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サイゾー×プラネッツ『月刊カルチャー時評』VOL.56

『真田丸』――『新選組!』から12年、三谷幸喜の円熟を感じさせるただただ楽しい大河の誕生

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――批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]× 木俣冬[著述家]

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『真田丸 完結編』(NHK出版)

ひところの盛り上がりに比べ、近年はやや低調気味だった大河ドラマ。だが2016年は、12年ぶりの三谷幸喜作品によって一躍話題入りを果たした。「『真田丸』ロス」なる動きまで生んだ作品から、12年越しの作家のリベンジを読み解く。

木俣 『真田丸』は本当にただただ楽しく観ていて、褒めることしかできなくて、「それでいいのか?」と自分で思うくらいでした。三谷幸喜さんの新たな代表作になったんじゃないでしょうか。

宇野 僕も、三谷幸喜という作家の円熟を感じさせた作品だったと思います。三谷さんはおそらくはその中核にあるであろうシットコム的なものをやると空回ってしまう一方で、そのエッセンスをキャラクターものに応用すると評価される、ということを繰り返してきた作家だと思うんですよね。多分『HR』【1】のほうが三谷さんにとっては自分のやりたいことをストレートに出しているのだけれども、やっぱりシットコムの手法を別ジャンルに応用した『古畑任三郎』【2】のほうがずっとハマっている。それって多分「笑い」から政治風刺的なものを脱臭してきた、この国の文化空間の問題が根底にあるんだと思うんですよ。三谷さんはもっと欧米の政治風刺的なシットコムに憧れているところがあると思うんですが、それを日本のテレビは受け付けない。だから空気を読んで脱臭してやると『HR』みたいに無味乾燥になって、無理して押し通すと『合い言葉は勇気』【3】『総理と呼ばないで』【4】のように空回ってしまう。どこが空回っているかというと、三谷さんの考える「正義」というのは基本的に戦後民主主義的というか、学校民主主義的な優等生っぽい「正義」で、端的に言えば淡白でダサい美学に基づいた正義感なんですよ。それを笑いで包むことによって粋に見せたいのだけど、政治と笑いを結びつける回路がこの国のテレビを中心とした文化空間では死んでしまっているわけです。

 そこで発見したのがキャラクターものとしての「歴史」という回路だったと思うんですよね。要するに、歴史ものという解釈のゲームに退避することによって、三谷さんの抱えてきた「笑い」と「正義」が初めてちゃんとかみ合うようになった。それが例えば『新選組!』【5】だったはずで、あの1話が劇中の1日になっていて、全50話をかけて近藤勇の人生で重要な50日を描く、なんてやり方なんかは、三谷さんがそれまでやってきたシットコム的なものの応用がハマった例ですよね。あのコメディの枠組みがあるから、新選組という敗者の側に立つことで学校民主主義的なイノセンスを浪花節的に見せる、というベタベタなものが逆に気持ちよく観れる。毀誉褒貶はあったみたいだけれど、僕は『新選組!』はアクロバティックな手法がうまくハマった作品だと思っていて、だから『真田丸』で今更やることがあるのかな? とまで思っていたわけです。しかし蓋を開けてみたらものすごくアップデートされていてびっくりしました。

木俣 本当に、三谷さんの集大成になったな、と思いますね。『新選組!』に対しては、絶賛の一方で、「史実に沿っていない」などの批判もかなりあったじゃないですか。実際はそんなことなかったようで、その誤解に対する悔しさもあったかもしれませんね。それから12年、『真田丸』を描くまでに、三谷さんは結構いろんなことに挑んでいます。以前から好きだった人形劇に挑戦したり(『連続人形活劇 新・三銃士』【6】)、その発展形で文楽をやってみたり(『其礼成心中』【7】)。

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