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神保哲生×宮台真司「マル激 TALK ON DEMAND」 第89回

小保方問題にすり替わったSTAP細胞騒動の本質

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ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

 「ノーベル賞モノの快挙」と称賛され、「リケジョ」なる流行語を生んだSTAP細胞の発見とその研究者・小保方晴子氏。だが周知の通り、論文に“不備”が見つかるや、STAP細胞そのものの存在を疑問視する大騒動に発展した。無論メディアの報じ方にも問題があったが、それ以上に今回の騒動、そして議論からは本質が抜け落ちているという──。

[今月のゲスト]
八代嘉美(京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門 特定准教授)

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『死にたくないんですけど iPS細胞は死を克服できるのか』(ソフトバンククリエイティブ)

神保 STAP細胞の論文問題が大変な騒ぎになっています。4月9日、小保方氏は自身の雇用主でもある理化学研究所(以下、理研)の調査結果に反論する記者会見を私費で開きましたが、会場となった大阪のホテルは会見の3時間以上前から記者やカメラで満杯、駅前からホテルまでずらっとテレビ局の中継車が並ぶという、かなり異様な状況でした。

宮台 この騒動も一種のメディアスクラムですね。

神保 少し前にやはり大きなワイドショーネタになった(ゴーストライター疑惑が噴出した)佐村河内問題との類似性を指摘する声もあるようですが、今回の問題はSTAP細胞という人類史上重要な発見になる可能性の真偽にかかわる問題になってしまっているので、その点もきちんと考慮に入れなければならないでしょう。

宮台 朝日新聞で論壇時評の連載をされていた、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の米本昌平さんが、「不正があったかどうかの問題とは別に、STAP細胞が本当にあったかどうかの問題に、なぜ人々の興味が集中しないのか」と激怒されたのも印象的です。

神保 ただ、今のところSTAP細胞の有無を証明できるのは小保方さんしかいないわけで、彼女の論文の「不正」の性格が、STAP細胞の有無を左右するものと受け止められている面もあるので、興味本位のものも含め不正に着目することが正当化されてしまっているように思います。何にしてもまず、この問題の核心部分、つまり一連のスキャンダルは科学的にはどうなのかを議論していきたいと考え、今回は専門家をゲストにお呼びしました。京都大学iPS細胞研究所の特定准教授で医学博士の八代嘉美さんです。早速ですが、同じ細胞生物学を専門とされている八代さんの目には、STAP細胞をめぐる今の状況はどう映っていますか?

八代 もちろん事実であれば科学的には大変重要な話でした。ただ、問題があったと言わざるを得ないのは、情報発信のあり方。最初から社会に向けて広く発信したわりに、その情報に対して疑義が出てきたときに、適切な形で収拾するための努力がなされなかったことは残念でした。

神保 高度かつ専門的な話でもあるし、同時にもし本当であれば画期的な発明でもあるので、中途半端な状態で社会全体に公表すること自体に問題があったのでしょうか。

八代 最初の記者会見やプレスリリースなどでは、ノーベル賞受賞などで専門家でない人たちもよく知っている「iPS細胞」と対比する形で説明されていました。わかりやすくするためには悪いことではありませんが、iPS細胞は今年の8月には1例目の臨床研究も始まろうとしていますし、よく危険性として指摘された「がん化」のメカニズムについても、それを取り除く研究が進んでいる。「人への応用」という観点で考えれば、多くの関門を越えなければいけないんです。しかしSTAPの場合はまだマウスの細胞で作られただけ、というレベルで、人間の細胞でも作ることができるのか、安全性を確立するにはどうするのかなど、これからいくつもの関門に挑まなければならない、という段階でした。その点がきちんと伝わっておらず、ミスリードを招いてしまった部分はあるでしょう。

宮台 iPS細胞の研究が成果を上げて評判になったことが、STAPをめぐる理研の情報宣伝に前提を与えています。だからこそメディアも騒いで、人々も関心を持ちました。穿った見方をすれば、iPS以降の流れを理研が利用し、組織改革を含めて予算を政府から引き出そうとした可能性もあります。

神保 そもそもなぜ、STAP細胞が科学コミュニティで大きな話題になったのでしょうか。正式にはStimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells(刺激惹起性多能性獲得細胞)ということですが、まずはこれがどんなものなのかご説明いただけますか?

八代 まずは「細胞の初期化/多能性」というキーワードからお話しします。私たちの体は受精卵から始まり、最終的には250種類ほどの機能を持った60~100兆の細胞になる。そこで一度できあがった細胞は、ほかの機能の細胞になることはできません。皮膚は皮膚、神経は神経、毛髪は毛髪で、ほかのものにはならない。しかし、それらの細胞も最初はひとつの受精卵から始まっていますから、体全体を作る「設計図」そのものは細胞内に残されていてもおかしくない。それを示したのが、山中伸弥先生と共にノーベル賞を受賞したジョン・ガードン博士です。例えば皮膚の細胞の中にある「核」の中には、遺伝子の連なったゲノムが入っていて、いわばこれが体全体の「設計図」なのですが、核を卵子の中に移植すると、「皮膚を作る」だけしかできない状態だった核がリセット=「初期化」され、ひとつの個体を作ることができるとわかったのです。

 一方、山中先生がもともと研究していたのはES細胞(胚性幹細胞)というものでした。ES細胞は受精後5日目ほどの卵から取り出した細胞で、胎児が母体とジョイントする胎盤や羊膜にはなれないが、私たちの体を作っているどんな細胞にもなれるという細胞です。そして、例えば皮膚細胞になったものも、たった4つの遺伝子を組み込むだけで、ES細胞のような状態に「再プログラム」することができることを示したのがiPS細胞であり、山中先生の業績です。

 しかしこれは、外部から遺伝子を組み込み、無理矢理に「再プログラム」の回路を作るという、強烈な手法とも言える。一方、STAP細胞は、pH 5・7という紅茶ほどの酸性度の条件の中に細胞を入れるだけで初期化することができる、というものでした。細胞の核を卵子に移植するとか、新しく回路を作るといった特別な方法を用いなければできないと考えられていた初期化が、ほとんど手を加えることなくできるとすれば、すごいことなんです。

神保 「Nature」に掲載された論文は、どう評価されていますか?

八代 論文のロジック自体はきちんとしていましたから、そういう観点ではまずいものがあったとは今でも考えていません。「Nature」に掲載される論文は、編集部から指名された研究者が査読し、ロジックの正当性やそれを示すに足るデータがあるかどうかをチェックしており、理論として大きな欠陥があれば最初から載らないのです。もちろん、査読者以外の研究者にとっては、自分が査読したわけではないので「このデータが足りないと思う」といった疑問は多々ある。ただ、それらは追試の中で検証されたり、学会で本人と直接ディスカッションして説明してもらったりするものです。「Nature」はもちろん権威のあるメジャーな雑誌ですが、それ自体が正しさを担保するものではありません。新しい学説で、センセーショナルで面白く、ロジックとしてもきちんと閉じていることが示されれば掲載される。それが学説として強いものか、正しいかどうか、という検証は、論文が出てから始まることなのです。

神保 今回のように、論文が出た後でいろいろな疑義が出るのは、通常の流れだということですね。STAP細胞の証明のひとつとして「キメラマウスの作成に成功した」というものがありました。これについて説明していただけますか?

八代 我々研究者が最初に手にした操作可能な多能性の細胞はES細胞です。通常マウス同士を交雑させると、例えば白いマウスと黒いマウスであれば灰色のマウスが生まれます。しかし白いマウスの受精卵に、黒いマウスのES細胞を入れると、ひとつの個体が2つの遺伝情報を持つことになり、碁石のように黒と白がまだらになったマウスが生まれる。これがキメラと呼ばれるものです。ES細胞は体を構成するどんな細胞も作ることができる、ということを証明したいわけですから、受精卵の中で体のどの部分にもコミットできることを示すためにキメラマウスを作成することになるのです。

 今回の論文では2種類のキメラ実験を行っています。ひとつは「2Nキメラ」と呼ばれるもので、単純に卵の中にSTAP細胞を入れ、2種類の遺伝子を持つマウスが生まれてくることを示したもの。もうひとつは「4Nキメラ」と呼ばれるもので、受精卵に電気刺激なりを与えて細胞融合を起こし、4倍体という、通常とは異なるゲノムの状態の細胞を作り出すことで、注入した細胞だけに個体を作らせる、というものです。論文には両方のキメラ作成に成功し、生殖細胞にも分化する、と書いてある。つまり、STAP細胞は動物の体を作っているあらゆる細胞を作ることができる、という結論です。

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