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神保哲生×宮台真司「マル激 TALK ON DEMAND」 第87回

今、NHKに「放送の公共性」はあるのか?

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――今年1月、NHKの新会長就任記者会見において、籾井勝人会長による特定秘密保護法や竹島問題などに関する発言が物議を醸した。さらに、NHKの理事10人全員に辞表を書かせたことを明かし、非難の的となっている。時の政権と昵懇ともされるNHKが抱える問題とは? 「放送の公共性」をテーマに、元NHKプロデューサーの永田浩三氏と共に議論する。

[今月のゲスト]
永田浩三[元NHKプロデューサー/武蔵大学社会学部教授]

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小山和伸『これでも公共放送かNHK!―君たちに受信料徴収の資格などない』(展転社)

神保 今回は会長の問題発言で揺れるNHKを中心にメディアの問題を取り上げたいと思います。特に「放送の公共性」とは何かを考えてみたい。ゲストは元NHKの番組プロデューサーで、現在は武蔵大学社会学部教授の永田浩三さんです。

 永田さんは2001年にNHKが放送したETV2001のシリーズ『戦争をどう裁くか』に政治が介入して番組を改編させたとして裁判にまで発展した、いわゆるNHK番組改編問題のまさに当事者で、当時、番組プロデューサーをされていました。裁判そのものは、日本の戦時性暴力の責任を問う模擬裁判を企画したイベントの主催者が、番組の制作に協力したにもかかわらず、当初受けた説明とまったく違う番組内容になっていた」ことを訴えたものでしたが、大きな争点となったのは、NHKが上層部の圧力によって番組を改編した背景に大物政治家の介入があったかどうかでした。判決では、その後亡くなった自民党の中川昭一元財務相と現総理の安倍晋三氏の意向をNHKの上層部が「忖度した」結果だったということになり、あからさまな政治介入はなかったということになっています。まずは当時のことを振り返っていただけますか?

永田 13年前のちょうど今ごろ、1月の24日から30日にかけてのできごとです。NHKの事業計画と予算は年度末に国会で承認されますが、その前に2月、自民党の総務会で一旦、NHK会長が説明して、そこで厳しく追及、下世話に言えば「いじめられ」ます。いろいろと叩かれてから、3月になっていざ国会で承認、という段取りになっているのです。

『戦争をどう裁くか』というシリーズは、“戦争の世紀”性への人権侵害の問題でした。ここで扱ったのは、00年の12月に、その後東日本大震災で壊れた九段会館で、女性国際戦犯法廷というものが開かれたからです。アジアとオランダの被害女性たちが演壇に立ち、国際法の専門家が裁判官、検事、弁護団という役割を演じて、日本軍、日本政府、昭和天皇の責任を問い、判決を下すという模擬裁判でした。これを中心とした番組を制作することになっていたのですが、NHKのニュースでこのような裁判が行われたと伝えられた途端に右翼の攻撃が始まったのです。

 1月に入るとNHKの西口に右翼の街宣車が横付けされ、迷彩服の人が乱入してきました。大河ドラマの収録スタジオの手前まで来て、入り口の電話で「私を殺す」「降りてこい」などと言われたのです。右翼の攻撃自体はさほど怖くはなかったのですが、問題は1月24日からの1週間の間に、政治家の影が陰に日向にあらわれて、特に放送前日の夕方から劇的に変わっていった、という経緯です。そのときにNHKの幹部が永田町に赴いて、安倍晋三さん、また荒井広幸さん、古屋圭司さんなどと面会した形跡があります。真実がすべて明らかになったわけではありませんが、中川さんと安倍さんに関してはご本人が認めている。特にお2人はNHKに「公正中立な放送をしろ」と言った、としています。放送内容についても克明な報告を受けた上で、そう言っていますから、受け止める側は「公正中立」という言葉にバイアスをかけて聞いたでしょう。それでその幹部はNHKに戻り、プロデューサーの私に劇的な番組の改編を指示しました。外形的に言えば、政治家の意向を受けて番組が変わった、という事です。

神保 判決では、あくまで忖度だけだったという事になっています。

永田 「おもんぱかった」という事ですね。しかし、国会対策のトップであるNHKの野島直樹・総合企画室担当局長や松尾武・放送総局長によれば、当時はまだ自民党の若手だった安倍晋三氏に会いに行った際に言われたことは「公正中立」だけではなく、「お前、勘ぐれよ」という言葉だったそうです。つまり、「何を言っているかわかるだろう?」という事でした。その後、野島氏は私に一字一句まで、改変について具体的な指示を出しました。そのとき彼の言った言葉が忘れられません。「毒を食らわば皿までだ」と。

神保 番組自体は役員による番組のプレビューも済ませていて、一旦はその内容で放送することを局として決定していた。にもかかわらず、忖度か何か知りませんが、有力政治家から働きかけがあれば、内容を修正してしまうような実態がNHKにあった事に驚きます。

 しかも現場の責任者、つまり長井暁チーフプロデューサーや永田プロデューサーが改編に反対しているのに、理事だの総局長だのといった最高幹部がよってたかって、番組内容を無理矢理変えさせている。

 しかも、今回の籾井勝人新会長の発言を聞くと、そのような構造はその時も問われなかったし、今も変わっていないように見えます。籾井会長は就任会見で、政府が右というのに左とは言えないと、当たり前のように発言しています。

 NHK会長の就任会見で記者から従軍慰安婦についての質問が出ることに違和感を覚えるという声も聞きますが、それは放送への政治介入の象徴的なできごととして、この問題があったからです。しかも、その時の当事者でもある安倍さんが今は首相の座にあり、安倍さんやその周辺の強い意向を受けてNHKの経営委員会や会長人事が決まっていることを、記者たちは知っているからです。

 改めて、ETV問題に関して宮台さんはいかがですか?

宮台 永田さんがおっしゃったことは、この番組で繰り返し扱ってきたハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」問題に通じます。つまり、思想的な立場がどうであれ、そのポジションにいる人間であれば誰でも同じように振る舞わざるを得なかった可能性がある。この問題は、「安倍ちゃんが悪い」「NHKの経営幹部が悪い」では済みません。こうした悪の凡庸さに抗うようなやり方を考えることが重要です。

神保 ただ、今回会長や経営委員による問題発言があったために、NHKが政府の意向を受けた組織になっている事への懸念が表面化していますが、元々制度上はNHKが政治に隷属せざるを得ないような仕組みになっている。今回たまたまそれが変な形で表面化しましたが、元々NHKの制度は政治に介入されることが避けられないような仕組みになっている事を、我々は認識しておく必要があると思います。

 NHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員は事実上、政権与党の意向で好きに人を送り込むことができるし、会長人事も政治がコントロールできる。しかも、予算と人事に国会の承認が必要なので、与党の意向の反する経営をすることは元々できないようになっている。

 ただ、これまではその権限をあまり露骨に行使すると、世論の反発を受ける危険性があったので、これまでの時の権力者は、権限はあるが実際にはそれを露骨に行使しないようにしていた。もしくは、仮に行使してもあまり露骨になりすぎないように気をつけていた。ところが安倍政権になってから、それが非常に露骨な形で行使されるようになってきた。それは恐いことではあるけれど、一方で安倍さんのおかげで、現行の制度に大きな問題があることも明らかになっているという面もあるように思います。

永田 13年前に大きく騒がれたことで、安倍さんたちもそれなりに“返り血”を浴びました。知る人はそれを知っていますから、それが傷にはなっています。その後、政治家がNHKに露骨なことを言ってくる件数は減り、上の人間も制作現場に露骨な指示を出さなくなりました。もちろん慰安婦問題などはヤケドを負うから……という自粛ムードは今でもあります。ただ、安倍政権が戻ってきて籾井さんのことも含めて「第二次放送介入」の空気が漂っているのが現状です。

神保 喉元過ぎればなんとやら、なのでしょうか。まあ、安倍さんが一連の経験から学んだことがあったとすれば、それはNHKのような言論機関には直接圧力を掛けるのではなく、例えば経営委員会に自分の意を汲む人を送り込むというような、間接的な方法を使って一段階遠回りをするようになったことではないでしょうか。第一次政権のときにあまりにも露骨にやり過ぎたことが政権の求心力や支持率の低下につながったという分析はしているようです。例えば、今回、政権発足当初はまずアベノミクスなどの経済政策を前面に打ち立てることで、本当は自分が一番やりたい「戦後レジームからの脱却」が目立たないように工夫していました。

宮台 憲法改正もそうですね。昨年の5月にニューヨークタイムズで叩かれ、それが米リベラル政権の意向だと踏んだのか、あるいは8月に自民党の議員団がアメリカ上院議員たちに会っておそらく圧力を掛けられたのでしょう。それ以降は憲法改正についての発言を控えるようになりました。その代わりに特定秘密保護法と日本版NSC(国家安全保障会議)の組み合わせによって、事実上の憲法改正に成功しようとしている。これも、正面切っての正攻法を避け、一段クッションを置いた搦め手で最終的な目標を達成する、という戦略にシフトしています。

神保 現在のNHKの経営委員の顔ぶれを見ると、安倍政権になってから加わった人々で、中島尚正氏(海陽学園海陽中等教育学校長)、長谷川三千子氏(埼玉大学名誉教授)、百田尚樹氏(小説家、放送作家)、本田勝彦氏(日本たばこ産業株式会社顧問)の4人がその歴史認識など、安倍さんに考え方が近いといわれています。

 NHK会長は経営委員会が選ぶのですが、12人の内9人の賛成が必要です。4人が反対すると否決されるので、安倍政権の意向を受けた4人が新たに経営委員になった瞬間に、政権の意向に反した会長人事はあり得なくなりました。

 松本正之前会長は色々な改革策なども導入していて、評価も高かった。本人ももう一期続投する意欲を見せていたようですが、安倍政権周辺から松本会長が、歴史認識その他の面において、NHK内のリベラル勢力に好きに番組を作らせていることに対する不満が上がっていたそうです。今のNHKの放送内容でさえ、安倍さん周辺の方々にとってはリベラル過ぎて偏った番組なんですね。結果的に松本会長は再任を断念し、籾井会長に交代することになりました。選任のプロセスはBBCなどと違って密室で行われましたから、適性などについてどのような議論があったかは外部からはまったくわかりません。

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