ステージ4のがんの妻とその夫を映したドキュメンタリー映画『ケアを紡いで』が伝える「生きる喜びと葛藤」

27歳でステージ4のがんを患った妻と、彼女を支える夫のありのままを映したドキュメンタリー映画『ケアを紡いで』が公開される。被写体となるのは、舌がんの診断を受けた看護師の鈴木ゆずなさん。この年代は「AYA世代」(Adolescent(思春期)&Young Adult(若年成人))といわれ、就学や就職、出産や育児などの困難に直面する世代にも関わらず、医療費制度と介護保険の谷間にあたり、経済的な支えとなる助成制度がほとんどないのだという。監督は、『夜間もやってる保育園』(17年)など、これまでも介護や福祉の現場を記録してきた大宮浩一。公開にあたって、本作に込めた想いを聞いた。

映画『ケアを紡いで』より。©大宮映像製作所

――大宮監督は、鈴木ゆずなさんの「ありのままを記録してほしい」という声を受けて本作を撮り始めたそうですが、そこまでにどんな経緯があったのでしょうか。

大宮 ゆずなさんとは、本作に登場するNPO法人「地域で生きるナノ」の代表、谷口眞知子さんの紹介で知り合いました。谷口さんは、ふたりを記録してはどうかとお考えだったようです。最初は積極的に撮る気になれませんでした。かといって「お会いもせずに断るのも失礼に当たるだろう」という気持ちでお会いしたんです。ところが、実際にお会いすると、ゆずなさんと夫の翔太さんがすごく爽やかに接してくださって、病状についても、丁寧に話してくださいました。そんなふたりの魅力に接しているうちに撮らせてもらいたいという気持ちに傾いていきました。それでも、当初は「今はSNSも発達しているし、自分たちで発信したほうがいいのでは」とお伝えしたんです。するとゆずなさんは「自分の知っている人よりも、あまり知らない第三者に記録してほしい」とおっしゃって、その言葉に込められたゆずなさんの芯の強さみたいなものに打たれ「それでは、どういう形になるかわかりませんが、撮り始めてみましょうか」となったんです。

――おふたりのどのようなところに惹かれたのでしょうか。

大宮 ふたりともしっかりと私の目を見て話してくれて、特にゆずなさんが真剣にわかりやすく自分のことをお話しして、プライベートな面も含めて伝えたいという様子だったのが印象的でしたね。

――本作のキーワードとなっているAYA世代とは何でしょうか。

大宮 介護保険がまだ使えない狭間の世代であると同時に、普通は働き盛りで、女性だったら結婚や出産で困難を抱えている世代であるということ、人生の幅広い面でピークであるということですね。その年代にがんと戦わなければいけない葛藤や悩みを発信したいというのが、ゆずなさんが本作の撮影を望んだ理由のひとつだったのだと思います。

――おふたりが素晴らしい夫婦だと思った瞬間には、どのようなものがありますか。

大宮 映画の中でふたりのインタビューを長く使っているのですが、その理由は翔太さんがゆずなさんの話を聞いている表情が素敵だったからなんです。ゆずなさんが「人の話を最後まで聞ける人って少ないよね」と言っていたのですが、そういう意味でも翔太さんはゆずなさんにとって特別な人だったのでしょう。舌がんの手術後は滑舌も悪くなっていたでしょうが、それでも翔太さんはゆずなさんの話じっと聞いていたんだろうな、と感じられたので素敵なご夫婦だなと思いました。

映画『ケアを紡いで』より。©大宮映像製作所

――映画では、ご夫婦が富士山に登ったり、結婚パーティーを開くようすも映し出しています。体力的には負担だったと思いますが、それでもやりたいという思いが強かったのでしょうか。

大宮 そうですね。様々なリスクを抱えながらも、それでもやりたいというゆずなさんの思いが強かったのでしょう。富士山に登るためには、低い山から練習して、すごく時間をかけて準備したようです。そんなゆずなさんを全面的に受け止める翔太さんの姿も素敵だと思いましたね。

――また、ゆずなさんが居場所として通うようになったNPO法人「地域で生きるナノ」に集う、高次脳機能障害の谷口正幸さん(代表の谷口眞知子さんの長男)をはじめ、さまざまなハンディキャップがある人たちや、支援者たちも映し出されていて、その素顔が印象的です。社会のなかで生きづらい事情や障害のある人が過ごせるこのような場所があることにホッとしました。一方で、ゆずなさんは「同年代の友達と集まると、仕事や子育ての話ばかりで、自分がそこに入っていけないのを感じる」とも語っていて、本当は同じ年代の女性たちと一緒に過ごしたかったのかな、と思うと切ない気持ちにもなりました。

大宮 ゆずなさんと翔太さんのご夫婦だけではなく、「地域で生きるナノ」の人たちと一緒に過ごしたり聞き役になっているゆずなさんの姿を映すことも、ゆずなさんの想いを伝えるには必要だと思って撮影させてもらいました。看護師だったゆずなさんですから、「地域で生きるナノ」で過ごしていても、ついつい周りに気配りしてしまう。自分のことだけを心配していればいいのに、と思うこともありました。また、「地域で生きるナノ」に通ってくる人たちは、さまざまな背景を持っている方々なので、撮影の許可をいただくのは簡単ではありませんでしたが、時間をかけて話し合い、それぞれの想いを語っていただけました。

――特に、後半だんだん体力が弱っていくゆずなさんを見ているのはつらかったです。そんななかでも、心に残ったのは常にお互いへの思いやりを忘れないゆずなさんと翔太さんご夫婦の温かい笑顔でした。

大宮 ゆずなさんはたくさんの人たち、特に自分と同世代の人たちにこの作品を見てほしいとおっしゃっていました。いわゆる闘病ものにはしたくなかったし、大変ななかでも小さなことにも喜びを見つけられるのが人間だと思います。この映画は、ゆずなさんご夫婦とその周辺の方々の言葉や表情を直球で伝えたつもりです。『ケアを紡いで』というタイトルには、これまで看護師としてケアをする側にいたゆずなさんが、ケアを受ける側になり、さまざまなことを感じていく。それを記録したこの映画が、また見た人のケアになっていってほしい、という想いを込めています。ゆずなさんからのボールを受けていただき、さまざまなことを感じてほしいです。

(取材・構成/里中高志)

『ケアを紡いで』

4月1日(土)よりポレポレ東中野にて ほか全国順次公開
公式サイト:https://care-tsumuide.com/

大宮浩一
1958年生まれ。映画監督、企画、プロデューサー。『ただいま それぞれの居場所』(2010)で文化庁映画賞〈文化記録映画大賞〉を受賞。『季節、めぐり それぞれの居場所』(12)で山路ふみ子映画賞〈山路ふみ子福祉賞〉を受賞。『石川文洋を旅する』(14)でSIGNIS JAPAN(カトリックメディア協議会)による〈シグニス平和賞〉を受賞。近作に『夜間もやってる保育園』(17)、『島にて』(19)など。

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