
職業政治家らが死守する既得権と地域主導化の光明【中編】
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日本初の減税措置と地方議員の既得権益
神保 それでは、議員定数の削減についてはいかがでしょうか。議員を少なくすると、各議員の負担が増えるという声もありますが、非営利の政策シンクタンク「構想日本」がまとめたデータによれば、ロサンゼルスは人口380万人に対し議員が15人。ロンドンは人口750万人に対し25人。名古屋市は、220万人に対し75人。こうして比較してみると、確かに日本は地方議員の数が多いですね。
河村 日本の地方自治はアメリカを模倣してつくられましたが、アメリカとは相違点があります。根本的に違うのは、アメリカの議会は、基本的に「ノンパーティザン(Non Partisan)」で、つまり無所属の個人がそれぞれに意思決定をするというルールがあるが、日本は政党中心の考え方で、個人の意思が見えてこない。
たとえば、「議員の定数と報酬を半減する」とした条例案が否決された際も、73対1で否決され、賛成の一票は私の元秘書でした。調査費だけは使って議案も提出せず、いつでもまとまってアクションを起こし、主義主張に多様性がないのであれば、そもそも議員の数など1人か2人で十分です。
百歩譲って議員数を減らすのが難しいというなら、フランスのパリのようにすべきでしょう。パリの人口は名古屋市とほぼ同程度で、議員は約2倍いますが、年間報酬は1人当たり日本円で600万円程度。これなら多くの議員がいても、報酬が安いため、入れ替わりも早くなります。
職業政治家らが死守する既得権と地域主導化の光明【前編】
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──国会議員時代には、民主党代表選において、推薦人を確保できず立候補断念を繰り返したかと思えば、昨年4月には歴代最多得票で当選し、名古屋市長に就任するなど、なにかと政界の注目を集める河村たかし氏。そんな同氏が現在、同市議会と対立している。市議会定数と議員報酬の半減、市民税の減税、市の権限を地域住民に委譲する地域委員会の設立などを提案しているためだ。既得権益にまみれた"職業議員"たちに政治は変えられないと主張する河村氏に地方分権と地方政治の可能性について話を聞いた──。
【今月のゲスト】
河村たかし[名古屋市長]
神保 今回は名古屋市役所にお邪魔して、昨年国会議員から名古屋市長に転身して以来数々の騒動を(笑)引き起こしている河村たかしさんにお話を伺います。
刑事裁判の不完全性と社会の敵が持つ浄化作用【後編】
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検察は、刑事事件の真相を解明することができるのか?
宮台 おもしろいですね。安部さんのケースでは、社会学でいう「帰属処理」が行われています。つまり、人々が事件の不透明さに悩んでいる場合、「こいつが原因なんだ」と示すことで因果性をそこに帰属させて不透明感から解放されます。これは、社会心理学者が注目してきた「帰属処理」機能です。
武井さんのケースでは、消費者金融について多くの人がさまざまなネガティブな思いを持っている場合、その象徴である人物を叩くことで、カタルシスが得られます。これは、法社会学者が従来から強調してきた「感情的回復」機能です。
加えて、社会学者や人類学者が注目するのは、「帰属処理」にせよ「感情的回復」にせよ、「我々」が皆でそこに因果性を帰属するとか、皆で感情的回復を果たすということで、社会的意思の共有を再確認できるということです。それによって社会的連帯、すなわち「我々」という意識を再確認している面があります。
刑事裁判の不完全性と社会の敵が持つ浄化作用【中編】
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国民のカタルシスとして作用する社会の敵のつくり方
神保 しかし、そのようなイメージのレベルで、事件にかかわる報道がガラっと変わるというのも困ったものですね。さて、検面調書の内容と、法廷での証言の食い違いについて、弘中さんはどう捉えていますか?
弘中 非常に問題視しており、法廷でも取り上げています。食い違いの理由はいくつかあり、人によって違います。例えば、「検察官が嘘をつくはずがない」という思い込みがあり、検察官から「あなたは記憶にないと言うが、事実はこうなんですよ」と言われると、「そうなんだ」とその場では納得してしまうケース。ほかには、マスコミ報道の影響を受け、「自分は忘れていても、報道が正しいのだろう」というケースもあります。もっともひどいのは、検察官への供述から法廷の証言まで一貫しているにもかかわらず、検察官が調書に書いてくれないケース。つまり、検察官に対し、事実を述べるか述べないかではなく、検察官が作った調書にサインするかしないかという選択しかない、という場合があるんです。
神保 前福島県知事・佐藤栄佐久さんに関連する汚職事件の捜査では、関係者を公職選挙法などで軒並み引っ張り、「知事に対して不利な発言をすれば、保釈してやる」という、いわゆる人質司法が問題になりました。今回は、そうした形跡は見られますか?
刑事裁判の不完全性と社会の敵が持つ浄化作用【前編】
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──ロス疑惑の三浦和義、薬害エイズの安部英、さらには武富士の武井保雄やライブドアの堀江貴文ら"時代の人"から、中森明菜や叶姉妹といった"お騒がせ芸能人"まで、そうそうたるメンバーの代理人を務めてきたのが、弁護士の弘中惇一郎氏だ。"負け戦"とされる裁判でも数々の勝訴を勝ち取った彼の手腕は、メディアではつとに有名である。そんな彼が現在、弁護人を務めるのが厚労官僚の村木厚子氏だ。検察と厚労省による刑事事件の矛盾を指摘し、その判決に注目が集まっているが、今回は弘中弁護士と共に、司法の不完全さを多角的に考察する──。
【今月のゲスト】
弘中惇一郎[弁護士]
神保 今回は、これまでロス疑惑の三浦和義さん、薬害エイズ事件の安部英さんなど、著名な刑事被告人の弁護を担当された弁護士の弘中惇一郎さんをゲストに迎え、恣意的な捜査を行っているとの批判が高まっている検察、それを助長するメディアの問題などについて議論を進めていきます。
トヨタのリコール問題を契機に「責任」の法文化を再考する【後編】
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日米間で露呈した深い感覚のズレ
神保 一連の問題を振り返ると、昨年8月にアメリカで、フロアマットの問題が浮上しました。トヨタ自動車は当初、「純正品のフロアマットを使用していれば問題ない」「2枚重ねで使っているのが原因だ」と、非を認めませんでした。今回私たちが取材をしていても、当初トヨタからは言い訳がましい言葉が返ってくることが多くありました。これはトヨタという企業の体質の問題なのでしょうか、それとも日本企業に共通する文化的な側面を持った問題なのでしょうか。
宮台 廣瀬先生がおっしゃるように、トヨタ自動車という企業固有の問題ではなく、日本の法文化によるところが大きいでしょう。例えば、85年にドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領(当時)が演説を行い、戦争被害に対する個人補償について「罪」と「責任」を明確に分けました。「ナチスの犯罪についてドイツ国家は謝罪しない。組織内のポジション、軍人だったのか市民だったのか、大人だったのか子どもだったのかによって、罪が変わる。それぞれに違う人間たちの罪を政府が代表して謝罪はできない。しかし、罪はなくとも責任は果たす。それは、人に貸した車が事故を起こした場合、自分に罪がなくても所有者として責任を果たすのと同じことだ」という理屈です。責任を果たすのはなぜかといえば、国際社会における存続可能性と共生可能性──具体的に言えば、将来の欧州統合におけるポジショニング──を考えてのことです。
トヨタのリコール問題を契機に「責任」の法文化を再考する【中編】
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"トヨタの安全神話"は 本当に揺らいだのか?
神保 なるほど。そんな中で、今回トヨタ自動車が取ったリコールという措置は、果たして正しかったのでしょうか。日本においては、企業が製品に対して取る措置に3つの段階があります。第一に、安全には関係ない品質上の問題として対処する「サービスキャンペーン」。プリウスの問題が欠陥や不具合ではなく、単に「ユーザーごとに使用感が変わる」ということだったとして、「それならば個別に調整しますよ」というのがこれに当たります。
その次に、保安基準にはないものの、安全・環境上の問題があるとして対処する「改善対策」。そして最終的な措置として、今回の「リコール」があります。道路運送車両法の保安基準に満たないものとして強制的に回収するわけですから、当然ながら新しいプリウスの操作感を気に入っていた人のブレーキも強制的に修正されてしまう。今回の問題は欠陥と呼べるのか、つまりリコールすべきだったのか否か、という議論はあるのかなと思います。
トヨタのリコール問題を契機に「責任」の法文化を再考する【前編】
関連タグ : 201004 | マル激 | 宮台真司 | 廣瀬久和 | 神保哲生

──昨年11月、トヨタは、フロアマットが外れてアクセルペダルが戻せなくなる恐れがあるとして、米運輸省高速道路交通安全局にリコールを届け出ることを発表した。予定されているリコール対象車数は約500万台とされ、アメリカ史上最大規模の数に及ぶという。こうした中、多くのメディアでは、トヨタの安全性やリコールへの対応についてさまざまな意見が語られたが、その根底には、企業と市民の関係や、企業体としての責務という問題がはらんでいるようだ。社会問題と法制度の観点から、トヨタリコール問題を浮き彫りにする──。
【今月のゲスト】
廣瀬久和[青山学院大学法学部教授]
神保 今回は民法と消費者法の専門家で、経済産業省・国土交通省・内閣府のそれぞれで、リコール関係の検討会に加わってこられた、青山学院大学法学部教授の廣瀬久和さんをゲストに迎え、トヨタ自動車のリコール問題について議論したいと思います。
"映画と娯楽"を超えた芸術 ドキュメンタリー番組の批評性【後編】
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テレビジャーナリズムの限界と放送ビジネス
神保 僕がビデオジャーナリズムを始め、結果的にインターネット放送にまで行き着いたのは、自分が真剣に取材したものを報道する場所が、もはやテレビでは見つからないと考えるに至ったからでした。テレビでは、免許事業であるがゆえに、行政や政治にやたら気を配らなければなりません。民放の場合は、さらにこれにスポンサーが加わります。まるで地雷を踏まないように注意しながら地雷原を歩くような思いをして、番組をつくっているようなところがある。あらためて、是枝さんは、テレビというものをどうとらえていますか?
是枝 僕は今も、「映画監督」と呼ばれるよりも、「テレビディレクター」のほうがシックリくるんです。友人のテレビディレクターに「日本の民主主義にとっては、映画よりもテレビのほうが大事なんだ」と言う人がいて、こういう人間がテレビにかかわってくれているのはありがたいし、今の体たらくを考えると、なんとかしなければと思います。映画界もひどいけれど、テレビはそれ以上に危ない。制作会社のディレクターができることは限られていますが、責任を感じています。
"映画と娯楽"を超えた芸術 ドキュメンタリー番組の批評性【中編】
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テレビマンユニオンが先鞭をつけた"報道"番組
是枝 心を持つことが、必ずしもポジティブなことだけではない、ということも重要なテーマでした。人形がだんだん人間に見えてくるプロセスと、人間だと思っていた人たちが形骸化して、人形のように見えてくるプロセスを交差させることも、狙いのひとつですね。そして、ネガティヴなことも含めて、人形だけがその「心」を引き受けていく、という。
神保 ここで、是枝さんがディレクターを務めた08年のドキュメンタリー『あの時だったかもしれない ──テレビにとって「私」とは何か──』(テレビマンユニオン制作)について伺いたいと思います。同年1月、かつてテレビマンユニオンを設立し、テレビドキュメンタリーに多大な影響を与えたメディアプロデューサー・村木良彦さんが亡くなり、その追悼番組として制作されたものです。














