サイゾーpremium  > 連載  > 友達リクエストの時代  > 【小田嶋 隆】孤独な「ネトウヨ」たちが生まれ広がったその理由
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友達リクエストの時代【第23回】

「ネトウヨ」は、うたかたの流行が気まぐれに生み落とした私生児ではない

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SNS隆盛の昨今、「承認」や「リクエスト」なるメールを経て、我々はたやすくつながるようになった。だが、ちょっと待て。それってホントの友だちか? ネットワーク時代に問う、有厚無厚な人間関係――。

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ネット右翼の逆襲--「嫌韓」思想と新保守論(総和社)

「ネトウヨ」と呼ばれる人々がいる。一説によれば、彼らは21世紀のはじめにはすでに登場していたらしい。

 確かに、私自身の記憶でも、2002年の日韓W杯の前後には、2ちゃんねるの一部の板に、やたらと排外主義敵な主張を繰り返す人々が蟠踞していた。

 ただ、中国や韓国を敵視し、靖国の英霊を崇める人々の声が「Yahoo!掲示板」をはじめとする主要なネット媒体を席巻するようになったのは、おおまかにいって05年以降のことだ。まあ、それでもすでに10年近くが経過しているわけで、してみると、「ネトウヨ」は、うたかたの流行が気まぐれに生み落とした私生児ではない。この国の社会にしっかりと根を張った新しい階層と見なさなければならない。

 問題は、どうして彼らのような人々が誕生し、増殖し、21世紀の日本の社会の中で、一定の位置を占めるに至ったのかだ。

 おそらく、背景には、前世紀末から続いている、東アジア諸国との緊張関係がある。あるいは、中朝韓各政府の対日強硬姿勢がネトウヨを増殖させている部分が大きいのかもしれないし、もっと単純に、我が国自身の経済的な弱体化が、相対的に貧窮化した若い世代の苛立ちを募らせているということなのかもしれない。いずれにせよ、政治・外交・経済の分野で説教を垂れるのは、私の任ではない。なので、持論がないわけでもないのだが、そのあたりの話には触れない。

 ここでは、当連載のテーマである「友だち」という視点から、この話題を再吟味してみることにする。

 13年の5月、ある新聞社の労働組合の招きで、大阪を訪れた。その折り、同じシンポジウムのパネリストとして、『ネットと愛国』(講談社)の著者である安田浩一氏と3日間ほど行動を共にする機会を得た。なので、期間中、会議後の打ち上げやバス移動の中で、その安田氏と、親しく対話する時間を持つことができた。

 私は、「在特会」(「在日特権を許さない市民の会」の略称:在日韓国・朝鮮人が、不当な特権を得ている旨を主張し、その特権の撤廃を訴える活動を展開している)の人々が、「ありもしない在日特権の撤廃」という不可思議な主張を軸に街宣活動をしている理由が、どうしても理解できなかったので、その点を、安田氏に質問した。

「あの人らは、本当のところ何がしたいんですかね」

 しばらく考えた後、彼はこう答えた。

「仲間が欲しいんだと思いますよ」

 意外な回答だった。というよりも、正直にいえば、私は、ハシゴを外された感じをおぼえた。

 だって、仲間が欲しいのなら、何も街宣なんかやらなくてもよいはずだからだ。サッカーでも麻雀でも、ほかにいくらでも他人とコミュニケーションを取る方策はあるじゃないか。それに、普通に考えれば、まず政治的な主張があって、その同じ主張に賛同するからこそ、「仲間」になるというのがマトモな順序というものなのではなかろうか。

 しかし、ともあれ、安田氏が、在特会の内部に入り込んで、個々のメンバーに対して粘り強い取材を続けた結果として、得た感触は、

「彼らは、とにかく孤独なんです」

 ということのようだった。

 孤独だから仲間が欲しいというところまではわかる。でも、だからって、なにも在日の人々を敵視しなくてもよさそうなものじゃないか、と、その時私は思っていたのだが、あれから2年、時に応じて、ツイッター上でネトウヨの皆さんと罵倒や中傷の言葉を交換したりしているうちに、私にもおぼろげながら、安田氏の言っていたことがわかってきた。

 確かに、彼らが「敵」を求める理由は、本当は「仲間」を求めているからなのかもしれない。

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