高齢者の検挙者が急増のなぜ "万引大国ニッポン"が抱える病巣

──日本は万引天国だ。総被害額は明らかになっていないが、書店業で 年間190億円以上、ドラッグストア業で同300億円以上の被害が出ているとみられる。今年は400億円近い被害が出るだろうと大騒ぎされている「振り込め詐欺」よりも、甚大な被害を及ぼしているのだ。しかも、検挙者数でみると、高齢者による万引が急増。一方で、相対的には目立たなくなっているものの、青少年による犯行も大胆かつ巧妙になっているという。当世万引事情を追った──。

 11月に公表された「08年犯罪白書」では、65歳以上の高齢者による犯罪の増加が大きな傾向として浮かび上がった。高齢者の犯罪は、この20年間で5倍に急増。このうち、万引などの窃盗が、約65%を占めるという。特に万引は、かつては少年(未成年の男女)による犯行の比率が半分以上を占めていたため「少年型犯罪」といわれたものだが、今や「高齢者型犯罪」にすっかり様変わりしている。約10年前から少年による万引の検挙数は低減しており、昨年は万引で検挙された約10万2500人の検挙者のうち、約28%にとどまった。

 対照的に高齢者の万引は増える一方で、高齢者10万人当たり97人が検挙されており、この20年で約3倍となった。万引での検挙者の約22%は高齢者が占めている。

 NPO法人・全国万引犯罪防止機構(以下、万防機構/理事長・河上和雄元最高検公判部長)の福井昂理事・事務局長は高齢者の万引について、「その多くが、現在の生活に困っているから行っているのではありません。『将来が不安だから、今はお金を使いたくない』という強い思いが万引に走らせているのです。さらに政治、経済をはじめ、あらゆる面でストレスを感じ、イライラしていることも背景にあります」と指摘する。

 そんな、ストレスが増大する高齢者に追い打ちをかけるのが、今年4月から施行された「後期高齢者医療制度」の導入だろう。75歳以上の人たちに対する保険料の徴収が厳格化され、未払いへのペナルティも厳しくなったこの制度は、高齢者の不安をかきたて、万引などの犯罪をますます増加させるとの見方が強い。

 この制度について、ある消費者団体の幹部は「『年寄りは早く死ね。死にたくなければ万引してでも生きろ』と言わんばかりのニッポン社会を象徴している極悪非道の仕打ちといっていい」と言い捨てた。現在の65歳以上の人たちは、高度経済成長期に先頭を走った、いわゆる「エコノミックアニマル」。戦後の復興期から高度成長期、バブルとその崩壊も経験し、世の中の仕組みを熟知し、政治家は平気で嘘をつき、マスコミもそれを平気で垂れ流すというご時世にうんざりしているといっていい。

 福井理事は「万引は小売店の対策だけでは防げません。地域社会が一体となって防がなければなりません」と強調する。そのため、民間レベルでは、高齢者を孤独から解放し、社会との交流の場を用意するような対応も重要になってくる。さらにそれ以上に重要なのが、政府による、高齢者の社会福祉に対する不安解消だ。高齢者の万引増加は、高齢化社会に対応しきれていない、日本の歪みから生まれているともいえるだろう。

大胆かつ巧妙になる少年による万引

 もちろん、万引は高齢者だけの問題ではない。少年犯罪の中でも、変わらず大きな位置を占める。検挙者数に占める比率は減ったとはいえ、少年による万引はこれまでのような単独犯行ではなく組織的になり、さらには巧妙、大胆になっている。高齢者の検挙比率が高まったのは、逃げ切る少年が増えたとの見方もあるのだ。

 たとえば、少年たちは、具体的には警備員を引き付けるおとり役、見張り役、そして盗品を受け取る運び役など、それぞれの役割をあらかじめ決めておいて万引する。万引する量も半端ではなくなった。たとえば漫画本などをバッグに一度に10〜20冊まとめて詰め込み、それを古書店に売却して換金する。大人顔負けの計画的犯行である。

 万防機構は、「万引に関する全国青少年意識調査」を今年6月に発表している。この調査結果によると、小学校5年生の9割が、万引とはどういう行為か知っており、3%は「やってはいけないが、大きな問題ではない」、0・3%が「よくあること。たいした問題ではない」という認識を持っている。さらに10%は「万引するように誘われた経験」を持っているというのだ。万防機構では「(万引を肯定している)少年や児童に対する、万引防止早期教育の重要性が強調される」と指摘。「万引をさせないことを、家庭で徹底して教えることが大切」(福井理事)と「しつけ」の大切さを強調している。

 万引は、不況が続く中、小売業にとっては重大問題だ。1回の万引が少額であろうと、その蓄積がいかに小売店の経営を危機に陥れているかという深刻さを万引犯たちは考えていない。なかでも書店における万引は、業界全体の死活問題になっている。万引による損害率が、利益率を超えているのだ。

 昨年の書店の万引被害について万防機構調査研究委員会の調査報告によると、書店ルートの書籍販売額は1兆3702億円だが、万引被害は192億円以上に上る。日本には書店が約1万5000店あり、全国の書店のロス率(売上高に占めるロス(欠減)額の割合)は1・91%、261億円とのことで、そのうちの73%が万引によるものだ。ちなみの書店の売上高対営業利益率は、平均1・2%しかない。

 調査委では「これまでロスのうち、万引ロスの割合は『多い』『半分以上』といった印象情報でしか語れませんでしたが、今回初めて7割以上という数値が求められました。さらに万引ロスのうち、『換金目的』の割合が70・62%で、136億円に上るのです」という。近年、売り上げが右肩下がりの書店業にとっては、泣きっ面に蜂の状況である。

 また小売業135兆円の売り上げのうち、14兆円を占めるスーパーや量販店を中心としたチェーンストアの団体「日本チェーンストア協会」も、ここにきて、本格的に対策を講じ始めている。協会関係者によると「この業界は、長年の間『万引問題を考えるということは、お客様を疑うことだ』という考え方が支配し、被害額が甚大だった百貨店業界に比べて、腰の引けた対応しかとれてこなかった」という。しかし、そんな悠長な姿勢でいられる事態ではなくなった。

 ここでいう対策とは、万引を防止するための従業員の行動教育、店舗環境の整備、万引をさせないための啓発活動などを指す。万防機構の調査によると、実際に行われている万引防止策では、店員からの「声がけ」が89・3%。「お客が店に入ってきた瞬間に『いらっしゃいませ』などと声をかけることが大事。万引するため入ってきた人が声を掛けられると、万引する気はなくなるものです」とコンビニ関係者は語り、万防機構も実際に効果があると指摘している。次いで、「商品の陳列棚を変える」(51・1%)、「警備員の配置」(43 ・9%)、「万引防犯装置」(36・4%)、「棚卸しなどでロスを頻繁に確認」(22・9%)、「店内放送で万引犯に注意を促す」(17・2%)などの対策が実施されている。

 繰り返しになるが、こうした水際の対策だけではなく、人々を万引という犯罪に走らせてしまう社会的構造自体も見直されなければならない。将来への不安から万引に走る高齢者には、福祉の観点からきめ細かいケアが急務だし、ゲーム感覚で万引に走る少年に対しては、幼少の頃からしつけと教育が重要だ。万引の誘因は多種多様だが、いずれにせよ、「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」という刑罰が科せられ、自身の人生を狂わせかねない重大犯罪であるという認識を植え付けなければならない。

 前出の福井理事は「万引は、小売店の経営を圧迫する経済問題だけにとどまらず、青少年の健全な育成を阻害したり、地域の治安を低下させたりする問題でもありますから、万引防止には社会全体で取り組んでいくことが最も大事です」と強調する。

 また、ある小売業者は「小売店側も、危機管理をしないまま商品を陳列して、客側に『簡単に万引できるのではないか』と思わせ、万引を誘発してしまっている面もある。外国人による万引が増えているのも、海外に比べて、商品管理が甘いからかもしれない。自己に厳しい見方かもしれないが、それくらいの責任感を持たないといけないのかもしれない」と語る。

 人々を万引に走らせる数々の問題こそ、万引対策としてだけでなく、社会の健全化のためにメスを入れることが必要な日本の病巣といえるのだろう。

(文/舘澤貢次)

今すぐ会員登録はこちらから

人気記事ランキング

2024.4.27 UP DATE

無料記事

もっと読む