「環境悪化と財政負担」という高速道路無料化批判のウソ(中編)

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高速道路無料化=環境悪化という図式の誤解とは?

神保 受益者負担の原則が崩れるだとか、料金収入が減った分、財政上の負担が増えるじゃないかという批判は、そもそも前提が間違っていると。

山崎 さらに、国土交通省の国会答弁によれば、高速道路を無料化することによって年間7兆8000億円の経済効果があるという。つまり、それだけGDPが増えるわけですから、1割程度と考えても7000~8000億円は税収も増えます。もうひとつ、メディアで全く語られていないことを言えば、年間の高速道路建設費、維持費用を合わせると約9100億円。一方で、高速道路無料化で削減できるコストを考えてみると、一般道建設にかかる年間費用2兆円のうち、高速道路の利用率が低い地域の渋滞対策分、少なくとも約4分の1の4900億円はカットできる。

 また、地方振興のための無利子貸付制度の廃止で1000億円、高速道路料金引き下げに対する高速道路債務軽減に要する費用が必要なくなるため2500億円、道路関連施策の廃止で1500億円と、合わせて年間約9900億円が削減でき、これだけでお釣りがくるのです。高速道路の無料化は、それだけで有効な財政再建策になるということです。また、日本の高速道路の建設単価は、アメリカの約40倍です。アクアラインは1兆5000億円を投じて作られましたが、あまりにも無駄が多い。半分は橋で半分はトンネルという、不合理な設計になったのはなぜか。

 それは、両方の業界を満足させてキックバックを得るためです。熊谷組が請け負った香港の地下鉄のように、トンネルなど掘らずにパイプを通してしまえば、5~10分の1のコストに抑えられます。こうした部分も見直していけば、今より早く、安く、高速道路網は完成するでしょう。

神保 他方、料金所で働いている従業員たちはどうなるのかといった、雇用上の問題を指摘する声もあります。

山崎 民営化会社は道路事業用の土地を抱えていますが、これは簿価で1兆4000億円、時価では10兆円の規模です。要するに、この土地を使って町を作ることができる。当然のことですが、道を作るよりも町を作ったほうが雇用は大きくなります。高速道路の出入り口を増やし、そこに町を作れば、料金所で働く6000人を大幅に上回る雇用機会ができるでしょう。

神保 高速道路を無料にすると、今より多くの人が高速道路を使うようになるため、ほかの交通機関が影響を受けるじゃないか、という批判もあります。こちらについてはどうでしょうか?

宮台 最近では、特にフェリー業界が「業績不振に追い打ちが掛かる」と猛反発していますね。

山崎 まず、バス会社は高速バスの通行料金が減ります。航空会社においては、今は大都市に人口が集中しているため羽田線ばかりが混み、その他がガラガラになっている。高速道路の無料化をきっかけに人が各地に分散して住むようになれば、新たな路線のニーズが生まれるのです。

 また、北海道から九州まで貨物を運ぶのに、トラックを使うのは非効率であり、貨物鉄道を使い、ターミナルから高速道路で運ぶのが効率的です。各交通機関を敵対関係に留めおくのではなく、他の交通事業や、地域開発にも参入できるようにしなければいけない。間接的にでも車を使わない企業はないはずで、高速道路無料化は、本来ならみんなにメリットがあるものです。

 一部の鉄道会社やフェリー会社が影響を受けるならば、きちんと対策を講じて、地方を中心とした経済成長に参加できるような仕組みを作るのが政治の仕事でしょう。

神保 もう1点、麻生政権の経済対策で高速料金を1000円にした時は、大渋滞が話題になりました。この例もあり、渋滞の増加、環境負荷の増大を懸念する声が大きくなっています。

宮台 最近は環境面の議論が新聞に載ることも多いし、以前この『マル激』にも出ていただいたNPO法人環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんも、こうした観点から反対の立場を明確にしています。

山崎 これは大いなる誤解です。土日祝日やお盆という行楽のピークに料金の引き下げを行えば、道路が混むのは当然ですし、そもそも交通量の多い都市部の高速道路を無料化する必要はない。圧倒的に多くの地方では、一般道で渋滞を作っている自動車が高速に乗るだけですから、燃費効率も良くなりますし、渋滞も環境負荷も減少するんです。

 国土交通省の試算でも高速道路無料化でCO2が300万トン以上減るという数字が出ています。事実、秋田の仁賀保・岩城に初の無料高速道路ができましたが、1日3000台の利用が1万台に増えたものの、渋滞は全く発生しませんでした。また、無料化で出入り口を増やせば、高速道路における渋滞の大部分を占める料金所渋滞もなくなります。その上で、ハイブリッド自動車や電気自動車、急速充電器の普及などに道路支出の5%、毎年4000億円でも使えば、環境問題も解決に向かうでしょう。環境負荷を減らすというのではなく、将来的にゼロにするためにどう動くべきか。それが21世紀型の政策です。

 高速道路の無料化は本来20世紀にやるべき政策で、今頃になって議論をすること自体が恥ずかしい。第一、せっかく作った高速道路を無用の長物として、そのまま廃棄してしまうことが環境問題対応だと考えているとしたら、それは大間違いだと思います。

神保 お話を聞いてみると、高速道路無料化に対する疑問や反対意見には、前提が間違っているものが多いような印象を受けます。

宮台 重要なのは、高速道路の無料化は人口分散の最も有効な手段なんだ、という点ですね。それを考慮せず、例えば経済効果についても今の我々の通常性を前提に考えるから、否定的なイメージが醸し出されてしまう。この政策の大目的は、現在の環境に合った国土改造なのです。

山崎 その通りです。政策というのは、その時々の日本が置かれている環境によって、何が適切であるかが変化します。例えば80年代の終わりまでは、高速道路を無料にする必然性は低かった。なぜなら、太平洋ベルト地帯に資源を集中させて、そこで作ったものをアメリカに輸出して、稼いだお金を全国に配分する----つまり、過密と過疎で問題なかったのです。しかし、トヨタやホンダやキヤノンの工場は中国に出て行き、売り上げの半分以上は海外になり、太平洋ベルト地帯に頼れない時代が来てしまった。これが今回の地方の反乱であり、「お金がないから、地方にはもう配分しない」という立場の典型が、高速道路無料化に反対することだと言えます。

 僕はヨーロッパを例に、"田園からの産業革命"を提唱しています。ぶどうジュースをワインにすれば、一本何万円、何十万円になることを発見し、そうしたワインを提供する地方のレストランがミシュランの星を取りさえすれば、観光客が押し寄せる。その村の教会をホテルにすれば何万円も払う宿泊客が来て、ついには古い屋敷を買い上げる人も出てきて、大企業も移転してくる。それが、ドイツ、フランス、イタリアやスペインの発展の過程です。工場が中心であった時代は、農場や牧場や漁場は忘れてもよかったから、食料を海外から輸入した。しかし、工場が海外に出て行って、工業製品も輸入するようになれば、食料を自分で作るしかありません。

 つまり、ポスト工業化社会の産業の軸は農林水産業、観光業であり、地方中心で空間と人手を必要とします。産業は各地方に分散することになりますから、交通手段は自動車に頼らざるを得ないのです。戦後、3000万人が大都市に集中した高度成長から、今度は喜んで地方に出て行く社会を作らなければ、この国は復活しないのです。

後編へ続く

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