――声も顔もAIで作れる時代に、なぜ人はいまだ「生歌」に心を動かされるのか。近年、KAWAII LAB.の躍進でさらに活況を見せるライブアイドルの現場。その最前線に立つボイストレーナーとアイドル制作関係者の2人に、歌い手の背景や成長が生む「生歌」の価値や「歌がうまい」の正体を聞いた。
アイドルはやっぱりライブだよな!(GettyImagesより)
AIによるディープフェイクが本物と偽物の境界を溶かし、オートチューンや音声合成が誰の声でも「聴ける音楽」に変換してしまう――。デジタル技術が音楽表現の幅をかつてなく押し広げたことは間違いない。
「AIで作られた仮歌を聞いたときに、気がつかなくて人間が歌っているんだと思ったことがある」――数多くのアイドルを指導するボイストレーナー「純子の部屋・純子」氏(以下、純子氏)は、ある新曲の仮歌を聴いたときの実感をそう振り返る。
実在の人間なのか、それともAIなのか――プロの耳でさえ区別がつかないクオリティの歌声が、すでに現場へ届き始めているのだ。
「今のAI歌唱って、息を吸うタイミングとか、そういう歌の細部まで、本当にうまいんですよ」(純子氏)
純子氏はもともと声優の養成学校で8年ほどミュージカルや発声を教えてきた人物だ。大阪を拠点に活動していたが、地元アイドルへの指導方法が業界で話題を呼び、いまや依頼の7割がライブアイドル関連だという。
AIやデジタル加工技術が進化し、誰でもその気になればアイドルビジネスに着手できるようになったことは間違いない。だが現場の実感は、意外にもその逆を向いている。純子氏は、担当するアイドルたちに常々こう伝えている。
「仮歌はあくまで仮。自分たちの曲なんだから、AI音源よりもうまくないといけないし、色を出さないといけない。ただきれいに歌うことだけが『歌』じゃない」
皮肉なことに、AIによる歌唱精度が「完璧」に近づけば近づくほど、生身の人間が乗り越えるべきハードルは上がっていく。突き詰めれば問われているのは、歌の巧拙ではなく「誰が歌っているか」だ――その答えを探るため、ライブアイドル現場の最前線に立つ純子氏と、アイドルの楽曲やステージ制作に携わる甘噛氏に話を聞いた。
「地下アイドル」から「ライブアイドル」へ
アイドルのメインストリームは、70年代のピンク・レディーや山口百恵、80年代のおニャン子クラブ、2000年代のハロー!プロジェクト、2010年代前後からのAKB48や坂道系(乃木坂46など)と時代ごとに担い手を変えてきた。そうした変遷を重ねながらも、常に日本の音楽シーンの中心であり続けている。現在活況を呈する「ライブアイドル」と呼ばれる界隈は、そうしたアイドル史の最前線で起きた新たなうねりといえる。
これまでの音楽シーンにおいて、音源販売やライブ出演が主な収益源だったところに、握手会やチェキなどの物販といった新たなビジネスモデルを持ち込み、定着させたのはアイドル業界だ。
思い返せばAKB48もアキバの小さな劇場からはじまった。(GettyImagesより)
そのうねりは今、さらなる飛躍を遂げている。10年ほど前は、ライブアイドルだと、対バンライブ1本の物販売り上げが50万円もあれば「天井」と言われ、動員も100人を超えれば快挙だった。それが今では、グループが主催するライブイベントで3000人を集めるグループが現れ、上位クラスでは物販の売り上げが100万円を超えるケースも珍しくないという。
確かにかつて、ライブアイドルが地下アイドルと呼ばれていた頃、その現場では、口パクやカブセが当たり前だった。アイドル音楽の制作に長く携わってきた甘噛氏は、業界に入った当時、ライブハウスの音源はほとんどCDで流されていたという。
「運営さんが予備用も含めてCDを2枚、持っていって、それを流すだけ。リアルタイムではアドリブも音源の調整もできない状態でライブをしていました」(甘噛氏)
潮目が変わったのはコロナ禍だ。観客は声出し(コール)で盛り上がることが制限され、ステージを純粋に『耳と目』で楽しむことだけに集中せざるを得なくなったとき、観客の審美眼――とりわけパフォーマンスや歌唱への評価の目は一気に肥えた。
「そこを境に、口パクをしていた地下アイドルたちは、評価されづらい世界線に一気になったと思います」と甘噛氏は言う。音源はCDからノートPCとオーディオ・インターフェースを介した高音質・多チャンネル再生に置き換わり、月に10本、20本とある対バンライブ1本のため、グループ専任のPAスタッフをブッキングする運営すら珍しくなくなった。