今、改めて考えるアベノミクス選挙の未来図

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――12月14日に投開票された第47回衆議院議員総選挙は、公示後から自民党優勢の下馬評が声高に報じられてきた。では、自民党安倍政権が推し進めてきた「アベノミクス」という経済政策を中長期的な視点で見た場合、どのような未来図が見えてくるのだろうか? 今回は解散総選挙そのものではなく、より俯瞰した視点で議論してみたい。

『アベノミクスの逆襲』(PHP研究所)

[今月のゲスト]
熊野英生[第一生命経済研究所首席エコノミスト]

神保 11月21日に衆議院が解散しました。安倍晋三首相や自民党はしきりに(12月14日に行われた衆議院議員総選挙を)「アベノミクス選挙だ」と主張していますが、実際は安倍政権発足後の2年間で、集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈の変更や特定秘密保護法、武器輸出三原則の緩和など多くの重要な政策変更が行われてきました。

 アベノミクスと呼ばれる安倍政権の経済政策も当然この選挙で問われるべき問題のひとつですが、安倍さんがもっぱらそればかりを強調するのは、ほかの問題から国民の目をそらせたいという思いもあるように見えます。

宮台 今回の解散を象徴するのは、衆議院議長の伊吹文明氏が苛立っていたけど、「御名御璽」と言いかけたところで万歳が始まった珍事。天皇が関わる公示と単なる告示の区別も付かぬ政治家が、保守を名乗っています。

 E・バークの保守主義にせよ戦前の亜細亜主義者にせよ、本来の保守は「社会保守」ですが、自民党は「経済保守」と「政治保守」の混合です。先日の沖縄知事選で勝った翁長雄志氏が「沖縄らしさの保全」を唱い、沖縄の「社会保守」と本土の「経済保守」が両立しないと主張した。翁長氏が自民党を離脱したのをネトウヨが「保守の裏切り」と騒ぎましたが、頭が悪すぎる。ちなみに戦後20余年間はトマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)がいう通り、経済成長率(g)が資本利益率(r)を上回る特殊な時期で、中間層が膨らんだのを背景に「経済保守」が「社会保守」と重なると信じられた。それが、グローバル化=資本移動自由化で中間層が分解し、「経済保守」と「社会保守」が乖離。同時に空洞化した社会を感情的に埋め合わせるべく、排外主義の「政治保守」が肥大する。それが昨今です。

神保 安倍さんの術中にはまらないように気を付けなければなりませんが、とはいえ安倍政権の経済政策はきちんと検証されなければなりません。今日はゲストで第一生命経済研究所、首席エコノミストの熊野英生さんと、アベノミクスを厳しく検証したいと思います。

 まず、熊野さん、エコノミストの立場から見て、今回の解散をどう受け止めていますか?

熊野 エコノミストの一部が点検会合を行い、消費税増税について議論を重ねていましたが、その会合が終わる前に解散、総選挙となりました。私は同業のエコノミストとして、専門家の景気判断や増税に対する分析が終わる前に、半ば分析を無視するかたちで、政治主導で先送り、そして解散が決められたことを極めて残念に思います。

神保 「アベノミクスを点検する」という意味で、この選挙をどうお考えでしょうか?

熊野 本来なら与党の政策(アベノミクス)を批判するのは野党の仕事でしょう。しかし、今回は安倍政権自身が消費税に「NO」と言って選挙に打って出るのは、「野党から建設的な対案は出てこない」と高を括っているからでしょう。この状況で消費税増税に賛成するエコノミストが実質的な議論をしても政治的受け皿がなく、肩すかしになるだけです。賢明な有権者たちも、民主主義に対して醒めた見方に傾きそうであり、心配です。

宮台 対案を出そうにも、実質所得が目減りし続けるこのタイミングでは、消費増税に固執する民主党でさえ、変節しないことには選挙を戦えない。自民党内部の増税固執派も同じです。その意味で、熊野さんのおっしゃる通り、政治主導で消費増税先送りと解散が同時に決められた時点で、増税の是非を巡る本格的議論が封じられた。

神保 アベノミクスに対する対案はありますか?

熊野 単純明快です。消費税増税の先送りは三党合意を完全になし崩しにするものであり、そして合意をしたメンバーはまだ政治のメインストリームにいます。あの三党合意は、三位一体の社会保障改革です。つまり、野党がこれを盾に「消費税も一体で社会保障改革をやろう」という骨太の経済政策論を展開することはできた。しかし、「では、消費税を上げるべきだというのか」と問われたら、どうしても歯切れは悪くなる。そこでひいてしまったため、野党も三党合意の話を持ち出すことができなかったのでしょう。安倍首相は消費税で勝負に出られない野党の姿勢を見透かしていた。

宮台 10%増税先送りは「社会保障改革を18カ月停滞させます」と宣言したのと同じこと。年金改革を核とする社会保障改革は、8%増税で疲弊した低所得者向け手当という意味で再配分機能を持つ以上、三党合意を踏まえて「そのために必要な増税だ」と主張するのが、与野党ともに正道です。政治の激しい劣化を感じます。

神保 安倍さんは「アベノミクスの成果」として、100万人以上の雇用増、有効求人倍率22年ぶり高水準、2%以上の給料アップ、高卒・大卒の内定率上昇などを挙げています。このあたりについては、いかがでしょうか?

熊野 これは素直に褒めるべきでしょう。しかし、成果は過去の事実です。問題は将来。この先も、この2年間と同じように株価上昇・円安傾向が続くのか、ということへの疑問です。安倍政権の最初の2年間はアメリカの量的緩和政策「QE3」が発動しており、その効果が大きかった。来年央はアメリカでは利上げが行われ、引き締め局面に入るかもしれない。その場合に、日銀の金融緩和だけで為替・株価を引っ張っていくことができるのか、という問題があります。

 また、これからの労働市場にも対応できるでしょうか。ひとつの課題は人手不足の問題です。今後、内定率が上がっていくのでしょうが、特に技能労働者の不足を解消することができるか、また若者の賃金が上がるのか。この問題は根が深く、年金問題と相まって定年が延長され、若い人の給料は上がりにくくなっています。

 今までの成果だけで直感的に「これからもいいだろう」と考えるのではなく、未来の課題をもっと洗い出さなければ、政策に賛成する根拠にはなりにくいでしょう。

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