――新世代のラッパーが舞台に上がり、若い観客がフロアを埋める「TOKIO SHAMAN」というパーティがある。その首謀者であり、暗鬱で幻想的なラップ・ミュージックを生み出す釈迦坊主とは、何者か?
(写真/田川雄一)
SF、ゲーム、メタル、ゴシック、スピリチュアル、オカルト……。それらを下支えし、統一感を与えるのはトラップという現行ヒップホップの骨組みだ。ラッパーの釈迦坊主が昨年11月に発表した初アルバム『HEISEI』は、そんなメルティング・ポットからまったく新しい音楽を現出させた傑作だった。
「もともとメタル好きで、掘っていくうちに特にゴシック的、プログレ的なものに惹かれたんです。それと同じく、THA BLUE HERBやMAKKENZのような内面性を文学的に歌う日本のラッパーを知り、ヒップホップの持つ振れ幅に触れた気がして衝撃を受けました」
そんな釈迦坊主は、いささかニヒルに現代をこう評してみせる。
「メンヘラがブランドになる不健康な世代/suicide, die young, sippin codeine みんな首吊りたい/また電車に飛び込むJK SNSでライブ/クズがビジネスになる新時代」(「Tokyo Android」)
彼は和歌山県で生まれ、両親の別居をきっかけに、小学生のときに母親と共に東京に越してきた。母親は水商売で家計を支えていたため、幼少期から日夜ゲームに耽り、寂しさを紛らわせた。
「ゲームは今の自分を形成する最大のものかもしれません。ゲームが得意だったから学校で人気者になれて、引っ越してもそれをきっかけにすぐに友達ができた。それに、授業中もずっとしゃべっているようなタイプで、みんなを笑わせたいと常に思っていました」
社交的な半面、独自の価値観を内側で育み続けてもきた。
「みんなと同じことをするのが嫌でした。美術の時間にクリスマスというテーマで絵を描けと言われても、俺だけ墓やゾンビの気持ち悪い絵を描いた。でも中学生になると、周りを気にして自分を出せなくなっていった。キモいと思われたくなかったし。友達はいましたが、常にどこかで仮面をかぶっているという意識がありました」
高校1年生のとき、ミクシィを通じてホストクラブから勧誘を受け、その世界に入る。もちろん、16歳の彼を働かせるのは違法店だ。
「人を楽しませるのが好きだったから、ホストは天職だと感じていて、いつか自分の店を出すのが目標でした」
とはいえ、過酷な現実も目にした。先輩の理不尽な暴力は日常茶飯事で、職場で覚醒剤が蔓延し、金銭トラブルやヤクザとの揉め事も少なくない……。自身も「人として終わってる」状態に堕ちてゆき、オーバードーズで緊急搬送、生死の境をさまよった。
「そのときの体験を言葉にするのは難しいですが、とにかく泣いていた母親の顔が今も目に焼きついています。それで自分を見つめ直しました。考えてみれば、ホストの世界も仮面の世界だから、その真逆に行きたかった」
その後、11年頃から音源をネット上に発表し、ゆっくりと支持を集めていった。当初、元ホストという経歴を打ち出すことは、ヒップホップの価値観に合わない気がして躊躇したという。
「でも、それも仮面じゃないか、と。今、ラップをしているのは、ホスト時代の経験がマイナスじゃなかったと思いたいからなのかもしれません」
現に『HEISEI』は、社会の闇を眺め、次に自身の闇、トラウマ、過ちに深く沈潜してゆく。このコンセプチュアルな構成は、ゲームの物語性からの影響だと語る。そして、闇がもっとも濃くなったアルバムのラストでこう歌われる。
「あいつはつかまった/お尻光るから」「あいつはつかまった/特別だから」(「ほたる」)
闇の中でこそ見いだされる、ほのかなほたるの光。この卓抜なイメージは釈迦坊主自身を指すと同時に、彼が見いだした光、つまりは彼と同じく社会の周縁にはぐれさまよう仲間をも意味する。闇の中を飛び回りながら、ほかのほたるたちに「Don't get caught」とシンパシーに満ちたメッセージを送っているのだ。
(文/韻踏み夫)
(写真/田川雄一)
釈迦坊主(しゃかぼうず)
ラッパー、トラックメイカー、ミックスエンジニア、映像作家として活動する東京のマルチアーティスト。和歌山県御坊市出身。ヒップホップ界では異色の元ホストという経歴を持つ。2011年頃よりニコニコ動画、YouTube、SoundCloudなどで音源やミュージック・ビデオをアップするようになり、次第に注目を集める。18年11月に発表した1stアルバム『HEISEI』では、RPGゲームの『ファイナルファンタジー』、ヘビーメタル、ヴィジュアル系といった自身が感化された多種多様な要素が混淆する、サイケデリックでスピリチュアルでオカルティックなトラップ・ミュージックを生み出した。同世代のラッパーが集うパーティ「TOKIO SHAMAN」を主宰し、新たなシーンを創出していることでも知られる。