>   > 【中田考×東浩紀】カリフ制と民主主義
第2特集
【特別対談】イスラーム法学者・中田考/哲学者、作家・東浩紀

【特別対談】イスラーム法学者・中田考/哲学者、作家・東浩紀――民主主義はこれからどうなるのか?【前編】

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(写真/有元伸也)

――参院選、東京都知事選が終わり、大した波乱もなく下馬評通りの結果となった。だが、ここに来て、国民国家や民主主義への批判が一層大きくなっているのも事実だ。イスラーム研究家である中田考氏は、そもそも人やモノの移動を禁じ、国民とそれ以外を区別する国民国家には根本的な問題を抱えていると考え、カリフ制こそが国境の存在しない理想の世界だと言う。情報技術を駆使し民主主義のバージョンアップを提起した批評家・東浩紀氏は、動物的な生を保障するグローバルなプラットフォームの上に、小さな最小国民国家が立ち並ぶことこそが、新たな民主主義であるべきだというが、これはどこか中田氏の思想と呼応しないだろうか?まったく異なるアプローチから民主主義の未来を考える、特別対談をここにお届けしたい。(※本対談は、7月28日にゲンロンカフェで行われたものを加筆、再構成したものです)

トルコ人の4割がイスラーム国を支持!?

 中田さんの著作『カリフ制再興』(書肆心水)や『イスラーム法とは何か?』(作品社)などを読んで、ぜひ議論したいと思っていました。特に中田さんが長年主張し続けている「カリフ制」という思想は、僕が書いた『一般意志2・0』(講談社)とどこか共振するところを感じています。そのあたりも、今日はじっくり議論させてください。

 まず、時事的な話題からお聞きしますが、7月にトルコの軍部がクーデターを起こして、失敗しました。中田さんはこの事件をどのようにご覧になっていますか?

中田 トルコの現状を伝える、興味深いアンケート調査を報じた記事がありました。現代トルコに詳しい内藤正典先生(同志社大学教授)のツイートで知ったのですが、トルコのあるシンクタンクの調査によれば、トルコ人のうち20%弱はイスラーム国の支援者であり、共感を抱いている人も20%強いる。つまり、合わせて約40%が、程度の差こそあれイスラーム国を支持しているという結果です。しかもこの数字は、1年間で倍増しているそうです。

 半分に近いトルコ人がイスラーム国支持というのは、かなり衝撃的な数字です。ただ、その場合の「支持」とは何を支持しているのかが気になります。イスラーム国の思想に共感しているのか、それともさまざまな戦闘行為や破壊行為も含めて支持しているのか、どちらなんでしょうか?

中田 お答えする前に、この数字は少し誇張があるように感じることは言っておきます。おそらく半分ぐらいで見ておくのが妥当じゃないでしょうか。トルコという国は、いまエルドアン政権の支持者、すなわちトルコのイスラーム化を支持する人々と、イスラーム化を歓迎しない世俗主義者とで二分されているんです。もし先ほどの40%という数字が本当だとすると50%のうちの40%ですから、エルドアン政権支持者の8割がイスラーム国を支持していることになりますが、それはあり得ません。

 中田さんの感覚だと、トルコ人のおよそ20%がなんらかの形でイスラーム国を支持しているということですね。それでも、驚くべき数字です。エルドアン自身はどういうスタンスなんですか?

中田 エルドアンは当然、イスラーム国に反対しています。でもそれは、ISが首を切ったり、遺跡を破壊したりしているからではなく、彼自身がカリフになりたがっており、ありていにいえば、エルドアンや彼の熱狂的支持者は、かつてのオスマン・トルコ帝国復活を願っているわけです。

 じゃあ、カリフ制を標榜するイスラーム国はライバルになるということですね。

中田 その通りです。ISがカリフにいただくバグダーディーは、自分がカリフになるための目の上のたんこぶだからです。ただ、エルドアン支持者はイスラーム主義者なので、その点ではISに多少の共感が持てる。むしろ彼らにとっては、今回クーデターを起こしたような世俗主義者やイスラーム主義者のリベラル派のほうがよっぽど脅威であり、憎むべき敵になっている。だから、クーデター後には大変な粛清も行われたんです。

 なるほど。イスラーム国のやっていることに積極的に賛同しているわけじゃなくて、イスラーム主義という点で薄く共感しているということですね。

一般意志とカリフ制の共通点

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一般意志の仕組み

「カリフ制」という言葉も出たので、そろそろその話に入っていきましょう。簡単に言葉の説明だけしておくと、カリフとは「後継者」の意味で、スンナ派の政治的な指導者を指す言葉ですね。

 こう言ってしまうと、カリフがたいへんな権力者や独裁者のように聞こえるけれど、中田さんの説明によればそうではない。カリフはあくまで神の秩序の代理人でしかなくて、法は神の側にある。だから、カリフは大した権力を持っていないんですね。そこに僕は興味を持ちました。カリフ制は「人の支配」ではなく、徹底した「法の支配」であるということです。

 ただ、イスラームの「法の支配」は、西洋的な考え方とはずいぶん違うので、その点をまず説明願えますか?

中田 西洋の政治学の基本的な枠組みは、何人の人間が支配しているかで政体を分類しますよね。ひとりであれば独裁制、数人なら寡頭制、全員なら民主制というふうに。

 イスラームは、そこから違うんです。支配するのは神だけであり、おっしゃるように神の法に従うことがイスラームの基本です。しかし、法から自動的に政治的決定は出てきません。例えば、いつジハードをすればいいかという政治的決定は、法とは別次元の話です。

 そうすると、法の支配の範囲で、イスラーム共同体が集団として何かを決めなければいけないことがある。その最終的な決定をするのがカリフだということです。ですから、法と政治は明確に峻別されているんですね。

 いま中田さんがおっしゃったイスラーム的な「法の支配」は、ルソーの「一般意志」と通じるところがあります。一般意志はルソーの造語で、教科書的には、社会契約をした人民の総意というふうに説明されます。でも、ルソーの一般意志は、本当は人間が話し合って作るものではありません。

 例えば、ルソーの教育論『エミール』の中には、一般意志を「モノ」になぞらえているくだりがあります。ルソーの教育論のエッセンスは、子どもに命令したって言うことは聞かないということです。そうではなく、自然から体験的に学ばなければいけない。走ったら何かにつまずいて転び、転んだら痛いから、自然に走らないことを学ぶ。そうやって、子どもは「モノ」から学ぶというのが、ルソーの教育論の基本的なスタンスです。

 そして実は、一般意志も、その延長上で語られています。つまり、子どもが走ったら転ぶのと同じように、一般意志を無視して政治をするとうまくいかないんだという話になる。一般意志というのは、石ころのように自然に存在するモノに近いというのです。

 だから、ルソーのいう一般意志は、モノとして人間の外側にあります。そしてイスラームの法も、当然人間の外にある。ここがまず、イスラーム的な法の支配とよく似ている点です。

中田 ルソーは、一般意志は常に正しいとも言ってますね。私的な利益を求める個別意志や、個別意志の総和である全体意志は誤るけれど、一般意志は誤ちを犯さないと。

 一般意志を政府の意志として捉えると、その主張はとんでもないものに見えます。けれども違うんですね。ルソーでは、まず人々が社会契約をして共同体が作られ、その結果として自動的に一般意志が生まれるという順番になっています。ここで重要なのは、社会契約は政府と人民の間の契約ではないということです。統治機構の設立以前に、人々を結合させるのがルソーの社会契約です。

 だから順序としては、社会契約をして一般意志が生まれた後に、政府のような統治機構が作られることになります。ルソーにとって、この順番や区別はきわめて重要で、政府は一般意志の代行機関にすぎないと言っている。だから、一般意志は誤らないかもしれないけど、政府は誤り得ます。

 要するに、政府は一般意志の手足にすぎないので、一般意志を実現できるなら、君主制でも、貴族制でも、民主制でもいいんです。

中田 ルソーは、選挙のように代表者を選ぶ間接民主主義には大反対ですよね。

 それどころか、政党や結社も作るべきではないと言ってます。これもイスラームの思想と重なるんです。中田さんは、著書の中で「イスラームに組織はない」と書かれてますね。

中田 そこが、なかなか理解されない点なんですね。イスラームでは、神と個人は直接結びつくので、教会のような中間組織はありません。イスラーム国でも、司令官と呼ばれる人はいるけれど、階級はないから、指揮系統もあまりはっきりしない。

 そうやって見ていくと、ルソーの一般意志というのは、カリフ制と極めて近いように見えてきます。神や一般意志は人間の外側にあるのに対して、カリフや政府は人間の領域にあるという点が似ています。中間組織が不要とされる点も共通です。ここには歴史のアイロニーを感じます。西洋が生み出した近代民主制の起源にあるルソーを読み込んでいくと、イスラームのカリフ制に近づいていく。

中田 ルソーもカリフ制を知っていたら、もっと話が早かったかもしれませんね。

人間が外部を作れるか?

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カリフ制の仕組み

中田 ルソーの社会契約論の中で、特異な存在とされているのが「立法者」です。

『社会契約論』には、ユダヤの法やイスラームの法を激賞しているくだりがありますが、法は、もともと神の名によって作る。ところが、神の名によって法を語っても、大抵の場合はインチキやニセモノであって、そういうものはすぐに滅びてしまう。

 だから、神の言葉として法を語り、それを人々に信じさせることは奇跡であって、そういう奇跡を起こせる天才が立法者だとルソーは言います。

 ふつうの人間には、法は作れないですから。

中田 そうすると、社会契約自体を作る法は、やはり神の法として語られることになりませんか? 一般意志はたしかに、人間の外部でモノのように存在して、規範の源になる。でも、そもそも、社会契約自体が法として記述されるのですから、一般意志をつくるレベルの法があることになります。

 だから、ルソーの『社会契約論』では、立法者という言葉を、2つの意味で使っているように読めるんです。ひとつは、いま言ったように、社会契約以前の神の法を語る立法者。もうひとつが、社会契約をして一般意志が生まれた後に、一般意志を法律として具体化する立法者です。

 おそらくモノとして一般意志が働くのは後者のほうであり、憲法を制定して国を作るような法は、神から与えられるしかないというのが私の理解なんですが。

 おもしろい論点だと思います。たしかにルソーは、一般意志をつかんで、それを現実の政策や制度として具体化するためには超人間的な人間が必要とされるという意味で、立法者という言葉を使っています。

 そこがカリフ制との違いになるのではないでしょうか? カリフ制では、神の与える秩序がそのまま法として語られます。一方、ルソーの場合、人々が社会契約を行うことで、自己生成的に一般意志が生まれ、それが天才的な立法者によって法として具体化されていくという論の運びになっている。だから、カリフ制のもとでは、人間の外側で神の法そのものが働いているのに対して、ルソーの一般意志は、人間自身が人間の外部を作るという話になっている。

 そこからルソーの哲学の二面性が出てきます。人間が自分たちで社会契約をして一般意志を生み出すという合意形成の物語として見れば、一般意志は民主主義の起源のように見ることができる。しかし一方で、一般意志に人間は逆らうことができない。一般意志が死を命じるときは、市民は無条件に従わなければならないとまで断言する。こちら側に焦点を当てれば、全体主義の起源になるわけです。

ロマン主義者ルソーと政治思想家ルソー

中田 ルソーにあっても、『社会契約論』を素直に読む限り、正しい法は神からの啓示によって与えられるのであり、それを無謬の一般意志と呼んでいるように見えます。一般意志の不思議なところは、とても普遍的なように聞こえるけれど、実は人類普遍のものではないんですよね。ルソー自身が、すべての国民はそれぞれにふさわしい政体を持っていると言っています。ならば、一般意志も共同体ごとに違うことになります。

 だから当然、ある共同体の社会契約に同意したくない人間も出てきます。ところが社会契約というものは、全員一致でなければならないし、全員一致だからこそ一般意志が生まれるわけですね。

 そして、ひとたび社会契約を結べば、市民は可決された法律にはすべて従わなければならないことになります。法律は一般意志が具体化されたものだから、結局、一般意志が死を命じたら、市民は逆らえないのですね。

 でも、ルソーは社会契約に反対する人間がいることを想定しているんです。そういう人間を「異邦人」と呼び、異邦人は社会契約には含まれないと言っている。社会契約には入らないけれど、国家が設立されてそこに住む以上、国家つまり一般意志の決定には従わなければならない。そういう言い方をルソーはしています。ルソーは、異邦人については議論を深めていないので、彼自身が何を考えていたか、確定的なことは言えませんが、私は、この部分がカリフ制につながっていく議論だと思っているんです。

 どういうふうにつながるんですか?

中田 例えば、イスラーム法には「ジズヤ」という異教徒に課される人頭税があります。カリフ制のもとで、異教徒も人頭税さえ払えばイスラーム共同体の中に住むことできるわけですね。そしてジズヤは異教徒だけに課されますが、ムスリムにはそれとは別のザカー(浄財)を支払う義務があります。だから、イスラーム法のもとではムスリムも異教徒も一定の財を払わねばならないのは同じです。

 でも、ジハードに参加する義務があるのはムスリムだけなのです。カリフから招集を受けたムスリムは、カリフ制の中で生きている人間を防衛する義務が生じますが、人頭税を払っている異教徒に、その義務はありません。これはルソーのいう異邦人のようなものです。

 異教徒ですから、当然イスラームを信じてはいない。信じていないけれども、外面的に法には従い、法を守ることによって、生命と財産と名誉は守られます。しかし、ジハードのような行為にコミットする必要はまったくないのですね。

 その意味で、イスラームは全体主義ではありません。イスラームを本当に信じているムスリムだけが国家の運営の責任を担い、そうじゃない人間はただ表面的にイスラーム法に従っていればいい。ルソー自身は、異邦人について多くを語っていませんが、私なりに解釈すると、カリフ制の異教徒の扱いと似てくるように思います。

 それは、ルソーという人間の本質に関わってくることだと思います。というのも、ルソーには、実は政治思想家と小説家という2つの顔があるんですね。文学史的に見れば、ルソーは近代ロマン主義の祖です。近代ロマン主義とは、要するに個人主義であって、国家や社会なんてクソ食らえというタイプの思想です。その意味では、ルソーは徹底した個人主義者でもあるわけです。

 そんなルソーが、一方では政治思想家として社会契約を論じ、個人は一般意志に絶対に服従しなければならないと言っている。

 この2つの顔は明らかに矛盾していますが、この矛盾はまた近代の矛盾でもある。近代は、一方で個人主義を称揚しながら、他方で国家や社会に対するコミットメントを要求する。この2つのイメージは、論者によって都合よく使い分けられます。例えば、あるタイプの論者にとって、近代とはナショナリズムのことです。個人個人が社会や国家に対して責任を持ってコミットする。そういう時代を近代だと思っている。一方、別のタイプの論者からすると、近代は個人が自由になれる時代です。彼らにとっては、社会や共同体の桎梏から逃れることができる社会が近代なんですよね。

中田 東さんから見ると、ルソーのその矛盾は、どのように調停されているのですか?

 それがまさに、一般意志をモノの秩序として捉えることにつながっています。先ほど言ったように、ルソーの一般意志は、市民があれこれ討議して生まれるものではない。社会契約をした途端に、いわば第二の自然として、透明な形で生まれるものです。

 だとすると、近代ロマン主義も一般意志も、人間の秩序から自由になる点では共通しています。ルソーの持つ2つの顔は、どちらもモノの秩序にもとづき、自然に生きるというルソーの理想から導かれたものなんです。

領民国民国家という欺瞞

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イスラーム教徒の地域勢力図

 でも、中田さんのおっしゃる異邦人の話も興味深い。その国にコミットする人間とコミットしない人間がどう共存できるのかという問題は、僕自身もずっと考えてきたことです。例えば日本の国内なら、日本社会にコミットしている人と、コミットしていないんだけどたまたま日本国内にいる人たちを、制度的に分けて共存させるような仕組みですね。

 もちろんこれは日本に限った話ではなく、現代社会全体の問題です。現代では、グローバリゼーションによって、どの国も、その国に政治的にコミットするわけではないんだけど、商業活動はそこでしているという人々を大量に抱えています。そういう状況を前提として、メンバーシップをどう分けるかという問題が当然出てきます。

 そういう意味で、カリフ制というのは単にイスラーム社会の特殊な制度ではなく、現代社会が抱え込んでいる問題と切り結んでくるわけです。

中田 日本は、そういう問題を直視してこなかったのではないでしょうか? 例えば日本のムスリム人口比は、他国と比べると極端に低い。移民や難民も、ほとんど受け入れません。ヨーロッパでは十万人単位でシリア難民を受け入れているのに対して、日本で昨年認められたシリア難民はわずか3人です。

 あまりに異常ですよね。ヨーロッパの例を出して、移民や難民の受け入れに反対している人たちがいるけれど、そもそも桁が違う。ヨーロッパは十万人単位で議論しているのに、日本は3人です。まったく前提が違います。

中田 わずかにいる移民に対しても、日本は人権後進国です。ヨーロッパだと、労働者を受け入れるときには、家族を呼び寄せるのが義務なのですね。ところが日本は、労働者は違法滞在しても受け入れるのに、家族は絶対に受け入れません。その結果、日本のムスリムというのは、圧倒的に男性が多いわけです。

 ヨーロッパはどうなんですか?

中田 ヨーロッパのムスリムは、ほとんど同国人と結婚しています。それに対して、日本の場合、ムスリム男性は日本人女性と結婚することが多いのです。だから日本人のムスリムは1万人ぐらいだと推定されていますけど、そのうちの9割は、そうやってムスリム男性と結婚した女性なのです。

 いずれにしても、日本は移民・難民は圧倒的に少ない国です。だから東さんが先ほどおっしゃった制度を分ける議論も、あまりピンとこない人が多いのではないでしょうか。

 その通りですね。

中田 でも世界を見渡せば、その国に忠誠心を特に持っていなくても、動き回っている人たちはたくさんいます。でも、自由に動き回れるかといったら、そんなことはありません。現在の領域国民国家は、国境によって人間の自由な移動を制限することで成り立っています。

 中田さんがカリフ制再興を唱える大きな理由のひとつは、そこですね。移動の自由というのは、人間の自然の権利なのに、領域国民国家ではそれが許されない。

中田 おっしゃる通りです。私は、カリフがひとりであることに、大した重要性は認めていません。本当に大事なことは、法と共同体の一体性を確保することです。

 現在、インドネシア、マレーシアからモロッコまで、少なくとも14億人ぐらいのムスリムがいます。このムスリムが多数住んでいる地域で国境をなくし、人間と金と物と情報が自由に行き来できる世界を作る。これが私のいうカリフ制の最も重要な点です。

 現在のグローバリゼーションといわれるものは、金と物と情報の国境はほとんどなくなっている。でも、人間は簡単に動けないわけです。そこがカリフ制と大きく違うところです。

 イスラームが多数住んでいる地域に関しては、完全な移動の自由を保障するわけですね。

中田 その意味で、ヨーロッパはいま、自分たちが提唱した人権を、自ら踏みにじりつつあります。シリアの人口の半分ぐらいが殺されかけて、着の身着のままで逃げている。しかしヨーロッパは、そういった国境を越えて行こうとしている人間を無理やりに止めようとしています。国境を越えないと死んでしまう。そういう人間を平気で見殺しにするようなことを、今のヨーロッパはやっているわけです。

 これは明らかに、人間の平等や人権に反しています。この事実を直視して、理想を守る方向に動くのか、それとも現実的に無理だからといって看板を下ろすのか。その選択をいま、迫られているし、しばらくしたら、どちらを選択したのかは顕在化するでしょう。

 結局、領域国民国家を維持する限り、平等や人権はまがいものにしかなりません。その欺瞞を明らかにして、理想を実現するための制度を考えると、カリフ制しかありません。

 まさに「カリフ制だけが解答」だと。

中田 ええ。領域国民国家の欺瞞がある限り、私はカリフ制を言い続けなければいけないと思っています。             

(次回、後編に続く)

(構成/斎藤哲也)

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東浩紀
1971年生まれ。東京都出身。哲学者・作家。株式会社ゲンロン代表、同社で批評誌『ゲンロン』を刊行。『存在論的、郵便的』で第21回サントリー学芸賞、『クォンタム・ファミリーズ』(いずれも新潮社)で、第23回三島由紀夫賞。近著に『弱いつながり』(幻冬舎)ほか。


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中田考
1960年岡山県生まれ。東京大学文学部(学士)、同大学院人文科学研究科(修士)、カイロ大学文学部大学院哲学科(Ph.D)。イスラーム政治哲学専攻。同志社大学神学部教授などを経て現在、同志社大学客員教授。近著『イスラーム―生と死と聖戦』(集英社新書)ほか。



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