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法社会学者・河合幹雄の法痴国家ニッポン【17】

取り調べを可視化できない日本だけの"本当の理由"

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法と犯罪と司法から、我が国のウラ側が見えてくる!! 治安悪化の嘘を喝破する希代の法社会学者が語る、警察・検察行政のウラにひそむ真の"意図"──。

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取り調べ可視化“骨抜き”へ
2013年11月7日に開かれた法制審議会の刑事司法特別部会において法務省は、裁判員裁判事件を対象に、容疑者の取り調べの全過程の録音・録画を義務づける案などを提示。ただし、容疑者が拒否した場合や報復を恐れて十分に供述できない場合など多くの例外を規定。村木厚子厚生労働事務次官ら全面可視化を求める委員から異論が続出、新聞各紙からも強い批判を浴びた。

「取り調べ可視化、骨抜きに」

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『取調べ可視化論の展開』(現代人文社)

 2013年11月上旬、新聞各紙にこのような見出しが躍りました。警察・検察による被疑者への取り調べの様子をビデオカメラなどで録画・録音する「取り調べ可視化」は、法制審議会の刑事司法特別部会で議論の大詰めを迎えていた。そして同年11月開催の同部会において法務省が提示したのは、原則として可視化を義務づけるものの例外を設ける案と、取調官の裁量に委ねる案の2つ。どちらも警察・検察側の主張に沿った内容であり、新聞各紙は、「例外を認めたり取調官に裁量権を与えたりすれば、捜査側の都合のいいように運用されるおそれがあり、可視化の意味がなくなる」などとして、これを批判的に報じたわけです。

 しかしながら私は、取り調べ可視化が「骨抜き」にされたことを、むしろよかったと思っている。その理由についてはおいおい説明しますが、まずはそれを理解する上で必要な知識として、戦後から現在に至るまでの日本における「可視化論争」の流れを確認しておきたいと思います。

 取り調べを可視化するという発想は、我が国においては冤罪をなくすための方策として生み出されました。その端緒となったのが、終戦直後から195 0年代にかけて、日本でたびたび発生した冤罪事件です。中でも、死刑確定ののち30年以上の歳月を経て80年代に再審無罪となった、48年の免田事件、50年の財田川事件、54年の島田事件、55年の松山事件の4つ、俗にいう“四大死刑冤罪事件”は、人権派弁護士などの支援を得て、冤罪防止を求める世論を大いに喚起し、警察・検察・裁判所・マスコミに反省と変革を強く促しました。結果、尋問時間の短縮や自白偏重の姿勢の見直しなど、取り調べの方法や司法側の意識はある程度改善され、冤罪防止に関する世論の盛り上がりは一旦収束します。

 冤罪防止に対する社会的関心が再び高まったのは、それから20年以上も後のこと。村木厚子厚生労働省元局長らが、障害者郵便制度を悪用したとして逮捕されたものの、実はその裏で、大阪地検特捜部の主任検事が、証拠物件のフロッピーディスクのデータを改ざんしていたという、前代未聞のあの事件がきっかけでした。捜査側による捏造の決定的証拠が戦後初めて白日のもとにさらされたこの事件によって取り調べ可視化は、一躍、刑事司法改革の目玉となったのです。もちろん、同時期に再審で無罪が確定した足利事件や布川事件などが、それを後押ししたことはいうまでもありません。

 一方、そうした日本国内の歴史的背景もさることながら、80年代以降、イギリスやアメリカの一部の州が相次いで取り調べのビデオ録画等を導入したことも、日本における可視化論争に一定の影響を及ぼしました。これについても後ほど詳しく述べますが、英米と日本とでは、刑事司法をめぐる環境が著しく異なるにもかかわらず、英米の取り調べ手法のごく一部だけを表面的に取り入れようとしたのです。

 日本において取り調べ可視化の問題はこのように、あくまで「冤罪の防止」という観点から俎上に載せられ、近年、再度注目を集めるようになった。とすれば当然、取り調べの様子を録画なり録音なりすることが、冤罪防止策として有効でなければ意味がないことになります。ところが、日本の刑事司法の実情と照らしたとき、少なくとも取り調べをビデオカメラで撮影・録画するという行為は、メリットよりデメリットのほうがはるかに大きい。このことを理解していただくために、日本の取り調べの実態と、それが刑事司法のシステムにおいて実質的に担っている役割について解説しましょう。

 日本では法制上、逮捕された者は検察の拘置所へ送られ、検察官によって取り調べられることになっています。しかし実際には、皆さんもよくご存じのように、刑事が警察の留置場で取り調べに当たるのが一般的です。この刑事による取り調べは、最長23日の勾留期間中、昼夜を問わず行われます。ですが、事件に関することを尋問するだけなら、実際に英米での取り調べがそうであるように、ものの30分もあれば済むはず。要するに、尋問以外のなにごとかを延々とやっていることになる。そこがミソです。

 では、何をやっているのか。日本の刑事は、事件そのものの顛末だけでなく、被疑者の生い立ちから現在の家庭環境、交友関係まで、事件の背景となったあらゆることを聞き出そうとする。だから時間がかかるのです。その問答を通じて、いきおい刑事と被疑者との間には、ある種の人間関係が構築されていく。というのも多くの場合被疑者は、留置場という場所で生まれて初めて、他者に対して自らの人生を語り、その話をじっくりと聞いてもらうという経験を味わうからです。統計上、幼少時から家庭面や金銭面に恵まれず、誰にも相手にされない不遇な人生の末に犯罪に走るケースは非常に多く、だからこそ、刑事との"語らい"が更生につながることもよくあるのです。

 さらに刑事は、被疑者に対し、さまざまな“提案”や“取り引き”を持ちかけます。例えば、法廷でいかに振る舞うべきか、というシナリオ作り。「こういう証拠が上がっているから、法廷でこう聞かれたらこう答えろ」という具合に、審理がスムーズに行われるよう被疑者に協力を求め、その代わり、場合によっては余罪の追及を緩めたり、出所後の仕事の世話をしたりすることもあります。

 要するに、事件の“真相”はさておき、「これはこういう事件だったということにしよう」と被疑者を納得させ、さらには、「きちんと自白したお前は、本当は悪い人間じゃないんだ」という方向で更生に導いていく。それが日本における取り調べのあり方なのです。もちろん法的にはグレーであり、善悪両面があるのは確か、しかも毎度うまくいくとは限りません。しかしこのシステムが、日本の犯罪率や再犯率のケタ違いの低さに大いに寄与しているという一面は確実にあって、それが刑事にとってのやりがいにもつながっている。こと犯罪者の更生を促すという点においては、非常に優れたシステムであるといわざるを得ないのです。

 だとすれば、可視化といえば聞こえはいいが、それによって生じるデメリットは容易に想像がつく。カメラの監視のもとで法廷でのシナリオ作りをするなどもってのほかですし、そもそも腹を割って人間関係を築くなど不可能になるでしょう。

 それに、刑事とて人間です。自分の働きぶりをすべてビデオに撮られるという極めて非人間的な環境に置かれて、それでも前向きに仕事に取り組める人がいるでしょうか。冤罪を防止することは大切ですが、それでもやはりどこかで個人を信用し、その裁量に委ねなければならない一線は存在するはずです。

 先に触れましたが、英米においてビデオ録画が一定の効果を発揮しているのは、取調官が取調室で事件についてのみ尋問し、30分で完了するようなシステムだからであり、日本の取り調べの実態にはまったくなじまない。逆にいえば、被疑者各人の成育環境などを推察し、刑事のさじ加減で取り調べを進められるのは、宗教や人種などの面で同質性の高い日本ならではの利点であって、宗教・人種のるつぼである英米では、たとえやりたくてもできないのです。

 取り調べにビデオカメラを導入すれば、これまで一定程度有効に機能してきた日本特有の刑事司法システムは、その根底から覆されることになる。にもかかわらず法制審議会やメディアでは、ビデオ録画にどれだけの実効があり、それにより取り調べ方法がどう変わり、その結果どんな事態を引き起こすか、という本質的な議論がまったくなされていません。

 もちろん、冤罪を防止する努力は大切です。ですが、より現場の実態に沿ったものでなければならない。例えば07年、最高裁は、「警察の取り調べ中のメモは公文書に当たり、証拠として開示する義務がある」との判断を初めて示しました。これによって、捜査側による証拠の捏造や、被疑者に有利な証拠の隠蔽は非常にやりにくくなったわけです。このように、日本の刑事司法システムの長所を残しつつ短所を改める取り組みこそが、今、本当に求められていることなのではないでしょうか。

河合幹雄(かわい・みきお)
1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著書『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、04年)では、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった。その他、『終身刑の死角』(洋泉社新書y、09年)など、多数の著書がある。

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