衆院選が浮き彫りにした現行選挙制度の瑕疵

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小林良彰氏の著書『政権交代 - 民主党政権とは何であったのか』

[今月のゲスト]
小林良彰(こばやし・よしあき)[慶應大学法学部客員教授]

 2012年12月16日、第46回衆議院議員総選挙が行われた。大方の予想通り、民主党の議席は激減し、自民党が政権与党に返り咲いた。しかし、同選挙の投票率は戦後最低の59・32%を記録。また、小選挙区比例代表並立制への批判も指摘された。そこで、計量政治学を専門とする小林良彰氏を迎え、今回の選挙を振り返るとともに、現行選挙制度の問題点を明らかにする。

神保 2012年12月16日の衆議院選挙後、初のマル激です。宮台さん、選挙の結果をどう見ますか?

宮台 民主党の細野豪志さんをゲストに迎えた際に、「自民党への追い風が吹かなくても、民主党が自滅をして第三極が分散すれば、小選挙区で自民党が大勝ちをしてしまう」と話しました。予想通りの結果になったという意味で、驚きはありません。でも、追い風が全く吹いていない自民党が、公明党と合わせて議席の3分の2以上を取ったことには、狐につままれたような感覚があります。小選挙区制がそうした現象をもたらしがちなのは承知の上ですが。

神保 今回のゲストは慶應義塾大学法学部客員教授の小林良彰さんです。小林さんと今回の選挙データを元に選挙結果を分析してみたいと思います。小林さんは「計量政治学」がご専門ですが、これには選挙の投票分析も含まれるのですか?

小林 含まれます。計量政治学とは、政治をデータ化・モデル化し、今後なにが起きるかを分析する学問なのです。

神保 小林さんは衆院選の結果をどう見ましたか?

小林 政権交代があった前回の選挙が自民党に対する「懲罰選挙」だとしたら、今回は民主党に対する「失望選挙」です。投票分析をしてみると、実は自民党の票は増えておらず、小選挙区も比例も逆に減っているくらい。「民主党でなければ、どこでもいい」という票が多かったと見ることができます。

 私どもが全国で行った調査によると、前回の選挙で民主党に投票した有権者のうち、今回も民主党に入れた人は31・2%しかおらず、7割が逃げてしまいました。およそ1割は自民党、2割は維新の会へ移り、投票を棄権した人も多かった。実際、59%という投票率は、危機的だと思います。韓国で大統領選挙のキャンペーンを見てきましたが、日本とあまりにも違って盛り上がっていたので驚きました。投票率は75・8%です。

神保 自民党・民主党・維新の会の得票率を見ていきましょう。今回の選挙で、自民党の小選挙区での得票率は「43%」。それに対して議席は「79%」の237を確保しました。比例では「27%」の票しか取っていません。つまり、比例区で「自民党」という政党名を書いた人は選挙区で自民党候補の名前を書いた人よりもずっと少なかったということです。自民党が大敗した09年の衆院選では、自民は比例で55議席しか獲得できませんでしたが、今回も57議席と、比例区ではほとんど増えていません。

小林 民意は、やはり票の数に表れます。しかし、ほとんどのメディアは議席数しか追わず、その数字がひとり歩きしてしまう。05年の郵政解散総選挙では、皆が自民党に入れたように見えたし、09年の解散では皆が民主党に投票したように見えた。今回は自民党が民意を受けたように見えますが、自民党の小選挙区の得票率は、05年で47・8%、09年が38・7%、12年が43・0%で、前回に比べて4・4%しか伸びていない。

神保 得票数を見ると、小選挙区でも比例でも、自民党は惨敗だった09年の選挙よりも票を減らしています。ただし、民主党が300議席を超えて大勝した09年の総選挙でも、民主党は小選挙区では47・4%の票しか得ていません。結局小選挙区制というのはこういうものなのでしょうか。

小林 民主党には「与党になったらなんでもできる」というおごりがあったように思います。しかし、実際には09年衆院選で投票した人の過半数の支持も受けておらず、多数の民意を背景に大きな改革をすることができなかった。官僚には指示待ちという形でサボタージュする人も出てきて、終盤では自民党政権以上の官僚主導になってしまいました。

神保 獲得議席の割に実際にはそれほど多くの人の支持を得ていたわけではない民主党は、まず初めにより幅広い支持を取り付けるための施策を次々に打たなければならなかった。ところが、国民の圧倒的な支持を得ていると勘違いして、最初から沖縄の基地問題のような難しいテーマに手を出してしまった。小選挙区制度のトリックに、民主党自身が踊らされてしまったということなのかもしれません。

 では、民主党の今回の選挙の結果についてはいかがでしょうか? 小選挙区では22%の得票で、議席は9%。比例は16%の得票でした。

小林 今回は、年代別に投票行動がかなり違います。私どもの調査では、20~50代で民主党に投票したのは10%。メインの支持層は70歳以上の方たちです。民主党は完全に「おじいさん政党」だといえる。

宮台 選挙がインターネットベースになったからでしょう。インターネットユーザーなら「この期に及んで民主党はありえない」という空気が充満していると感じたでしょうが、ネットを使わない高齢者はこれほどの逆風感を感じなかった。

小林 やはりネットの影響力は大きい。自民党には、20代と60~70代が入れています。そして、30~50代が第三極に入れているのです。例えば維新の会のコアは30~40代。みんなの党は40代で、未来の党が50~60代でした。これだけ年代で投票行動がはっきりと分かれたのは、今までになかったことです。

神保 民主党大敗の理由をどう分析していますか?

小林 大きな原因は、やはり約束したことが守られなかったことでしょう。約束が守られなかった理由は2つあり、1つは先ほども申し上げた通り、民主党に「与党になればなんでもできる」というおごりがあったこと。2つ目は、そもそも小選挙区で対自民党として作られた政党であるため、党内で政策が一致していないこと。何かにつけて党内抗争が起こり、政策の足が引っ張られました。

神保 野党のときは与党の矛盾点を突けばよかったが、いざ政権に就くと野党時代のような一点突破だけでは済まなくなる。しかし、すべての分野において整合性のある政策を実行するためには、党内の調整がまったくできていなかった。結局、民主党は政権政党となるための準備ができていなかった。

 維新の会については、比例区では民主党よりも多くの票を取っています。ただ、小選挙区の議席数は民主党の半分程度。この結果はいかがですか?

小林 今回の選挙で維新に入れた人が、前回の衆院選でどこに入れたのかを分析してみると、46・1%が民主党、23・2%が自民党でした。自民党の票数が伸びていないのは、「維新に食われている」という面もあります。

神保 維新は橋下徹大阪市長と石原慎太郎前東京都知事がくっついてできた政党ですが、個別の候補者を見るとそれほど強い人はいなかったから、小選挙区ではこの程度の議席しか得られなかった。しかし、2人の知名度が圧倒的だったために、政党名を書く比例では民主党をしのぐほどの票が取れたと。

小林 これは「橋下人気」です。比例の得票率を地域別に見ると、近畿ブロックでは30・76%。ところが、東京は19・86%。全国平均は20・38%です。近畿で全国の1・5倍近い得票率が出たわけです。

神保 東京での得票率は、全国平均よりも少なかったようですね。橋下人気は根強いが、石原効果の方はそれほどではなかったということでしょうか。

小林 北関東・南関東も10%台で、平均を超えているのは近畿以外だと四国の21・3%だけ。つまり、関西で圧倒的に強いのです。

宮台 橋下さんが大阪市で展開した政策の意味が、ほかの地域では理解されていなかった。日の丸君が代キャンペーンは「組合利権つぶし」で刺青キャンペーンは「同和利権つぶし」だと繰り返し書かれたのは、四大紙でもほぼ大阪版だけ。

 日本維新の会はこの東西ギャップがわかっていたから、みんなの党と合流して、弱点の東日本票を取ろうとしました。結局、石原慎太郎さんの太陽の党と組んで、みんなの党から離れましたが、東日本に強い党と組むという目的は一貫します。

 でも、巷では、ネトウヨが推す石原さんと組んだことで、本来取れたはずの政治改革待望派の票を逃したという話も出ています。僕もみんなの党と組むなら票を入れようと思っていたけど、思い直しました。これについて、どうお考えですか?

小林 確かにそうだと思います。石原氏と組んだことで、原発の扱い等に政策のブレが出たように見えた。また、維新とみんなの党は支持層が合致しているため、票が分散して死票を出した、という部分もあります。この二党が組んでいれば、東京の小選挙区で更に議席を取れていた可能性はあります。

 しかし、みんなの党からすると、独自に戦ったからこそ躍進できた、といえるかもしれない。比例の得票率を見ると、みんなの党は全国平均が8・72%で、北関東は12・18%、東京で11・67%、南関東で12・45%。東京と南関東では、公明党より多い。「民主はNOだが、自民もちょっと」という人の選択肢は、関西は維新、東京はみんなの党だったのです。

宮台 小林先生のおっしゃる統計結果が示すのは、維新はみんなの党と組んでおけば、はるかに多くの議席を取れたということです。

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