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萱野稔人と巡る超・人間学【第31回】

文明を動かした植物との共生

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

植物学者・稲垣栄洋氏を迎え、古代からの人間と植物の関係性を軸に人類史への影響を聞く。植物との共生は人間社会に何をもたらしたのか。植物が果たしてきた役割について考察する。

今月のゲスト
稲垣栄洋[静岡大学大学院農学研究科教授]

農学博士、植物学者。専門は雑草生態学。岡山大学大学院農学研究科修了後、農林水産省に入省、静岡県農林技術研究所上席研究員などを経て現職。『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『都会の雑草、発見と楽しみ方』 (朝日新書)、『世界史を大きく動かした植物』(PHP研究所)など著書多数。


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人間と植物の関係を大きく変えた転換期は農業だった。写真はイメージ。(写真/GettyImages)

萱野 人類は植物のある環境のもとで生存してきました。植物は人類の食べ物となるだけでなく、光合成を通じて酸素を提供しています。植物の存在はまさに人類にとって生存の条件をなしています。ここではその植物と人間との関わりについて、『世界史を大きく動かした植物』(PHP研究所)などの著作がある植物学者の稲垣栄洋さんにお話をうかがっていきたいと思います。

稲垣 植物学者は常に植物について考えており、植物の視点から世界を見るようなところがあります。そうすると歴史に対する見方も変わってくるんですね。普通は人間が植物を利用してきたと考えますが、視点を変えると植物が人間を利用しているようにも感じられますし、人間の歴史の背後には常に植物の存在があったことがわかります。

萱野 人間と植物の関係を考えたとき、歴史上最も大きな転換点となったのはやはり農業の開始ですね。それ以前の人類は自生している植物がもたらしてくれる食料をいわば受動的に採取していただけでしたが、農業の開始によって人類は、植物の成長に能動的に働きかけることで食料を得るようになりました。ただ、どちらにおいても人間が植物に依存しているという点は変わりませんね。

稲垣 あらゆる食料は植物に由来しているということもできます。植物は光合成によって自ら必要な栄養分を作り出す独立栄養生物ですが、すべての動物はほかの生物を食べることで栄養を摂取する従属栄養生物です。草食動物が植物を食べ、その草食動物を肉食動物が食べるということは、最終的にすべての動物が植物に依存していることになるんですよね。

萱野 人間は雑食ですから、直接的にも間接的にも植物に依存していることになりますね。

稲垣 実は人間が赤色を識別できるのも、植物と関係があるといわれています。哺乳類は基本的に赤色を見ることができません。これは恐竜が生きていた時代、哺乳類の祖先が捕食されないように夜行性になったため、赤色を識別する能力を失ったからです。しかし、森林で生きていた人類の祖先であるサルの仲間は、重要な食料である熟した果実の色を見分ける必要があったため、いつしか赤色を識別できるようになりました。もともと果実が赤くなるのは、鳥類に食べさせて種子を運んで散布させるための植物の戦略的なサインなのですが、それが人間の「赤いものを見ると食欲が刺激される」という性質に影響を与えることになったんです。居酒屋の赤ちょうちんや中華料理屋の赤い看板を見ると、つい店に入りたくなるのも、そうした性質に訴えかけるからでしょう。

萱野 人類の祖先はそうした果実などの食料が豊富で住みやすい森林を追われて、草原に出ていったと考えられています。それによって食料事情も大きく変わったでしょうね。

稲垣 人類の祖先が森林から草原に出てきたとき、そこに広がっていたのはイネ科の植物でした。現在の人類の主要なエネルギー源である世界三大穀物の米、小麦、トウモロコシはすべてイネ科植物の種子です。人類の祖先がイネ科植物の草原でヒトへと進化していったことを考えると、人間の歴史はイネ科植物と共に歩んできたともいえますが、農業開始以前の人類はこうした草原のイネ科植物を食べることはできませんでした。

萱野 それはなぜですか。

稲垣 イネ科植物は草食動物に食べられないようにするために、葉や茎には栄養がほとんどないように、そして葉が硬くなるように進化をしました。しかし、草原の草食動物はイネ科植物を食べなければ生きていけないため、反芻によって微生物を働かせて草を分解するような進化を遂げたんですね。これはイネ科植物と草食動物が互いに競い合いながら進化した共進化なのですが、その共進化から人類は置き去りにされ、身の回りにたくさんあるイネ科植物を食べることはできなかったんです。

萱野 だからこそ初期人類は食物を求めて狩猟採集をしながら世界中に散らばっていったわけですね。その過程で人類は火を獲得しますが、枯れ木などの有機物を燃やす火の利用もある意味で植物との関わりだといえますね。

稲垣 そうですね。火を使うようになったのは、おそらく自然発生した山火事や落雷による出火がきっかけになっているのだと思いますが、かなり古い時代から人類は草原に火をつけて燃やして、狩りをしたり、肉食獣から身を守るために見晴らしの良い環境を作るといったことを行っていたようです。それは土壌に形跡が残っていることからわかっていて、たとえば日本では黒ボク土といって火山灰に燃えて炭化した有機物が混じった土壌があるんですね。古代から人類は植物に人為的に火をつけることで、身の回りの環境を住みやすいように作り変えていたのでしょう。

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