――“スキャム・ラップ”に特化したティージェイエックスシックスが注目を集めているが、クレカ詐欺について歌ったラップ曲自体は以前にもあった。その源流を探ろう。
上よりポップアウト・ボーイズ、ボスマン・リッチ、シティ・ガールズのMV。
前記事を読まれた方は、ティージェイエックスシックスが、よくも逮捕されないもんだとの印象を受けたかもしれない。
だが、現実はそう甘くない。彼が演っているような内容の曲は“スキャム・ラップ”なる呼び名が流通する以前の2016年からあった。「俺はカードをクラックする(cracking cards/銀行のキャッシュカードや社会保険カードの番号を盗みとり、預貯金を全額引き出すこと)、スキャマーだから」と繰り返す「For a Scammer」がそれだ。ただし、この曲の存在が知られたのは、作者でニューヨークはブルックリンのラップ・グループ、ポップアウト・ボーイズのメンバーのうち2人が、クレジットカード詐欺となりすましで一斉逮捕された連中に含まれていたとの報道や記事を通してだった。
犯人の足がつきにくいとされる“スキャミング”を扱う“スキャム・ラップ”は生まれる直前の時点で、曲より先にまず“逮捕”があったのだ。これは大きな警告でもある。騙しのテクニックで勝負する“スキャマー”が騙しに失敗して捕まったら、洒落にもならない。
そのためか、ティージェイのように“スキャム・ラップ”に特化したラッパーは、なかなか存在しない。強いていえば、西海岸はオークランド出身で、彼よりもメジャー感があり、今後注目される機会が増えそうなグアップダッド4000が挙げられるだろうか。
実は、ティージェイでさえラッパーとして活動し始めた17年は、今とは違うスタイルだった。その年の3月に、彼の地元デトロイトでボスマン・リッチが出した「Juggin Ain't Dead」が“スキャム・ラップ”の起源といわれ、4人組のバンドギャングもそこに並べられる。後者のメンバーのひとり、シュレッドギャング・ブーグスに至っては、ツアーやレコーディング機材に充てる費用を、数百件ものクレジットカード詐欺で得ていた。この事実を知り得たのも、彼は18年夏にその件で逮捕されてしまったからだ。
“スキャム・ラップ”に特化してはいないものの、客演者として大抜擢されたドレイクの「In My Feelings」(18年)で「あたしが要るのは(アメリカンエクスプレスの)ブラックカードとセキュリティコード、コードから金庫へ、コードを暗号化して、金庫から安全に」とラップするシティ・ガールズの片割れに、J.T.(もうひとりはヤング・マイアミ)というラッパーがいる。このリリックスは洒落などではなく、同曲のMVが発表され、全米ナンバー1に輝いた頃、彼女はクレジットカード詐欺の罪を償うべく、すでに塀の中で生活していたのだった。
20年3月21日にシャバに戻った彼女が相方と作った2作目のアルバム『City on Lock』の成功で、シティ・ガールズの2人は今現在、人気沸騰中だ。まるで何事もなかったかのように。バレれば即逮捕が現実なのに、“スキャミング”をめぐるこのカジュアルさは一体なんなのだろう。バンドギャングもティージェイを呼んで“スキャム・ラップ”全開のアルバムを出したばかりだ。