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【premium限定連載】芸能評論家・二田一比古の芸能ゴシップ今昔物語

高倉健、菅原文太、2014年11月に急逝した二大巨頭らが見せた銀座の伝説

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――数々の芸能スクープをモノにしてきた芸能評論家・二田一比古が、芸能ゴシップの“今昔物語”を語り尽くす!

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『トラック野郎 浪漫アルバム』(徳間書店)

 2014年11月、高倉健さんに続き菅原文太さんも亡くなった。同じ東映出身のスターだった二人だが、生き方は対照的だった。

「健さんの『網走番外地』に駆け出しだった頃の文太さんがチョイ役で出ています。その後、二人は何本か共演していますが、お互いを意識するあまり、良好な関係ではなかった。仲が悪いというわけではなく、一線を引いていたということ。晩年、二人が顔を合わせることはなかったはずです」(映画関係者)

 寡黙の人として私生活もベールに包み隠した健さんは酒も飲まなかった。文太さんはウイスキーの一本でも軽く開けるほどの酒豪として知られていた。

「昔の東映は“酒を飲めなきゃ男じゃない”みたいな風潮があって、なにかにつけて宴会を開いていた。文太さんは一升瓶を持ってスタッフの席までお酌に回るほど宴会大好き人間。健さんも昔は飲めたと聞きますが、そうした宴会を嫌い、“飲めない”宣言をして飲み会を辞退していたという話もあります。結果、“文太派”と言われる人たちはみんな酒豪。弟分的な松方弘樹なんか大変な酒豪として京都の祇園を闊歩していました」(前出)

 今のスターは「小さくこじんまりしている」と言われて久しいが、昔は派手に飲み歩くこともスターのステータスだった。松方と同じ祇園で飲んでいたスターが勝新太郎さん。祇園を取材したおり、こんな話を聞いたことがある。

「得意の三味線を自ら弾いて芸者に躍らせる。こんな粋な遊び方をできるのは、勝さんとお兄さんの若山富三郎さんぐらいしかいない。お酒を飲めない富三郎さんと一緒に来ることもあり、兄弟で三味線の連弾まで披露することもあったそうです。そして、勝さんの指名を受けること自体が芸者のステータスでした」

 東映、大映は京都が撮影所の本拠地。必然的に祇園や先斗町が遊び場。一方、東京が撮影所の日活の遊び場は銀座。当時の日活看板スターは石原裕次郎さんと小林旭の二大巨頭。二人の間にもライバル的な存在としてある種の確執があったようだ。それは銀座の街でも垣間見ることができた。

「同じ銀座のクラブでも二人がかち合う店はなかった。共通しているのは役者仲間やスタッフを大勢連れてきて、クラブをほぼ貸し切り状態で飲む。当時、スターがステータスとして飲んでいたのがヘネシーやレミーマルタンといった高級ブランデー。飲みに来る時の車も凄い。クラブの入っているビルの前の通りに外車がずらっと並ぶ。真ん前に止まるのは石原さんや小林さんの車。その車が凄い。当時は見たこともないキャデラックやリンカーンといったアメ車。その車の前後に他の役者やスタッフの車がまるでボディーガードのように並ぶわけ。それは壮観でしたよ。当時のヤクザもそんな車は乗っていない時代でしたからね。二人のスターが銀座に来ていたら、銀座のクラブ街は高級車で埋め尽くされるほどでした」(ベテランの黒服)

 勝さんも晩年は銀座に進出していた。やはり飲み方は豪快そのもの。

「数人で来ることが多かったのですが、他のお客さんが気づき、サインを求めたりすると、サインどころか“一緒に飲もう”と誘い、お客さんの分まで支払ってしまうので、大変な金額になっていました。ノリもよくて、当時はカラオケではなくギターやピアノの弾き語りで座頭市の歌なんかを聞かせてもらいました。勝さんにごちそうになった人はいい思いをしたと思いますよ」(銀座三十年のママ)

 スターはどういう形であれスターとして輝いていた昭和。そんなスターたちが我々マスコミが取材をするにも「恐れ多い」「敷居が高い」という思いをさせた。芸能関係者の話。

「彼らだって人間。スキャンダルのひとつやふたつはあるはず。ただ、それを取材させない威厳みたいなものがあった。ちょうど長嶋茂雄さんが家族のスキャンダルが見え隠れしているのにオープンに報道しないのは、長嶋さんの取材させないオーラみたいなものがあるから。それと同じ。今の芸能人たちは相対的に軽いから、メディアもスキャンダルがあれば気軽に取材してしまう。その分、芸能プロが強力になって軽くなったスターたちを守っている構図に見える。もっとも、本当にスターと呼べる人はほとんどいませんから仕方ないのですが……」

 スタートとは公私に渡りスターだったのだ。

ふただ・かずひこ
芸能ジャーナリスト。テレビなどでコメンテーターとして活躍するかたわら、安室奈美恵の母親が娘・奈美恵の生い立ちを綴った「約束」(扶桑社刊)、赤塚不二夫氏の単行本の出版プロデュースなども手がける。青山学院大学法学部卒業後、男性週刊誌を経て、女性誌「微笑」(祥伝社/廃刊)、写真誌「Emma」(文藝春秋/廃刊)の専属スタッフを経て、フリーとして独立。週刊誌やスポーツ新聞などで幅広く活躍する。現在は『おはようコールABC』(朝日放送)、『今日感テレビ』(RKB毎日放送)などにコメンテーターとして出演。


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