>   >   > 【連載】『月刊カルチャー時評』/『おおかみこどもの雨と雪』

批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]×氷川竜介[アニメ・特撮評論家]

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(c)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
7月21日(土)より全国東宝系にて公開中。

『時をかける少女』『サマーウォーズ』と、非ジブリ作品の中で健闘を続け、評価を高めてきた細田守監督の最新作が今夏公開されている。“おおかみおとこ”との間に生まれた子どもを育てる母と、その子どもたちの物語……という、一聴ファンタジックな作品はしかし、監督のみならずアニメ作品の未来を感じさせる輝きを放っていた──。

氷川 『おおかみこどもの雨と雪』(以下『おおかみこども』)は、細田守さん【1】が東映アニメーションを離れてから3本目の監督作品ですが、真剣に研ぎ澄まされ、豪速球的な威力を持つ映画でした。作られたフィクションという枠を越えたような、規格外のパワーを感じます。女性の人生を描くにしても、「普通ここを切り取らないだろう」という部分を濃密に追っていて、それなのに妙に身近に感じる場面が多い。「子どもとして親離れする」「親のほうも子離れする」という繊細なテーマですが、この世に生を授かっている以上、誰にでも母親はいるわけだし、これ以上普遍的な主題はないのが理由でしょう。細田監督自身の演出も極端にムダを排除していて迷いなく、その点含めて稀有な作品だなと率直に思います。

宇野 僕はまず、素材選びがうまくいっていると感じました。“おおかみおとこ”は人型であって人でない妖怪で、また、“こども”というのも近代的観点からは人間未満の部分があるとされる。これは結果的かもしれないけれど「半分人間だけど半分そうではないもの」という他者性について、アニメならではの手つきで描くことにつながっている。実際、この映画の魅力はまず「おおかみこども」というアニメらしい、しかしそれだけに難しいキャラクターの描写の魅力にある。これは実は細田さんが今、アニメで、それも現代を舞台にファンタジーを描くことの意味についてよく考えてる証拠のようにも思えます。

 その一方で、僕は前半の脚本がスローフード系のお説教の臭みが強すぎてなんだかなあ、と思って観ていたんです。『サマーウォーズ』【2】は非常に高いクオリティでまとまったエンターテインメント作品ではありながら欠点も多く抱えていて、そのひとつは説教臭さだと思うんです。もちろん説教臭い=悪い作品というわけじゃない。例えば宮崎駿は、最近は異なるケースも多いけれど、かつてはいい意味で「閉じた」ファンタジーを描いていたと思うんです。現実へのアンチテーゼとして、強固に虚構を作りあげるタイプの映画を彼は志向していた。だから「間違った社会理解」がむしろ、魅力的なファンタジーを生み出すに当たって、プラスに働くことも多かった。思い込みの強さがむしろ、このタイプの映画には必要だったりすると思うんです。けれど、細田さんの作品はいつも現実から半歩だけずれたファンタジーになっている。ファンタジーだからこそ描ける、現実のある側面を抉り出すタイプの映画ですね。このタイプのファンタジーを作るとき、前提となる社会理解が浅いと大変なことになっちゃう。だからあれだけ魅力的な映像があっても、「グローバル資本主義に大家族で対抗しよう」といった、ちょっと安易な説教が前面に出るとどうしてもしんどい。例えば『サマーウォーズ』に対する批判として、「陰で支えている女性たちをないがしろにしている」というものがありますよね。これは細田さん自身にも田舎の共同体に対する素朴な信頼感があって、日本の共同体意識とジェンダーの問題に鈍感になってしまっているところが、一部のファンの反発を招いているのは間違いない。

 でも僕はこういう細田さんのセンスはある程度、それは大きな舞台に対応した「よそゆき」のモードの結果、前面に出てきたもののような気がしなくもないんです。というか、今回の『おおかみこども』の、まったく「よそゆき」さを考えない脚本の突っ走り方でそう思えて仕方がなくなりました。

氷川 確かに今までは、全方位に配慮したサービス満載の演出が目立ちましたからね。事実、『サマーウォーズ』には特盛りのコテコテ感があったので、サービス精神が旺盛な人だなと私自身思っていたくらいで。今回はむしろ観客のこちらが心配になるくらい全てにおいて引き算の手法をとっていて、作家の方向性としては陽と陰ぐらい違うようにも見えます。

宇野 まさに、僕は『サマーウォーズ』で最も顕著だった細田監督の「よそゆき」感が物足りなかったんです。僕の場合は前半に感じていた不安が後半にいい意味で裏切られていくんですよね。姉弟の成長を追いながらゆっくりと、いつの間にかこれが「子離れ」の物語に帰着していくことに気づかされていくアンチクライマックス的なシナリオには驚かされました。日本のアニメは家族向けのものでも思春期の物語、つまり第二次性徴から結婚までを描くことが多いと思うんですが、これはむしろ結婚・出産から、その子どもが思春期に差し掛かるところで終わる。氷川さんが指摘されたように「この部分を切り取るのか」という衝撃もあったし、アニメに限らず、家族について、こんな距離感で描いたものは珍しいかもしれない。

氷川 かなり詰め込んでいるため、人によって振り落とされる作りかもしれませんね。たとえば父親の“彼”は全体の6分の1も行かないところで死んでしまうし、“雨”が溺れるシーンは全体の半分と、厳格なタイムキーピングがされていて、相当に時間を刈り込む方法論が採用されています。ただ無駄を省くだけでなく、描くべき点はきちんとおさえて濃縮しているのが特徴ですね。“花”が“彼”を追いかける決意の場面は、かなりのロングショットで映されていましたが、“彼”がさりげなく子どもを助け起こしているのを“花”が見たのが理由とわかります。優しさ、子ども好きという今後の展開も含めて映像で語られているんです。時間のジャンプは、一応“雪”が語る回想という体裁でアリバイも用意していますし、映画って人生で最も印象に焼き付きそうな部分を、記憶の連鎖か夢のようにつないだものでもあるので、そのドライブ感も楽しみのうちかと。

 もうひとつの大事な主題としては、「狼と人間のどちらを選ぶのか」という選択の話です。これは『もののけ姫』的な動物/人間世界の対立軸でわかりやすくもできたはずなのに、あえてそうしてないんですね。姉弟の 大ゲンカのシーン【3】に象徴的ですが、おてんばだった“雪”とおとなしかった“雨”の立ち位置が、後半で入れ替わってしまう。同じようなシチュエーションの中で、涙を流して母の“花”に慰められる対象が“雨”から“雪”に変化したことを見せて、成長の中の選択だと見せている。そもそも「おおかみとは何の例えなのか」という問いかけは、見た人一人ひとりが考えればいいと思うんです。細田さんが自身を投影しているとすれば、親元を離れてアニメーターになった、という職業かなとある程度シンプルに解釈はできますが、この作品に関してはそう見てしまうと途端につまらなくなってしまうような気がして……。

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