――21世紀型盆踊り・マツリの現在をあらゆる角度から紐解く!
「浅草音頭」の「春の浅草 千本桜」という歌詞は、「スプリングタイム・イン・アサクサ・チェリーブラッサムツリーズ」と英訳された模様。遙か昔に受けた中学生の英語の授業を思い出してしまうほどの英訳である。
毎年シーズンがひと段落した秋ともなれば、盆踊り関連のニュースはグッと減るものだが、2020年の東京五輪開催を控えた今秋は、引き続き話題がいくつか入ってきている。この9月には東京・浅草のご当地音頭「浅草音頭」の英語バージョンが、今年で3回目を迎える「雷門盆踊り~夢灯篭~」の開幕セレモニー前に初披露された。東京新聞の9月10日付の記事によると、「浅草音頭」は浅草を走るつくばエクスプレスの開業を記念して2005年に制作。作曲はフィンガー5を世に送り出したことでも知られるコメディアン/作曲家、世志凡太が手がけた。16年にはあさくさハッピー連によるリメイク・バージョンが制作され、世志凡太の妻である浅香光代が振り付けを考案したという。
世志凡太はもともと日本を代表するビッグ・バンド、原信夫とシャープス&フラッツの一員として1950年代から活動をスタートさせた人物。 「浅草音頭」もノスタルジックでありながら、どこか洒脱な雰囲気の漂う楽曲である。浅草の四季を織り込んだ東海林良による歌詞も味わい深く、近年制作されたご当地音頭の中でも上位ランクに入る仕上がりといえるだろう。
英語バージョンの初披露の際には、あさくさハッピー連をはじめ、世志や浅香も登場。東京新聞の同記事によると、世志は「いろんな機会に踊り、浅草を盛り上げたい。外国の方に、飛び入りで気軽に踊ってほしい」と外国人観光客に向けて盛んにアピールしたという。
だが、果たしてこの“英語バージョン”は、本当に必要なのかという疑問が残る。筆者の感覚でいうと、「異国の文化に触れようと、わざわざ訪れた南米の地でカタコトの日本語による“おもてなし”を受けたときの違和感」とでもいおうか、どうも「それじゃない感」が漂うのである。
訪日外国人向けに英語バージョンで、または若者向けにキャッチーに――。よかれと思って試みたリメイクが、どうも対象とする層のニーズとズレているというケースが、実は盆踊り界隈では多い。そこで思い出すのは、あまり評判のよくない「東京五輪音頭 -2020-」だ。この夏も都内各地の盆踊りで同音頭が積極的にアピールされたが、筆者の体感でいうと、どこも盛り上がりはいまいち。年配の方であれば三波春夫らによるオリジナル・バージョンに対する愛着が強いということもあるだろうが、なにより新バージョンは振り付けがわかりにくく、踊りにくいのである。
こちらの振り付けを考案したのは、ダンスカンパニー「イデビアン・クルー」を主宰する井手茂太。18年11月の朝日新聞の記事によると、大会組織委員会は井手に「空手や野球、サーフィンといった新競技やパラリンピック競技の動きを入れるように求めた。井手さんは、踊りの動きが速すぎて踊れないのではないかと組織委側に伝えた」という。その振り付けは確かに慌ただしく、盆踊りの現場では当初から不評だった。18年には東京都民踊連盟の助言を受けた“ゆったりバージョン”の振り付けが考案され、現在では井手バージョンと民踊連盟バージョンの2種類が踊られている。
盆踊りの振り付けはシンプルな繰り返しだからこそ、誰もがその輪の中に入ることができる。そこから楽しさを見いだせるわけだが、「東京五輪音頭-2020-」は両バージョンともに難易度が高く、初見の外国人観光客や盆踊りになじみのない若者にとってはハードルが高すぎる。
この連載では盆踊りや祭りの新たなアプローチを取り上げてきたが、言うまでもなく、必ずしもすべての盆踊りを“現代流”にアレンジする必要はない。インバウンド向けに味付けを変えた盆踊り文化ではなく、本来のシンプルな楽しさを堪能できるオーセンティックな盆踊りを求めている訪日外国人も少なくないだろう。「浅草音頭」にしても、余計なお節介の英語バージョンではなく、浅草の人々が慣れ親しんだ通常バージョンでこそ、訪日外国人向けにおもてなしすべきではないだろうか。
筆者には、どうも東京における一部の盆踊り界隈が、現代風にアレンジすることに対して、こだわりを出しすぎているように思えてならないのだ。訪日外国人が求めているのは、果たして新しくて斬新でピカピカの東京なのだろうか。町の風景が次々に塗り替えられている都心部の再開発と同じ構造が、そこにはあるような気がしてならない。
大石 始(おおいし・はじめ)
旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」のライター/編集者。07年より約1年間をかけ世界を一周、08年よりフリーのライター/編集者として活動。国内外の文化と伝統音楽、郷土芸能などの造詣が深い。著書に『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)、編著書に『大韓ロック探訪記』などがある。新刊『ニッポンのマツリズム 盆踊り・祭りと出会う旅』(アルテス・パブリッシング)が発売中。