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写真時評~モンタージュ 現在×過去~

「北」の日常風景

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「牛は国家財産」(2003年)
 鼻輪がはずれてしまった形跡のある牛が引っ張る牛車で、住民が丘を下っている。左側のトウモロコシ畑は人民軍の副業用の畑だ。

 北朝鮮ではガソリンが不足し、牛を利用してさまざまな仕事を行っている。そのため、「牛をたくさん育てようとした首領様の教示を徹底的に貫徹しよう」というスローガンがある。牛は国家財産であり、個人所有は禁じられている。仮に国家財産である牛の個人所有を認めていたとしたら、「苦難の行軍」の時期に生き残った牛はいなかったかもしれない。300万人が餓死したと推測されたこの時期、牛を捕って食べれば公開銃殺するといわれ、牛は生き残った。

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「ひなたぼっこ」(2000年)
 燃料が貴重な北朝鮮では、屋内がとても寒い。冬でも、日が当たる外のほうが暖かい。男の子と女の子がハモニカ長屋の壁にもたれ、ひなたぼっこをしていた。左の木の煙突にはビニールが巻かれ、煙が効率よく外に出るように工夫されている。屋根はトタンだ。

 北朝鮮は、1990年に改正された民法第50条で「国家は住宅を建設し、その利用権を労働者、事務員、協同農民に譲渡し、それを法的に保護する」と規定した。だが、住宅普及率は50~60%にすぎない。第3次7カ年計画(87~93年)では、23~30万戸の住宅建設方針を打ち出したが、5万戸の建設にとどまった。住宅の私的所有や取り引きは禁止されている。しかし、80年代半ば以降、住宅不足はより深刻になり、ヤミ売買が黙認されているのが現実だ。最近では食料不足のせいで、住宅を売って食料を手に入れる人々も増えている。

 日本では北朝鮮のことを「北」と呼ぶことが慣習化しているが、そこには「朝鮮民主主義人民共和国」という国名を公式に認めていないということだけでなく、「よそ」というニュアンスも込められているだろう。マスメディアを通じて頻繁に目にする「北」の映像は、「われわれ」とは違う「他者」のイメージとして流通している。しかし、北朝鮮から提供される軍事パレードやマスゲーム、首都平壌の街並みのような空間は、撮影されることを前提としているものであるから、北朝鮮の日常的な風景とは乖離しているに違いない。

 韓国人写真家の石任生の写真は、ステレオタイプ化した北朝鮮のイメージに馴れきったわれわれを不意打ちする。石はKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)による原子炉建設を記録するために、1997年から2004年まで北朝鮮東部の咸鏡南道に滞在、農村部を中心に数千枚の写真を撮影した。KEDOは米朝枠組み合意に基づいて核拡散のリスクの低い軽水炉2基を北朝鮮に建設し、完成までの間、日本と韓国の負担によって代替エネルギーを提供する目的で設立された組織であったが、北朝鮮が核兵器開発を進めたため06年に建設を停止している。

 国際的な合意の下で軽水炉建設の記録に従事したとはいえ、この韓国人写真家は7年間の滞在の間、仕事の合間を縫い、監視の目をかいくぐりながら、「遠くから用心深く、極度の緊張感をもって」許された被写体以外を撮影しなければならなかった。北朝鮮が飢饉と経済的困難に見舞われ、「苦難の行軍」と呼ばれた時期であったが、石の写真はどのような異常な政権の下でも、どのような厳しい環境であったとしても、庶民の普通の暮らしが営まれていることを伝えている。それはステレオタイプ化した群衆としての北朝鮮人民ではなく、日本や北朝鮮のマスメディアが伝えない等身大の北朝鮮の人々の姿だろう。戦中や敗戦後間もない頃の日本とも似ていなくもない。

 これらの写真は、「北」にもわれわれと同じようなありふれた日常があるという当たり前の事実に気づかせてくれる。しかし、そのありふれた日常が、監視の目をかいくぐり、ほぼノーファインダーで撮影されねばならなかったという事実を看過してはならない。

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「鴨を追う農夫」(2003年)
 農夫が鴨を追いながら線路を渡っている。北朝鮮の畜産の中心は、鶏や鴨などの家禽類とウサギなどの小家畜だ。国連食糧農業機関(FAO)や世界食糧計画(WFP)の資料によると、北朝鮮の2005年の畜産規模は、ウサギが最も多く1967万7000羽。次いで、鶏、鴨、豚、ヤギ、ガチョウ、牛、羊の順である。鴨は前年の461万3000羽から518万900羽に、12%増えたと推測されている。

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「デートする男女」(1998年)
 青々とした松の木の下で、都会風の身なりをした男女が手を握り、デートしている。付近には外貨を稼ぐための水産基地が位置しており、平壌の上級単位(組織体を成す基本となるもので、職場や所属機関などを意味する)の会社や貿易業の支社関係者が取引や物資運搬のために訪れる。それゆえ、都市と農村の人々が出会う風景が見られる。右側の男性2人が引いているのは、人糞回収用の荷車。最近の農村では、飼料や堆肥をつくるために人糞を集める運動を行っている。多くは共同便所、道庁所在地や工業区がある都市で回収するが、農場でも一定の目標を立てて集めたりする。

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『北朝鮮の日常風景』
撮影:石任生、文:安海龍、訳:韓興鉄/コモンズ/2376円(税込)
韓国気鋭の写真家・石任生が、90年代後半の「苦難の行軍」の時期から7年間にわたって撮影を敢行。監視と統制を避けて密かに撮影した数千枚の写真の中から、厳選した100点を掲載。北朝鮮の四季折々の中で展開される人々の日常が写し出されている。各カットには詳細な解説もあり。

小原真史
1978年、愛知県生まれ。映像作家、キュレーター。監督作品に『カメラになった男―写真家中平卓馬』がある。著書に『富士幻景―近代日本と富士の病』『時の宙づり―生・写真・死』(共著)ほか。現在、IZU PHOTO MUSEUMで企画した増山たづ子展が開催中。

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