マスコミと裏社会が手を握る不適切な関係の仰天実話【1】

――"第四の権力"といわれるマスコミ。その影響力を利用しようと、裏社会がマスコミにアプローチしてくるケースは少なくない。一方で、マスコミが裏社会に集まる情報に頼り、社会的意義のある報道につながることもある。道義的には許されざるも、時に必要悪となる「不適切な関係」とは?

 裏社会にまつわる事件が起きると、テレビニュースは「スクープ!」と称し、声色を変えた怪しげな男の覆面インタビューを流すことがある。だが実際は、新聞・テレビの記者たちが裏社会を取材しようとしても、おいそれと現役暴力団員や総会屋などと会うことは叶わない。なぜなら、暴力団は1990年代にできた暴力団対策法によって「反社会勢力」と定められ、総会屋は「特殊株主」として警察当局に登録される身となった。いつ犯罪者扱いされるとも限らぬ相手に日常的に接触することは、大手マスコミ界では表向きご法度なのだ。

 そこで、裏社会との仲介人といえる「情報屋」「ブローカー」「企業舎弟」といった人々が情報の橋渡し役になり、まれに暴力団組織そのものと接触することも可能になる。だが、彼らは自らの利益のためにマスコミを利用することもあり、リスクが伴う。ここでは、そんな裏社会とマスコミをめぐる不適切な関係を見ていこう。

ディープな情報こそ裏社会の「通行手形」

 東京駅にほど近い都心のマンション。ここに、国内屈指の"会員制情報誌"の主宰者が構える事務所があった。その一室では、ソファーに座る主宰者に対して、きまじめそうな銀行マンが深々と頭を下げていた。

「先生、検察情報を知りたいんです。検察に通じているマスコミの方を紹介してもらえませんか?」。主宰者は吸っていた葉巻の火をもみ消すと、かすれ声で「いいよ。早速、引き合わせよう」と応じた……。

 時は、金融界を揺るがせた「総会屋利益供与事件」が発覚した1997年。"裏社会最後の大物"といわれた総会屋グループの小池隆一元代表が、野村証券など4大証券と第一勧業銀行(現みずほ銀行)から120億円を超える利益供与や迂回融資を受けていたことがわかり、東京地検特捜部が商法違反で各証券会社の社長や会長ら幹部を次々に逮捕するという混乱期だった。

 第一勧銀総務部では、自分たちのトップまでもが特捜部に逮捕されるかどうか、ハラハラしながら情報収集に追われていた。冒頭のシーンに登場したのは、同行総務部員のひとり。その頼み事にうなずいた情報誌の主宰者は、暴力団首脳と高級クラブでたびたび豪遊し、警察当局にもマークされるほどの人物だ。

 第一勧銀はこの情報誌の顧客で、購読料を支払う見返りに、危機管理のために裏社会の情報を入手していた。同様に、新聞・テレビの社会部記者たちも主宰者の元をたびたび訪れるようになり、裏社会の情報を入手したり、逆に捜査情報を提供したりするようにもなっていた。

 主宰者はこのとき、民放テレビ局の司法クラブ記者をひとり引き合わせている。現在、社会派の報道番組のアンカーマンを務める同局の顔だ。ほどなく実現した面会の場で、記者は総務部員に向かって、おおよそこんなアドバイスを告げている。

「特捜部のターゲットは証券会社だけではなく、勧銀もです。関与した役員はトップ以下全員逮捕される可能性が大。引責辞任した社長の後任探しが進んでいるようですが、不正融資にかかわった役員を社長就任させても逮捕は免れず、ますます行内は混乱する。そのためには、あなたたち若手行員が内部調査を徹底することです」

 情報誌の主宰者から日ごろ手にしていた情報へのお礼のつもりなのだろう。情報の対価はやはり情報。それが、裏社会に入り込む記者の唯一の通行手形なのだ。

 ところが、踏み込み方を間違って裏社会にのみ込まれてしまう記者もいる。06年。和歌山県知事が逮捕された談合事件で、一緒に逮捕された口利き役のブローカーは、同和業者や暴力団との付き合いもあり、さまざまな情報が彼の元に集まっていた。以前からブローカーに食い込み、その情報でスクープを飛ばしていた朝日新聞社会部の記者が、ブローカーの逮捕後、餞別や出産祝いなどと称して現金15万円を受け取っていたことが明るみに出た。

 この記者は取材上の付き合いで仲良くなり、差し出された祝儀袋を断り切れなくて、何年も仕事用のかばんの中で保管していたという。朝日新聞の内部調査に「取材先のひとりとして、関係を維持したいと考え、返したいと強く言い出せなかった」と打ち明けた記者。ミイラ取りがミイラになり、退職を余儀なくされた。これは、裏社会に足を踏み入れる取材者が抱えるリスクのひとつといえるだろう。

談合報道合戦が暴力団の代理戦争に

 今でこそ、新聞・テレビは暴力団との接触を敬遠しがちだが、20年ほど前までは、事情が違った。日本最大の暴力団「山口組」と、そこから飛び出した「一和会」との間で繰り広げられた「山一抗争」(84~89年)は、山口組トップの殺害事件にまで発展。抗争激化による一般市民への影響が心配された。

 当時、関西大手紙のいわゆる「マル暴」担当記者たちは果敢に暴力団と接触を図っている。「人けの少ない喫茶店に入り、暴力団員たちが周囲ににらみを利かす中、組幹部をインタビューしたことがある。背広の内ポケットから拳銃が見え隠れし、生きた心地がしなかったよ」と往年のマル暴担当記者は笑う。

 組幹部たちと親しくなり、たとえば、山口組の組織図を警察よりも早く入手することがマル暴担当記者の勲章にもなった。

 ところが、先に述べたように、90年代の暴力団対策強化によって彼らが「反社会的勢力」の枠に押し込められると、大手マスコミの記者の足は遠のくようになった。

 それでもまれに、彼らからの情報欲しさに接触を図ることがある。最近でも、対立する暴力団同士が報道の世界を舞台に激しいバトルを繰り広げた、こんなケースがあった。

 07年2月に完成した名古屋市の食肉市場の受注合戦をめぐり、関西の暴力団をバックに持つ同和系食肉業者Aに、地元名古屋の暴力団Bが挑むという裏社会の経済抗争が勃発している。この背後で、裏社会の勢力がマスコミにアプローチをかけていたのだ。

「市場建設の受注調整窓口になっていたのが、関西暴力団をバックにつけた食肉業者A。その縁で、関西系中堅ゼネコンに受注が決まりかけたときに"事件"は起きたんです」(地元記者)

 名古屋市役所やマスコミ各社に「食肉業者Aのグループ会社に関連工事が決まった」などと談合情報が相次いで寄せられ、マスコミの取材は過熱。入札手続きはやり直しとなって仕切り役の食肉業者Aのメンツはつぶされ、Aの息のかかった中堅ゼネコンと競っていた大手ゼネコンが工事の一部を請け負うことで、手打ちとなったのだ。

 地元記者は「あのときは、大手ゼネコンとゆかりの深い地元名古屋の暴力団組織の一味が、頻繁に談合情報を提供してきたんです。情報自体は公共性があり、価値あるものだから報道したんですが、結果としてみれば受注合戦に利用されたし、バックにいた関西と名古屋の両暴力団の代理戦争に加担したとも言える」と振り返る。

 暴力団の抗争といえば、06年に起きた九州最大の暴力団「道仁会」の分裂劇は多数の死者を出し、久々の大規模な抗争に発展したが、分かれた2つの組織はそれぞれ、相手の組織が山口組のどの組織と連携しているかという暴力団事情を暴露した怪文書をばらまき、取り締まる警察当局の目を相手側に向けるような工作を行った。もちろんそれらの情報はマスコミにも持ち込まれたが、中には、東京地検特捜部の内偵を受け、後に自殺したある大物議員と暴力団組織との不適切な関係にも触れるなど、マスコミが興味を持ちそうな手の込んだ文書もあった。

 裏社会が、拳銃を撃ち合った時代から、マスコミを利用して情報戦を仕掛ける時代に突入したというエポックメイキングな事件だった。

株価操作のためのガセ情報に踊らされ

 裏社会を構成するグループのひとつに「仕手筋」がある。株価操縦テクニックを駆使して巨額の資金を手に入れ、密接につながる暴力団サイドへと注ぎ込む、まさに裏社会の資金源だ。

 株価操縦にとって欠かせないのは、捏造した企業情報を世間に流して株式市場に影響を与えることで、大手マスコミがその情報を記事や広告として取り上げれば、効果は計り知れないものになる。04年、架空増資事件で摘発された大手自転車メーカー「丸石自転車(丸石サイクル)」はその一例だった。

 丸石自転車の八木芳雄元社長は、第三者増資を行った際、自社のカネなど11億円を迂回させ、いかにも投資家から巨額の資金が集まったかのように偽装し、架空増資(電磁的公正証書原本不実記録)の疑いで逮捕された。

 「丸石は経営難に陥っていたから、投資を集める当てはなかったんです。でも、介護ビジネスとかGPS事業への参入を次々とプレスリリースし、しかも資金の裏付けとなる『増資』とワンセットだったから、証券市場は本気で経営改善が見込まれると思い込み、低迷した丸石株は反転したんです」(市場関係者)

 当時、八木元社長と接触した大手マスコミの記者がこう振り返る。

「ホテルの一室に行くと、八木さんを囲むようにサングラスをかけた男たちが居並んでいました。彼らは、新規事業の書類を何通も見せ、『これ、記事になりませんか?』と説明を始めたんです。『株価のつり上げに使うつもりだな』と悟り、話半ばで引き揚げました。後に、八木さんらが逮捕されましたが、『あんな記事を書かされていたら、わが身も……』なんて背筋に冷たいものが流れましたよ」

 実際、フレームアップされた企業情報を日経新聞など大手メディアが取り上げ、後にでっち上げ事件となって大恥をかいた例もある。

「携帯電話にアダプターを取り付けるだけで定額かけ放題」をうたい文句に、ベンチャー企業「ジャパンメディアネットワーク(JMN)」が02年、IP携帯電話事業参入をぶち上げると、日経新聞を筆頭に複数のメディアが"夢のIP電話"などと取り上げた。すると、その親会社だった東証2部上場の土木工事会社で、倒産寸前といわれていた「大盛工業」の株価は、40円台から110円へと跳ね上がったのだ。

 ところが、その後、この事業はでっち上げと判明。07年、証券取引法の「風説の流布」容疑で、JMNを実質的に動かしていた金融ブローカーが逮捕された。東京地検特捜部によると、大盛工業株の売り買いによってブローカーが得た利益は数億円。彼は、裏社会ともつながりの深い人物だったのだ。

 このように、マスコミ側が意図せずに、裏社会と接点を持ち、彼らの片棒を担いでしまうケースもある。いちばん恐ろしいのは、裏社会が"第四の権力"を巧みに動かすことで、彼らの目に見えぬ力が増大することといえよう。
(由利太郎)

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