時代を映すエンタメ。近年目立つのは、格差に由来する生きづらさ、SNSの闇、ジェンダーなど身近な問題を絡めながら、人間の弱い部分にそっと寄り添う作品群だ。それらは一昔前の「社会派」というにはあまりにも淡く繊細で、しかし鋭く「時代」を浮き彫りにする。
(絵:管 弘志)
今年話題を呼んだ邦画の多くは、〝社会派〟のベールをまとっている。
社会派とは貧困や差別など、個人では解決が難しい社会問題/課題を取り上げる作品ジャンルと言えよう。暴露系生配信チャンネルをめぐる『#真相をお話しします』や、新型コロナウイルスに立ち向かった災害派遣医療チームの物語『フロントライン』、ホームレス問題や正義のあり方に切り込んだ『爆弾』など、興行収入10億円を突破した複数の映画が社会問題の要素を多分に含んでいた。
興収面以外にも〝社会派〟の話題作は豊富だった。アメリカ統治下の戦後沖縄を描いた意欲作『宝島』は、全編が方言であることなどから興行的には苦戦を強いられたが、制作陣の熱量と本気度は高い評価を得ている。若者の貧困や闇バイトの実態に迫る『愚か者の身分』や、価値観のアップデートを考えさせる『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』など確固たるテーマが透ける作品は数多い。が、旧態然とした〝社会派〟のどんよりとした息苦しさはそこになく、〝社会派風〟とでもいうべき軽やかさ、明るさがどこか漂う。
新・社会派作品が量産され、支持される背景には何があるのだろうか。
1960年代〜1970年代、日本の娯楽作品は社会問題を取り入れるのが常だった。
たとえば実録ヤクザ映画の金字塔『仁義なき戦い』(73年)は、敗戦直後、無政府状態に陥っていた広島県呉市が舞台。ヤクザ同士の抗争を描きつつ若者が犠牲になる残酷な世に殴り込みをかけ、ラストカットの原爆ドームは反戦メッセージを明確に突きつける。戦後まもなくは貧困や政治的不安といったシビアな世相が生活に直結し、スクリーンを通した強い主張は生きる力を支える糧となった。
しかし好景気へ向かうにつれて社会的なメッセージ性が強い作品は影を薄くし、併せてマンガ・アニメ人気が加速。日本映画大学准教授でサブカルチャーに詳しい藤田直哉氏は、バブル前夜とともに「冷笑系」が訪れたことを指摘する。
「70年代の連合赤軍事件で政治的な運動が破滅的な展開に至ったので、社会的にトラウマがあったのでしょう。真面目なものを茶化し、政治的・社会的態度を忌避する『シラケ』の態度が生まれました。そのまま高度消費社会に突入し、楽観ムードが続きますが、バブルが崩壊した90年代以降も文化の中ではバブル的気分が持続し、現実を見ない逃避思考が根を張りました。多少の厄介事はあっても考えたくない。刹那的な楽しい気分を壊さないことこそが大事という〝美学〟が現実否認的に蔓延していきます」(藤田氏)
かくしてエンタメ界は不都合な現実から目を背け、内面世界にフォーカスするジャンルに飛びついた。ロマンティック・ラブを扱った作品が流行し、『最終兵器彼女』(00年)や『ほしのこえ』(02年)に代表される〝セカイ系〟
あるいは〝日常系〟が長く人気を博す。
「それとネットでの冷笑系、社会運動などに対する忌避は並行した出来事でした。無力感や没落感、不安感などから逃れるために、現実を直視しない文化が主流化したのです」(同)
「もしかしたら俺たちを取り巻いている状況は、思っている以上にヤバいのかもしれない」と目が覚める転機は2
011年の東日本大震災だ。藤田氏は、新海誠監督が『君の名は。』(16年)以降、社会性を取り入れた物語を手掛け始めたことを例に挙げる。実際、新海監督は同作に関するインタビューで、「2011年以前、僕たちは何となく『日本社会は、このまま続いていく』と思っていました。(中略)でも2011年以降、その前提が崩れてしまったように思います」と語っている。作中でヒロイン・三葉の住む町がティアマト彗星によって破滅するシーンからは、3・11への意識がにじみ出る。
「続く『天気の子』(19年)は気候変動と貧困がテーマ。『すずめの戸締まり』(22年)では、真っ向から震災を描きました。美しい風景とロマンスを用いながら、説教臭くはならず、リアルを思い起こしてネガティヴな感情があふれ出さないバランスで社会問題を取り入れる繊細な試みをしています」(同)