AIで変わる映像表現 革新の時代を迎えた映画製作現場の最前線

生成AIが身近になった現在、AIを使った音声や映像に触れる機会は少なくない。著作権や肖像権など多くの問題を抱えている生成AIだが、日常生活に欠かせないものになりつつある。AIをめぐる現状を映画の世界から考えてみよう。

第四次産業革命がすでに始まっているらしい。18世紀に蒸気機関が発明されて産業革命が始まり、内燃機関と電気が普及した第二次産業革命、さらに情報のデジタル化が進んだ第三次産業革命が続いた。第四次産業革命は人工知能(AI)とロボティクスなどの最先端技術が融合することで、新しい価値観を持つ世界になることが予測されている。

2022年には「ChatGPT」がリリースされ、生成AIが一気に身近なものになった。さらに動画生成AI「Sora」も登場し、さまざまな生成キャラクターたちのイラストや動画がネット上にあふれている。

130年の歴史を持つ映画興行だが、サイレント映画からトーキー映画に移行し、さらにフィルム上映からデジタル上映と、テクノロジーの進化に伴って形態は大きく変化を遂げてきた。AI化された社会の中で、映画も変わっていくことが予測される。

AIを使ったことが問題視されるアカデミー受賞者

映画産業の中心地であるハリウッドでは、23年に全米俳優組合と全米脚本家組合によるダブルストライキが4カ月半以上にわたって行われ、動画配信サービスからの収益の還元とAIの使用に対する一定の制限が認められた。

ハリウッドのある米国カリフォルニア州ではAI使用の俳優置き換えは違法とする法案が24年に通ったが、この法律は州内でしか効力がないため、あくまでもシンボリックな意味合いでしかない。また、俳優本人が許諾すればAIを使用できるため、エイドリアン・ブロディがアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ブルータリスト』(24年)では、 主人公の台詞部分にAIを使用し、より自然なハンガリー訛りに修正していたことが問題視されている。

英国では「AIアクトレス」を謳ったティリー・ノーウッドのプロモーション映像が25年に発表され、ハリウッド俳優たちから非難の声が相次いでいる。生成AIを使って背景を描いた短編アニメ『犬と少年』(23年)をネットフリックス社がYouTubeにアップしたところ、「アニメーターの仕事をAIが奪うことになる」と騒がれた。

アカデミー賞作品賞・監督賞など4部門を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』(17年)で知られるギレルモ・デル・トロ監督は新作『フランケンシュタイン』(25年)が公開される際に「AI使うぐらいなら死んだほうがマシ」「AIはすでにある情報を集め、吐き出しているだけ。真の創造性はそこにはない」と主張。AIに否定的な立場をとっている。

しかし、AIの普及は止まらない。これからの映画や映画界はどうなっていくのだろう? 制作の現場に立つクリエイターたちに、その答えを求めた。

長編AI映画を完成させたバルセロナ在住の新人監督

右端が遠藤監督。バルセロナの「ママ友」である女優のMEGUMIに勧められ、MEGUMIが主宰するカンヌ国際映画祭の国際交流イベント「JAPAN NIGHT」で『マチルダ』のトレーラーを流すことになった。

25年12月19日、画期的な映画に遭遇した。まったく映像の制作経験がなかったスペイン・バルセロナ在住の遠藤久美子監督が生成AIを使って創り出した『マチルダ 悪魔の遺伝子』が、池袋シネマロサなどで劇場公開されたのだ。上映時間72分のSF映画『マチルダ』は俳優も起用せず、撮影機材も使わず、音声もAIを使って完成させている。AIによる新時代の扉を開けた作品だった。

遠藤監督は00年ごろに不思議なビジョンが頭に降ってきたという。そのとき感じたビジョンを、25年の歳月を経てイメージそのままに映画化したのが『マチルダ』だ。小説版『マチルダ』を書き上げた遠藤監督は、画像生成ソフト「Midjourney」でイメージ画像を用意し、動画生成ソフト「Kling AI」を使って動画化する作業を繰り返した。

同じくバルセロナ在住でアニメや映画に詳しい中川敦智氏が制作に協力したが、動画生成AIは最大で10秒しか生成できないため、長編映画を2人だけでつくるのは相当なハードワークだった。

日本では池袋、お台場、静岡、山形の劇場で公開された『マチルダ』は、先駆的な長編AI映画として賛否を呼ぶことになった。国内での公開をいったん終え、バルセロナに戻った遠藤監督がZoomで取材に応じてくれた。AI映画のメリットはどこにあるのか?

「生成AIを使えば、誰でも簡単に映像作品をつくることができると思われがちですが、そう簡単なものではありません(笑)。確かに私には映像制作の経験はありません。でも、日本ではCMシンガーとしての長年のキャリアがあり、映像に音をハメていく作業に関してはプロなんです。美大は卒業していませんが、アートが大好きで美術館に通い、バルセロナに移住したのもガウディ建築が好きだったからです」(遠藤監督)

25年5月のカンヌ国際映画祭の「JAPAN NIGHT」で『マチルダ』の1分間のトレーラーを上映したところ、反響が大きく、10月に開かれるベルギーの国際映画祭に長編映画化して出品することになった。制作期間は実質わずか4カ月。睡眠時間を削り、使用した生成AIソフトはすべてサブスクの一番高いサービスを契約。費やした金額はかなりなものになったという。

「サブスクの契約に加えて、劇場公開のためのカラーグレーディングやMA作業にもかなりかかりました。新車を買う代わりに一本の映画を完成させた感じです。もちろん、プロから見れば粗い作品だとは思います。でも映画会社が製作すれば数十億円はかかる内容です。私のような無名の新人が企画書を持って回っても、生涯かけて実現できたかわからない。AIを使った一番のメリットは、チャンスの平等化だと思っています。映画をつくることは恵まれた人だけの特権でした。でも自分の中に物語が暴れているのに出口がなかった人たちにも、やっと扉が開いた。制作費100億円の映画というわけではないけれど、自分の物語が地球の裏側の誰かに届く一歩にはなる。それが生成AIの本当の価値でしょうね」(同)

斯界の先駆者となった遠藤監督は、AI映画はこれからどうなると考えているのだろうか。

「日本でAIに関する法整備ができていない中で、『マチルダ』の上映を決断してくれた映画館の方たちにはすごく感謝しています。今も上映のオファーは届いていますが、宣伝体制を整えて改めて公開するか、配信にするかを検討しているところです。AI映画が今後広がっていくかどうかは、やはりハリウッド次第でしょうね。ハリウッドはまだAI映画を認めていませんが、AIに関する法律が米国で整えば、フルオープンのAI映画も製作されるようになると思います。ハリウッドが認めれば、各国も続くことになるはずです」(同)

AI映画の歴史はまだ始まったばかりだ。映画会社の後ろ盾のあるなしに関係なく、新しいビジョンと情熱を持ったクリエイターたちが遠藤監督の後に続くに違いない。

『マチルダ 悪魔の遺伝子』


原案・脚本・監督/遠藤久美子 編集/中川敦智 音楽/内山肇 サウンドエフェクトデザイン/岩波昌志 ©Matilda Line Project
遺伝子学者のマチルダは人間の攻撃性と暴力性に関与する遺伝子を発見し、それが男性にだけあることを突き止める。時は流れ、西暦2222年。マチルダの極秘計画によって男性は消え、平穏な社会となっていた。そんな中、マチルダの子孫は禁断の出会いを果たす。
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