり、その下部は高さ一メートルほどのスイングドアーとなっており、従業員は屈むような格好でこのスイングドアを押して厨房に出入りするのである。

 そして、いたるところにPOP広告や立て看板、ポスター、チラシなどが置いてあったり、貼ってあったりして自家のイカ焼の特徴を説明したり、優位性を訴えてたりしている。

 それがどんな具合かというと、例えば、この店はすべてのイカ焼店の淵源であり、どんなイカ焼もその系統をたどっていけばこの店にたどり着く、ということを謳っている。つまり、この豊葦原瑞穂国という國がどうやってできたかというと、イザナギノミコトとイザナミノミコトが国を生んでできたのであり、どんな人間もずうっと元をたどっていくと、そこのところにたどり着く。同様にどんなイカ焼も元をたどっていけばこの店舗にたどり着く、ということなのである。これについては素直に凄いことだと私も思った。それから力を入れているのは、この店にどんなイカ焼があり、それぞれどんな味かということを、サンプルのみによってではなく、言葉の力でこれを説明しているという点である。

 というのはすなわち阪神onlineショップの冷凍イカ焼に元型とその変わり型、いや、変わり種と言った方がこの場合は適切か、があったのと同じくここでも元型とその変わり種が展開されており、それぞれの特色とおすすめのポイント、その理由などを説明しているということである。

 どんなものがあるかを先に説明をしておくと、すなわち元型としての元祖イカ焼、その変奏としてのねぎマヨイカ焼き、明太子マヨイカ焼、スペシャルイカ焼(ポン酢味)などである。見ておわかりの通り、後に行くほど変奏の度合いが大きくなっていく。このことはなにを意味するのか。

 そう、それは元祖としての強大な、或いは不遜と言ってもよいくらいの自信である。

 そこにはもしかしたら観音の霊力が働いているのか。私をここに連れてきた観音力はこの店舗由来の霊力だったのか。そんなことを夢想するくらいの強烈な自負がそこに感じ取れる。

 というのはだってそうだろう。そもイカ焼とはなにか。イカ焼の本然、本質とはなにか。そう、既にみた通り、屹立するモチモチ感とコーティング感、そして独自の甘みと酸味を帯びた個性溢れるソースである。

 そして様々の具材はそれを殺ぐ。イカ焼と言ってイカの味が強烈であってもいけないくらい、あくまでも具材は脇役に徹しなければならない。だから、まあせいぜい卵を混入し、葱くらいでチャニゴ、すなわちお茶を濁すにとどめて置く方が楽だ。

 そこへわざわざ明太子などという味の強いものを持ってくる。そのうえにマヨネーズをのっけてくる。そればかりか、スペシャルといって、中身はわからないがスペシャルというのだから、明太子以上のものが、しかも複数、入っているのだろう、それをこんだ、ポン酢味、というもう、考えられないくらいなカオスを導入する。

 それは、よほど、イカ焼の基本、すなわち、立するモチモチ感とコーティング感、そして独自の甘みと酸味を帯びた個性溢れるソースに自信がないとできない離れ業で、それは例えて言うなら、チャップリン、エノケン、オードリー・ヘップバーン、高倉健、吉永小百合、森繁久彌、渥美清、シミケン、花菱アチャコ、藤山寛美、ブリジット・バルドー、ウディ・アレン、チャールストン・ヘストン、曽我廼屋五郎、市川海老蔵、中村鴈治郎などが脇役、端役を演じる舞台のようなもので、なまなかなことでは主役はつとまらない。私はマジで戦慄した。

 というのはいったん脇に置いて各種の宣伝Popなどについて話を戻すと、そうして特色を説明したPopがあるのだが、それとは別にランキングを記した黒板が置いてある。

 どういうことかというと、当店の人気メニュー、ベストスリーというものが、黒板に色マーカーで記してあるのである。

 ランキング。これによって人間はけっこう盛り上がる。また、まったく興味のないものでも、ランキングによって俄然、興味が湧く、なんてこともある。

「なんじゃいな、向こうから背ぃの無闇に高い、派っ手な女、歩いてきよったなあ。おまけにおまえ、ぶさっくやがな。どんならんな」

「なに言うてんねん。あれ、おまえ、今年の関目の紺戸ミニアム子やないけ」

「ほんまかいな。そう言われて見たら、なかなか、おまえ、ええ女やないけ」

 という具合に。

 つまり人は順位に弱いのであって、ランキングにインしているというだけで、そのランキングの根拠を問うことなし、これを無意識のうちに認知してしまう。という訳で世の中はランキングであふれかえる。島根県北部の天玉うどんベストファイブ。パイプつまり解消剤ベストエイト。死にたくなるくらいくだらなかった三冊、私のお気に入りのふんどし十六選、など言ってプログで発表したりする。そいで、いろんなものが、いろんなひとが、いろんなできごとが栄光のグランプリに輝いたり、準優勝したり、ベストエイトに選ばれたりして、人々はこれを悦んで旺盛な消費をするのである。

 なので当店のベストスリーを発表しない手はない。というか、凡そ物を販売する商売をしていて、店頭で人気ベストスリーを発表していない店があるとすれば、はっきり言ってその店の経営者は無能であり、痴れ者であり、人間として生きたところでなんの価値も生み出さない原生動物にも劣る糸クズである。

 つまりなにが言いたいのかというと、まあこの店は当たり前のことをやっているに過ぎない、ということを言いたいのである。ちなみにこの店のベストワンは右に申し上げたスペシャルイカ焼(ポン酢味)で、ベストツーはねぎマヨイカ焼であり、ベストスリーは明太子マヨイカ焼で、それぞれに、「すべての味が味わえる」「男子に人気」「女子に大人気」という短い説明の文言が付してあった。蓋しカストマーの消費を後押しするに充分なランキング表である。

 そして、その脇にこの店のイカ焼の特色を記した文章があった。

 それは、この店のイカ焼がテイクアウト専門であることと不可分の、この店特有のパッケージ、包装についての説明であった。すなわち、家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る、この店の顧客の多くは買ったイカ焼を、そこいらのベンチやせいぜい新幹線のなかという食器などの整わぬ場所で食すが、そのための工夫がしてあることをここに記してあるのであった! 

町田康(まちだ・こう)
1962年、大阪府生まれ。作家、歌手。81年に町田町蔵として『メシ喰うな!』でレコードデビュー。著書に『くっすん大黒』(文藝春秋/ドゥマゴ文学賞、野間文芸新人賞)『きれぎれ』(文藝春秋/芥川賞)『告白』(中央公論新社/谷崎潤一郎賞)『宿屋めぐり』(講談社/野間文芸賞)など。近著には『バイ貝』(双葉社)など。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論
    • 音楽業界からの【賛辞と批判】
    • 【芸能プロ】的戦略が抱える2つの“矛盾”
    • 令和の【ジャニーズ・シングル】20選
    • 20年代のジャニーズ【ミュージックビデオ】

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

インタビュー

サイゾーパブリシティ