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町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」 第73回

『フォレスト・ガンプ』が描かない激動の時代を生きた黒人大統領執事

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雲に隠れた岩山のように、正面からでは見えてこない。でも映画のスクリーンを通してズイズイッと見えてくる、超大国の真の姿をお届け。

『ザ・バトラー』

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1920年代のアメリカ南部、綿農園で働く一家に生まれたセシル・ゲイン(フォレスト・ウィテカー)は、農園のオーナーに母親をレイプされ、それに激高した父親を射殺されてしまう。北部へと逃げ出したセシルはホテルの給仕係を経て、ホワイトハウスの執事として働くこととなる。34年間、大統領のそばに務めた彼の目を通して、黒人たちの差別との戦いの歴史を描く。

監督/リー・ダニエルズ 出演/フォレスト・ウィテカー、オプラ・ウィンフリー、マライア・キャリーほか 日本での公開は2014年春の予定。


「アメリカ人はいつも己自身から目を背ける。ナチがユダヤ人を強制収容所に入れたことを糾弾する。自分たちも同じことを200年間もやっていたのを忘れて」

『ザ・バトラー』の主人公セシル・ゲインが語る200年間の強制収容所とは、アメリカの黒人奴隷制のことだ。『ザ・バトラー』は、ホワイトハウスの執事を34年間務めた黒人執事セシル・ゲインの生涯を描く。

 セシルは、ユージン・アレンという実在の人物をモデルにしている。アレン氏は、トルーマン、アイゼンハウアー、ケネディ、ジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガンまで、8人の大統領に仕え、最後には執事長にまで上り詰めた。

 セシルは20世紀初め、南部ジョージア州に生まれる。すでに1865年、南北戦争で敗れた南部では黒人奴隷は解放されていたが、黒人の選挙権を奪うことによって政治も法律も依然として白人が支配していた。人種隔離法によって、学校、公衆トイレ、バスなどはすべて白人用と黒人用に分かれ、白人席に黒人が座ると罰せられた。小作人だったセシルの母は地主の白人に犯され、怒って地主に立ち向かった父は射殺される。

「南部では、白人は黒人を殺しても裁かれない」

 少年セシルは北部へ逃げ出し、ホテルの雑用係で知識と技術を身につけ、ホワイトハウスに採用される。

「政治は持ち込むな」最初にセシルは釘を刺される。「ホワイトハウスでは、政治はご法度だ」

 しかし、大統領と黒人差別の戦いが始まる。1954年、連邦最高裁が、公立学校の人種隔離を憲法違反と判断。これをきっかけに南部の黒人差別撤廃を求める「公民権運動」が動き出す。57年、アーカンソー州リトルロックの高校に黒人生徒が登校可能になったが、州知事は州兵を使って登校を阻止しようとする。それがテレビで報道され、アイゼンハウアー大統領は空挺部隊を導入して黒人生徒を守らざるを得なくなる。

 セシルの長男は大学生になり、NAACP(全米黒人地位向上協会)に入り、キング牧師の提唱する非暴力闘争に参加。レストランやバスで白人席に座るだけで、白人たちから袋叩きにされる。さらにKKKが彼らの乗るバスにガソリンをかけ、火をつける。それでも彼らは抵抗しない。

 自由を勝ち取ろうとする息子の命がけの戦いを、差別に耐えて生きてきたセシルは理解できない。ひたすら執事の仕事に没頭し、政治から目を背け続ける。

 ただ、セシルは黙って人間としての尊厳を示すことで、歴代の大統領たちの黒人に対する意識を少しずつ変えていく。南部での黒人たちの戦いがテレビで放送され、白人たちの意識が変わったように。

 64年、ジョンソン大統領はついに黒人差別を禁止し、選挙権を保障する公民権法を立法化するが、キング牧師は暗殺されてしまう。またセシルの次男はベトナム戦争で戦死する。怒れる長男は非暴力主義を捨てて過激派集団ブラック・パンサーに入る。

 実は、モデルであるアレン氏の母はレイプされてないし、父も殺されていない。息子は公民権運動に参加せず、ベトナムからも生還している。本作はノンフィクションではない。

 この映画は黒人監督リー・ダニエルズの、『フォレスト・ガンプ』への反論なのだ。『フォレスト・ガンプ』は『ザ・バトラー』と同じく、50年代から80年代のアメリカの年代記だ。しかし、南部が舞台にもかかわらず、人種隔離もキング牧師も公民権運動も一切描かなかった。代わりにブラック・パンサーが白人女性をかどわかす黒人集団として登場するだけだ。『フォレスト・ガンプ』が隠蔽し、歪曲した黒人の苦難と戦いの90年間を、『ザ・バトラー』はセシルの人生に凝縮して見せたのだ。

 セシルがオバマ大統領の就任式に招待されて『ザ・バトラー』は終わる。ここは事実通りだ。アレン氏は黒人として初めてホワイトハウスの主になったオバマに労をねぎらわれ、2年後に90歳の生涯を閉じた。

まちやま・ともひろ
映画評論家。サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社)、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文春文庫)など著書多数。

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