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第1特集
ウェブ論壇はなぜ"残念"になったのか?【1】

『ウェブはバカと暇人のもの』中川淳一郎氏に聞くウェブ論者固定化の腐敗とは?

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──何かと新しいものが生まれる場所と目されてきたネットが、いつの間にか、当初期待されていたのとは違うものになっている──著書『ウェブはバカと暇人のもの』など、痛烈なウェブ批判を繰り返す中川淳一郎氏に、その原因と、日本のネットが持つ問題点を聞いた。

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3月22日放映の『激震 マスメディア~テレビ・新聞の未来~』(NHK)と同時刻、USTでは小飼氏、堀江氏、上杉隆氏、津田大介氏、山本氏による『激笑 裏マスメディア』と題した番組が開催。

 ツイッターやUSTREAM(以下、UST)のブレイク、ニコニコ動画の黒字化、iPadやKindleの登場による電子書籍の盛り上がりなど、活気づくウェブ業界。雑誌やテレビをはじめとする"オールドメディア"でも特集が組まれ、関連書籍も出版ラッシュ。イベントやシンポジウムも各地で盛況だ。

 だが、一連の流れを眺めてみると、ある傾向に気づく。それは"論者の固定化"ともいうべき事態である。堀江貴文氏、勝間和代氏、山本一郎(切込隊長)氏、小飼弾氏など、"そういった"議論の場でよく見かけるのが、毎度同じような面々ばかりなのだ。かつて、意見も立場も違う多様な人々が入り混じって、自由闊達な議論が行われることが期待されていたネットでも、オールドメディア同様に論者の固定化が始まり、"ウェブ論壇"ともいうべきシーンが形成されてしまった印象だ。

「論者の固定化にはワケがあります。ネットユーザーの中には、ネットを礼賛や肯定する論者しか認めたがらない人たちがいる。彼らはいわば"ネット教"という宗教の信者とでも呼ぶべき人々で、『ネットが社会を変える!』的な言説を信じているわけです。異を唱える論者は、リングにすら上げてもらえない。ゆえに、ネットの希望を語る面々ばかりに発言の機会が偏ってしまうのです」と語るのは、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)や『今ウェブは退化中ですが、何か?』(講談社)の著者である中川淳一郎氏。

 ネットの希望を語るといえば、かつては『ウェブ進化論』(ちくま新書)で名を馳せた梅田望夫氏が代表的な存在であった。「集合知が世の中を良い方向に導く」などの言説に代表される「web 2・0」という言葉を広め、ネット社会の明るい未来を盛んに語っていたが、その梅田氏が09年6月、ITmediaのインタビューに答える形で「日本のウェブは残念」と発言。欧米のネットがインテリ層の「知」をオープンに公開してくれる良質な場になっているのに対し、日本ではオタクがサブカルの話題で盛り上がるばかりで、「素晴らしい能力の増幅器」としての機能を果たしていないと語り、この状況を「残念」と嘆いたのだ。これがネット上で大きな話題となった。

「梅田さんの"残念発言"はいろんな意味で物議を醸しましたが、一番のポイントは、"ネット教信者"たちに『梅田に裏切られた!』というショックを与えたことでしょう。彼らは主に、80~90年代前半に『パソコン通信』の面白さに目覚めた40代後半~50代前半の世代と、大学生時代にネットの普及とともに使い始めた30代中盤世代で構成されており、ネット業界の関係者だったり、ITギークだったり、メディアリテラシーの高いユーザーだったりします。ネットの可能性を盲信しているため、それを否定するような言説は叩くか黙殺するかのいずれかで、部分的にすら受け入れようとはしません。私なんか、完全に無きものとして扱われてますよ(笑)」

 情報の受け手がネットの「ユートピア」を語る言説を欲し、結果として礼賛・肯定派の論者にばかり需要が偏ってしまう。"ウェブ論壇"誕生の裏側には、こんなカラクリがあるようだ。

「ネットは結局、強者をより強くしてしまうツールなんです。双方向性とか、弱者のためのツールだなんていうのは嘘。例えば今、ツイッターの可能性について語る論者は多いわけですが、彼らはもともと知名度の高かった有名人、いわば強者です。フォロワー数が一般人とは桁違い。ホリエモンなんて、50万人以上もいるんですよ! マスメディアと呼べるくらいの影響力を誇る彼のつぶやきは、確かに情報価値も高いでしょう。フォロワーの反応も多いし、使い方次第でマネタイズ(収益化)も可能。一方で、彼がフォローしているのは100人にも満たない。ホリエモンに限らず、有名人は得てして『フォロー/被フォロー』の数に大きな差がある。しかも、有名人がフォローしているのもまた別の有名人で、一般人にはセレブ同士の交流にも見える。このように、有名人がツイッターという新たなツールを使ってどしどし情報を発信し、一般人はひたすらそれを享受する。発言力の格差は広がるばかりです」

 ネットのフェアな声で、マスメディアの偏向報道を是正するといった意見は根強い。しかし、実際には、もともと発言力の強い者をさらに強くする結果になっている。中川氏は、これを「とんでもなく残酷な現実」と指摘する。

「巷にあふれるネット関連書籍のタイトルを見てみると、『革命』『進化』『変革』『次世代』など、極端に希望をあおる言葉ばかりが躍っていて辟易します。実際は格差を助長するツールだということに、早く気づいたほうがいい。さらにいえば、日本のネットは"先行者利益"が色濃い世界です。例えば、USTでシンポジウムやイベント現場を"ダダ漏れ"中継する"そらの"さん【註:USTを使って、イベントなどのライブストリーミングを行う企業・ケツダンポトフの広報担当女性】は、今やすっかりネットの有名人ですが、おそらく第2の彼女は現れない。もはやほとんどのポジションが埋まってしまい、新しい人材が出てきにくい環境にますますなりつつある。信者たちの期待とは裏腹に、日本のネットはどんどん"残念"な場所になっていくと思いますよ」

"ネット教信者"は実はマイノリティ?

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第2子妊娠もそれなりに大きな話題となった辻ちゃんのブログ。もちろんアメブロ。夫の杉浦太陽くんもアメブロガー。もちろんどちらも毎日大量のコメントがついている。

 さらに中川氏は、ネットの希望を語る言説そのものが、実はネットにおいて少数派のものにすぎないと指摘する。

「ネットユーザーには、"ネット教信者"のほかに、私の言葉でいう『バカ』と『暇人』がいます。ネットにおける圧倒的多数派は彼らです。『バカ』とは、SNSでどうでもいい日記を書き綴り、芸能人のブログを読んでこれまたどうでもいいコメントを残すような人。『暇人』とは、エロやゲスなB級ネタを探し求めて延々ネットを徘徊し、有名人の失言や非常識な人間(DQN)を見つけてはせっせと罵詈雑言を書き込んで、サイトを炎上させたりするような人を指します。そういう人たちにとって、ネットは遊び場であり、暇つぶしの道具にすぎません。徹底的に自分本位の使い方であり、信者たちが語る『ネット社会の希望』などということは思ったことすらないでしょう」

 ニュースサイトの編集者を務める中川氏は、これまで膨大な数の炎上事件を観察。さらに自身も、発信したニュースや著作物をネタに、罵倒や嘲笑、揚げ足取りから人格否定、果ては殺害予告まで、ありとあらゆる「叩き」を食らった経験があるという。

「実は、私もかつて『web2・0』的な希望を信じていたひとりです。ネットニュースの編集者として、読者との双方向性を大事にせねばと、クレームにも真摯に向き合っていました。ただ、あまりにも不毛だった。だって、『公共の場で禁煙の風潮が強まる』って記事を書いただけで、『喫煙者を差別するな』とお叱りを受け、さらには『喫煙者よりも韓国人を叩け』とワケのわからない命令を受ける始末。こんな理不尽は日常茶飯事で、まともに取り合っちゃいけないなと痛感しました」

 こういう事実に目を向けてみると、確かにネットの希望を語る言説が、どこかキレイごとのようにも思えてくる。それにしても、なぜネットは"残念"なものになってしまったのだろうか?

「ブロードバンド環境が整備されて、ウェブ社会にバカと暇人が参入してしまったからでしょう。何せ、今や日本で9000万人以上がネットを使っていますからね。90年代中盤~後半のネットユーザーは数百万人規模で、それこそ先進的で頭の良い人ばかりだった。梅田さんが『ウェブ進化論』で語ったのは、そうしたユーザーを頼りにした理想論だったわけです。しかし、今やバカと暇人が完全なるマジョリティ。ホリエモンのフォロワーが50万人といっても、例えば辻希美のブログなんか、1日に1000万近くのPVがある。テレビに出る芸能人関連ニュースはどこのニュースサイトでも軒並みアクセスランキング上位に入り、2ちゃんねるではすごい勢いでスレッドが消費されていく。でも、"ネット教信者"は、このユーザー層の存在を無視してネットの未来を語っている。こんな状況、どう考えたって変ですよ。今やネットは、相変わらずな希望論を語る教祖連中、それをありがたがる信者たち、そして"黙殺されたマジョリティ"であるところのバカと暇人、大ざっぱにいうと、この3者で構成された場になっています。私自身、生活の大半をネット漬けで過ごしているヘビーユーザーですが、はっきり言ってネットには夢も希望も実利もない。単なる便利なツールと割り切って、もっとリアルと向き合えと言いたいですね」

 ネット上を徘徊していると、アメリカや韓国など海外にも「バカ」や「暇人」がいるのが確認できるあたり、インフラが普及するに従ってネットが"残念"になるのは日本だけに限ったことではないのかもしれない。しかし、中川氏の「現状をきちんと理解し、過剰な期待を抱かせる言説にあおられず、ひとつの便利なツールとして使いこなせ」という意見は、一般人が今の日本のネットと上手につき合う上でよき参考となるだろう。もちろんツールである以上、個人の好きに使えばいいわけだが……ネット好きだろう本誌読者諸兄は、どう考えるだろうか?

(文/清田隆之BLOCKBUSTER)

ユートピアをともに夢見るか、リアリズムに徹するか、あなたはどっち派?

これが2010年のネットをめぐる"論壇"見取り図だ!

「ウェブの未来」「ネットのあり方」を語る論者は数多い──信頼できるのは誰だ!?

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 ウェブのユートピア性を信じる人間が圧倒的に多いのが、ウェブ論壇の最たる特徴。この見取り図が偏り気味なのもそのせい。このあたりがまさに、中川氏の言う「希望を語る人間しか受け入れられない」ネットの性格を表しているということか。かつてその最右翼だった梅田望夫氏はすでに退場し、何かと話題のハイパーメディアクリエイター・高城剛氏も興味を失っているよう(『高城剛を小林弘人が直撃!! 必聴! ハイパーすぎる「FREE」論』記事参照)。代わって台頭してきているのが、動画配信系イベントに語り手・観客・つくり手として参加し、お祭り的に盛り上げる"カーニバル系"とでも呼ぶべき一群と、ライフハックを説く勝間和代女史だ。そして、90年代の台頭期からウェブ業界で活躍し、バリバリのギークである"オライリー・チルドレン"たち。web2・0提唱者のひとりであるティム・オライリーの影響を受けているだろう一群が、このネットの再変革期に来て再び脚光を浴びている。楽天の三木谷浩史社長やソフトバンクの孫正義社長など、実際に大企業を率いる"リアル経営者"は、立場上やや現実的、リアリズム寄りであると考えられる。

 一方、荻上チキ氏や鈴木謙介氏など、前述の人々より少し年齢が下がるとウェブへの見方は冷めたものに。とはいえ、論争の場に参加することもあるあたり、"日和見主義"とも呼べるかも? ツイッターやブログ、掲示板などを、専門領域に関する議論や研究のために使用している学者群もここに入るだろう。2ちゃんねるの創始者であるひろゆきも、「2ちゃんねるの運営はもう飽きた」と言うなど、そんな気ままな態度から、彼がネットに過剰な期待を抱いていないのが見て取れる。そして、かつて彼と共に2ちゃんの創成期にかかわった切込隊長こと山本一郎氏も、『情報革命バブルの崩壊』(文春新書)でグーグルやヤフーのビジネスモデルを批判しており、2人は相変わらず似たような位置にいるのかも。

 そして"リアリズム"のさらに左側に、自身はマトモに使わずにウェブの危険性を語る"ディストピア"派とでも呼ぶべき一群もいる。東京都知事・石原慎太郎や、『脳内汚染』(文藝春秋)の岡田尊司など、ややご年配の方々がここに入る。彼らは"ウェブ論壇"には参戦していない(できない)が、ウェブに対する言説として、「バーチャル感覚の恐ろしさ」「分別のつかない子どもが使うと危険」なんていうものが、いまだ堅固に存在していることは間違いないだろう。

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