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精神異学~忘れられた治療法~【8】

【精神科医・岩波明】“虚病”「新型うつ病」が隆盛する生きづらき現代ニッポンの深い闇

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[語句解説]「新型うつ病」

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精神科医でテレビタレントでもある香山リカなどにより、2007年頃より広がった「新型のうつ病」。「うつ状態により出勤はできないが、趣味などでは積極的に行動」などといった“症状”を呈すとされメディアでも一時盛んに取り上げられたが、精神医学の分野ではまったく認められていない病名で、精神科関係者からの批判の声も多かった。


 うつ病はこれまで、基本的には中高年が罹患する病気であり、しかも、いったん発症しても完全に元の状態に回復可能な病気だと信じられてきました。さらにひと昔前の精神科の教科書を見るとうつ病は、「メランコリー親和型性格」などといった特有の性格特徴を持つ人に発症するケースがほとんどなどと記載されています。ところが今、そうした常識は変わりつつあるようです。

 具体的にいえば、うつ病の慢性化がまれではないことが次第に明らかになってきたのです。統計上の数字はさまざまですが、うつ病の10~20%あまりが、回復することなく症状が持続することがわかってきています。また、特有の性格要因とうつ病の関連も、必ずしも明確とはいえないことが示されています。

 そうした中で登場しマスコミの話題をさらったのが、「新型うつ病」。このあまりセンスのよいとはいえない“造語”は、時代の雰囲気にうまくマッチしたためか、2000年代後半以降、多くのメディアに取り上げられることとなりました。

 けれども実際にはこの“病名”は、医師でもあるタレントの香山リカ氏による造語でした。はっきした定義や診断基準は存在していませんが、仕事に対して意欲がなく、うつ病だとして休職中などであるにもかかわらず、海外旅行に出かけたり自分の趣味の活動には積極的だったりする人がこれに当てはまる、とされています。

 当時多くのメディアに取り上げられたこともあり、新型うつ病は、医学的に十分に認知されていると考えている人も多いようです。一流といわれるような経済紙にも、トピックとして掲載されていました。しかしこの病気はいわば「虚像」で、結論からいえば、本来のうつ病とはまったく異なるもの。そもそも「うつ病」という言葉を使うことも適切とは言い難いものでした。

 もっともこの“病気”は、それほど流行しただけあって、一部の若者における特徴的な気質を表しているのは確かです。新型うつ病の患者の多くは若年層に属しますが、比較的軽症で、オーバーワークなど仕事のストレス状況が発病の引き金となっています。ケースによっては、対人関係の能力の低さがきっかけとなっています。

 しかし上司や同僚から見るとそのストレスは必ずしも重い負担とは思われず、その“症状”によって仕事はできないが、余暇や趣味は楽しめている。他罰的で病休を長く続けることに抵抗が少ない、投薬の効果が少ない……などの特徴が挙げられています。

 しかし本来の「うつ病」とは、憂うつ感、意欲の障害などの精神症状が持続して出現するものです。となれば、短期間のうちに精神状態が変化するという新型うつ病は、その定義から考えてうつ病と呼べるものではありません。新型うつ病はマスコミ受けを狙った言葉遊びとさえいえるわけで、精神疾患としてのうつ病に対する誤解を助長したという点で、罪深いものだったとさえいえるでしょう。

 当然、医学的に認められたものではありません。日本うつ病学会もホームページで、新型うつ病について否定しています。そもそも前述したように診断基準さえ明確なものは存在しておらず、精神科医が実際の臨床場面で患者の病名に「新型うつ病」と記載することもあり得ないのです。

 それでは、新型うつ病に相当する人たちが医学的にまったく問題がないのかといえば、必ずしもそうとは言い切れません。ここがなかなか微妙なところです。というのも新型うつ病は、従来の「抑うつ神経症(神経症性うつ病)」に近い特徴を持っているのです。抑うつ神経症とは、元来依存的な性格傾向が強い人において、仕事を含めた生活上のストレスによって抑うつ感や不安症状が持続的に認められる疾患ですが、症状が変化しやすいことが知られており、新型うつ病と共通点が多く認められます。ただ、実際の新型うつ病は一様なものではなく、知的レべルに問題のあるケース、性格的な問題の大きいケース、軽症の発達障害などなど、多様なものを含んでいるようです。

『「新型うつ病」のデタラメ』(新潮新書)の著者である中嶋聡氏は、「上手にサボる者が得をし、日常のストレスに耐えてまじめに仕事をしている者が割を食うことになる」と、現代社会の問題点を指摘しています。新型うつ病という病名が2010年前後の日本において広く流布した背景には、実際の仕事ぶりはともかく、強く権利を主張する者を安易に認めてしまうという昨今の風潮が関連しているのかもしれません。

 そしてその流行に一役買ったマスコミは、結果としてそれに加担をしてしまった、という側面もあるでしょう。厳しい言い方になりますが、新型うつ病の患者たちは、病気を理由にして企業に寄生し、いわば社会的な財産を浪費している、という言い方も可能なのです。そのような観点で考えてみると、新型うつ病の問題は、「就労能力の劣った従業員をどう扱うか」という、いわば労務管理の問題に行き着くことにもなります。

 いや、困っているのは、彼ら“患者”の所属する企業だけではないか、と考える方もいるかもしれません。けれども、“実害”はこれだけにはとどまりません。極端な例を挙げれば新型うつ病の患者の中には、精神障害者の障害年金を受給したり、生活保護者として認定されたりする者も珍しくありません。

 実際、臨床の現場において、障害年金の診断書に手心を加えてもらおうとして社会保険労務士が“患者”の受診に同伴し、担当医に診断書の書き方を指南するなどというケースもあり、時には医者を「脅迫」する患者も実在します。障害年金は5年にわたりさかのぼって請求できるため、最高で500万円あまり手にすることも可能なのです。

 もちろん、精神科に長期入院している統合失調症の患者や日常生活もままならないような知的障害者に、国が一定の現金給付をすることにはなんの異存もありません。ところが、先のようなひどい例とまではいかずとも、障害年金目的で一般企業の正社員や現役公務員が「診断書を書いてほしい」と精神科病院を受診することは決してまれではなく、また自ららうつ病であると主張して会社を休んだり、長期にわたって傷病手当金を受け取ったりしている者が多くいるのもまた事実であるわけです。

 しかし、彼ら“患者”ばかりを非難するのもまた酷でしょう。新型うつ病隆盛の社会背景を考えれば、やはり1990年代以降の不況の時代を通過し、従業員に対する企業の態度が大きく変化したことは間違いなくあると思います。日本型の年功序列制や終身雇用制は、崩壊とまではいかずとも形骸化しつつあり、またグローバル化が唱えられる中で、会社員には短期収支の改善が強く求められています。

 かつて多くの企業には“閑職”があり、問題社員や病んだ者たちの居場所となっていました。もちろん企業側は彼らを解雇したかったでしょうが、“飼い殺し”にするのが一般的でした。ところがいまの日本社会を見渡せば、社会や職場におけるさまざまな決まりごとが、より細かく、そしてより厳格に運用されるようになってきているようです。曖昧だったルールは明文化され、それに違反するとペナルティーが科される。現場の裁量で暗黙のうちに認められていたことが、「コンプライアンスに違反する」と見なされバッサリと切り捨てられる。このような職場は、偏りのある者や労働パフォーマンスに見劣りのする者、精神的に不安定な者にとっては過酷でしょう。彼らのような“使えない”社員の雇用は継続しないと言い切る企業担当者も少なくありません。このような時代にあって、そのような社会的弱者の一部が新型うつ病罹患患者として、我々の前に立ち現れてきている。つまりはそういうことなのかもしれません。

 実は、新型うつ病よりもはるかに深刻で社会的にも重要なのが、冒頭でも言及した「慢性うつ病」です。精神医学における常識では、うつ病は治る疾患だとされてきました。医師はこれまでうつ病患者に、「必ず治る」と約束してきたのです。

 しかし、それは誤りであったわけです。治ることのない慢性うつ病はいまや、うつ病の2割あまりを占めるに至っている。薬物療法の効果が少なく、引きこもりに近い生活を送る例も多い。このような、真に重症たる慢性うつ病の増加と、“軽症”である「新型うつ病」の増加。これらは共に、きわめて現代的な現象であるといえるのです。

岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院をはじめ多くの精神科医療機関で診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『発達障害』(文春新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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