異文化の調査で我々の文化を見直す――文化人類学が開く性の世界、セックス論文の“真意”を読む

一般的に、セックスについて公に語ることは憚られてしまう。無論、それが生物にとって大事であることに疑いはないことを、我々は熟知している。そして、こうした人類の性行動について、学術界では多くの論文が記されているという。ここでは人間の性行動について造詣の深い2人の学者に登場いただき、セックスを扱った論文の世界を見ていこう。

『侵犯する身体 (フェティシズム研究 第 3巻) 』(京都大学学術出版会)

 セックスは人間にとって不可欠なものでありながら、堂々とそれについて語ることはどこか憚られる性質がある。そんなセックスについて、学問の世界ではどのような研究がなされてきただろうか? 『SEX新論』と題した本特集において本稿では、世界の民族文化を見つめてきた文化人類学のフィールドに焦点を当て、その分野の学者2人のナビゲートのもと、セックスについて書かれた論文を紹介、知見を広めてみたい。

「文化人類学の世界では、単に『こんなセックスをしている』という報告で終わると、学界の反応として眉をひそめられるようなことは依然としてあります。やはり学問ですから、セックスを扱うときでも、その文脈に重きを置き、社会や文化の問題として取り上げるのが、全体的な傾向になっていますね」

 こう解説するのは、和光大学准教授の馬場淳氏。文化人類学者としてパプアニューギニアやケニアでフィールドワークを行う一方で、日本のAVに関する論考も手がける。

 馬場氏によると、文化人類学の世界において、世界のセックスについて書かれた最初の網羅的な業績と言えるのが、『性行動の世界』(C・S・フォード、F・A・ビーチ、安田一郎訳/至誠堂)という書物(原著は51年、邦訳は67年)。この本は、190もの民族社会を扱い、動物との比較も視野に入れた、文字通り人類のセックス、性行動全般を明らかにしたものだ。同書を読むと、シックスナインやオーラルセックス、バックなどの、我々にはお馴染みの性行動は、未開な社会ではあまり一般的でないことがわかるという。

 一方で馬場氏は、『HUMAN SEXUAL BEHAVIOR』(Donald.S.Marshall&Robert.C.Suggs)という本を取り上げて、一つの社会を対象にした緻密な報告も散発的に行われてきたと述べる。例えば、同書で取り上げられているポリネシアのマンガイア島では、男女ともセックスに積極的で、生殖器の形状に関する言葉が多いことや(新生児が出てきやすいよう「道」を開けるために)妊婦とセックスする男性もいることなど、セックスが国民的スポーツの観を呈していると続ける。

「アメリカでは60年代に性革命という性の解放が起こり、性の研究も盛んになりました。そこには、他者の性を知ることが自分たちの性も豊かにするものだという認識があったように思えます。80年代になると、調査報告の蓄積にもとづいて、『性肯定社会』『性否定社会』『性中立社会』『性両義的社会』に分けるという社会の分類作業も出てきました。その一方で、分類にとらわれない詳細な研究も進みました。ある社会を性肯定とか性否定とか一言で片付けられないってことです。日本の人類学者が性について学問的な報告を始めるのは、80年代後半からです」(同)

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