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『クロサカタツヤのネオ・ビジネス・マイニング』第42回

【クロサカタツヤ×力武健次】エンジニアを使い捨てにする日本は、すでにAI後進国という現実

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通信・放送、そしてIT業界で活躍する気鋭のコンサルタントが失われたマス・マーケットを探索し、新しいビジネスプランをご提案!

【クロサカタツヤ×力武健次】エンジニアを使い捨てにする日本は、すでにAI後進国という現実の画像1
IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果〈給与・報酬に対する満足度〉出典:2016年6月10日 経済産業省

ITが生活の中で浸透し、いよいよAI時代に入ろうとしている昨今。しかし、日本国内ではこれだけITがインフラ化しているにもかかわらず、そうした技術への一般的な知識も乏しく、法整備さえままならない状態だ。その証拠として、エンジニアの地位の低さが挙げられているが……。日本のインターネット黎明期から、ソフトウェア・エンジニアとして活躍していた技術士、力武健次さんにお話を聞いた。

クロサカ 力武さんは、インターネットの黎明期からネットワークやセキュリティ、さらにはプログラミング言語の構造にも明るい凄腕エンジニアとして、企業や研究機関、大学などさまざまなフィールドで活躍されてきた大先輩です。僕はAIに関する仕事をするようになってから、技術が社会に与える影響と、そこでエンジニアが果たすべき役割について、より深く考えるようになりました。まず力武さんはエンジニアの現状をどうお考えですか?

力武 エンジニアにもいろいろありますが、ソフトウェア・エンジニアって、どちらかというとアーティストに近いんですよ。要するに、自分が作りたいものを結構自由に作ることができるんです。同じエンジニアと呼ばれる人でも、建設業では法律が厳しく、それに反するものは作れません。他の業種でも規制はあって、それらと比べるとソフトウェアは緩いんですね。

クロサカ 確かにソフトウェアそのものを規制する法律って、少ないですよね。

力武 これまでは緩いほうがよいという価値観が強くて、規制に反対する人が多かった。だけど、先日WannaCry【1】というランサムウェア【2】が世界中で猛威を振るったように、ソフトウェアによって引き起こされる影響がとてつもなく大きくなった。だから、これからソフトに関する規制は厳しくなっていくでしょう。

クロサカ IT業界では、法律ギリギリのところを突いたサービスが急成長することがあります。だから、プライバシーやセキュリティはようやく「対応せざるを得ないか」という気分になっても、さらにその先の倫理となると理解どころか笑われてしまう。

力武 私は技術士【3】という国家資格を頂いているのですが、技術士法には義務として「公共の安全、環境の保全その他の公益を害することのないよう努めなければならない」とあります。罰則規定はないですが、今のソフトウェアエンジニアが、どのくらい公益に寄与しているかというと、失礼な言い方になるかもしれませんが、疑問符がつく人はいる。

クロサカ エンジニアではない人間が、技術的なことについて、否定するのは難しいことを利用して、自らを正当化したり、自分たちに利益誘導したりする人も、たまにいますね。合理的な経済主体が利益を追求するのは当たり前ですが、行きすぎると社会全体にとって不幸です。

力武 例えば投資家だったら、投資先との関係など自分の立場を明らかにして発言しますよね。エンジニアもそれと同じことが求められる。

クロサカ 仮にエンジニアが「オレたちが作らなかったら、おまえら何も使えないぞ」ということをユーザーに突きつけるようでは、それは横暴な権力者に過ぎないですよね。そう言われたら、ユーザーも「じゃあ使わなくていいよ」という気持ちになりかねない。そういう不幸な対立がちらほら起きているような気がします。

力武 私が大学の研究職を辞めた理由のひとつがそれです。福島第1原発の事故後、多くの人が学者に対して、学者であるという理由だけで罵声を浴びせた。鬱積していたものもあるのでしょうが、それを目の当たりにして、嫌になった。そして、同じことがソフトウェア・エンジニアに対して起こらないとは、まったく言えないですよ。

クロサカ スマホが使えない私の両親でさえ、世の中からITがなくなったら生きていけません。ソフトウェア・エンジニアの社会的責任は、もう逃れられないはず。

力武 09年の電子化で紙の株券がなくなった【4】時に、どれだけの高齢者が怒ったか。私も家族に10回くらい説明してやっと納得してもらった。ITは、それまで目の前にあったものの形を変えて、見えなくしてしまうことがある。そして、それを認識できない人もいますが、彼らにはなんの罪もないんですよ。背後の仕組みを理解するのは、とても難しいのですから。

クロサカ AIの時代には、ユーザー自身も積極的にデジタルの世界に飛び込んで、自らの身を委ねていかないと、AIが育たない。我々がどのくらいITを使えるのかと、AIがどのくらい社会に普及していくのかは、正の相関がある。ヘタをすると、ITを使えない日本はAIから無視され、雇用を脅かされるといった脅威さえ起きることのない、前時代的な社会になってしまう。

力武 日本語という時点でアウトです。アメリカでアマゾンのアレクサ【5】を使ったんですが、英国出身者の「英語」より、私が話す「米語」の方が、認識率がよかった。同じ英語ですらこういう差があるのですから、日本なんて追いつかない。もちろん、だから日本の公用語を英語にしろ、ということではありません。ITに対する姿勢が今のままだったら、世界から置いていかれるのは仕方がない、ということです。本当にそれでいいのでしょうか。

クロサカ もっと深刻なのは、「日本が置いていかれてもいいのか?」という問いさえも理解できていない状況かもしれないということです。

力武 その懸念はあります。いまだに日本は先進国だと思っていて、バブル崩壊後に若干毀損したかもしれないけれど、まだまだイケてると思っている。でも、それは間違い。

クロサカ エンジニアリングの現場に立ってみれば、今からAIで海外に追いつくのは、正直かなり厳しいです。それでも私たちは技術を理解し、エンジニアに頑張ってもらわないといけない。そのためには、エンジニアがもっと責任を感じるのと同時に、リスペクトされるようにしないと。たぶんみんな辞めちゃいますよ。

力武 普通に、人として扱ってもらえたらいいんですよ。でも、今はそうじゃない。

クロサカ つまり、エンジニアが頑張っているから、社会はこれだけ円滑に豊かに回る。それを皆が理解することじゃないですか?。

力武 もうひとつ、エンジニアの収入が低い【6】というのは、日本の構造上の問題です。物価も違うので、何もアメリカと同じにしろとは言いませんが、これだけコンピュータ産業に頼っているのに、経営者の認識があまりに低い。これには、日本の雇用に関する諸制度の問題もあって、単にエンジニアの処遇というだけでなく、そもそもの働き方の問題でもあるのですが。

クロサカ 経営者が兼業やリモートワークを嫌いがちなのも含めて、かなり多くの部分の問題が、日本型雇用の特徴である「メンバーシップ制」【7】に集約される。

力武 ジョブアサインメントではなく、メンバーシップとしての会社なんですよね。

クロサカ メンバーシップ制が日本のIT導入を阻害する要因だということを、慶應大学商学部の山本勲教授が、労働経済学の観点から指摘しています。AIの普及がIT利用を入り口にするのが当然だと考えると、十分にITを使いこなしていない日本企業に属する労働者は、アメリカ以上に失業するかもしれない。だからこそAIは技術だけでなく、制度やシステムと一緒に考える必要があるわけです。でも現実は、技術と社会の仕組みだけでなく、エンジニアとそれ以外の人も乖離していますよね。そのギャップを埋めるには、どうしたらいいでしょうか。

力武 まず経営者は、ネクタイを外してスーツを脱いでほしい。それに、一律で朝9時始業もやめてほしい。冗談ではなくて、これは広義のダイバーシティの話です。どうしても話があわない人や、ライフスタイルが違う人がいる。でも、そういう人たちとも一緒に仕事をしなければいけない。どっちが悪いわけじゃない。譲れないところを尊重しつつ、仕事だけは協力してやるために必要な考え方です。

クロサカ ダイバーシティのことになると、これまた日本はつらい……。

力武 実は、エンジニアの世界でも衝突が起きています。ひとつは男女の対立です。スーツを着ないことが自分たちの価値観と言っていた男性エンジニアが、女性に対して「女性らしい服装をしろ」とダブルスタンダードな要求をする。結局、私が独立した最大の理由は、働き方において日本の社会で通常とされてきた規範から外れていたので、自分で選ばざるを得なかったというのがあります。でも、それは特別なことじゃないと、最近わかりました。特にアメリカの女性エンジニアを見ていると、世の中にそういうことを考えている人が増えてきているんだと。

クロサカ すごくわかります。僕が独立したのも、端的に「どこにもはまらない」という感じがしたからです。それで10年たちますが、意外となんとかなるんですよね。それは、もっと大きな声で言ってもいいのかもしれない。あと、目の前の利益に流されて「やっぱり明日からネクタイします」っていうのは止めたほうがいい。

力武 いろいろなポイントのうち、どこを守るかだと思います。全部は守れないから。私も自分がやりたい仕事だけじゃ生きていけないですから、お話が来ればなんでもやっています。でも、これはできないというところはあります。一番は通勤かな。ホント、根性ないから(笑)。

─対談を終えて─

 かつては気ままに遊んでいたのに、いつの間にか責任を負うことを求められるようになった――それは、ソフトウェア・エンジニアリングに限った話ではありません。

 例えば、テレビ放送がそうでしょう。テレビもはじめからテレビとして君臨していたわけではなく、新聞やラジオ、あるいは映画から生まれてきた、いわば未熟児のような存在でした。

 しかし、重大ニュースや自然災害が発生した時、私たちが真っ先に飛びつくのは、テレビです。そう思えば、少なくとも今日のマスメディアの中で、社会的影響力がもっとも大きい。

 そのテレビが、近年苦しんでいます。情報メディアとして比較すると、人間の生死にかかわるようなトラブルさえ笑い飛ばす、呆れるほど奔放なネットに対し、あまりに堅苦しい。

 一方、42歳の筆者は、かつてテレビっ子だったこともあり、テレビが自由を謳歌していた時代を、記憶しています。深夜になれば成人映画も流れていたし、猟奇的なドラマが四六時中放映されていた。そういうテレビを見て、当時のように戻るべきかと問われると、そうは思いません。すでにネットがそうした自由を満たしているし、その真似をテレビがするのは白々しい。他方、テレビの社会的責任は高まっていて、今後もそれをまっとうすべきでしょう。

 ネットに活躍の場を得てきたソフトウェア・エンジニアにも、おそらくそれに似た、苦しい状況なのかもしれません。ネットが社会インフラに近づくのであれば、それを支えるエンジニアにも社会を支える存在としての責任感が、自ずと求められるはずです。

 では、そうした今日の厳しい現実を、ソフトウェア・エンジニアは自ら「成長痛」として受け入れなければならないのか? 仮にそうだとして、彼らにそれを受け入れてもらうための条件として、社会から十分「尊敬」を得て、その存在やスタイルを尊重されているか?

 力武さんのこうした問題提起に、日本社会はまだ結論を得ていません。しかし今ITを生活に取り込まないと、その先の人工知能までたどり着かない。その結果、日本は没落していく。

 だからこそ私たちは、ソフトウェア・エンジニアをもっと尊重し、彼らの手を借りて、私たちのデジタル化を、今こそ進めなければならない。対談を通じて、そんな当たり前のような、しかし深刻な事実に、直面した気がしました。

力武健次(りきたけ・けんじ)
技術士(情報工学部門)。大阪大学博士(情報科学)。1990年よりインターネットの技術開発に携わる。2005年の博士号取得後、情報通信研究機構や京都大学などで情報セキュリティの研究開発に従事した後、14年に力武健次技術士事務所を開設。

クロサカタツヤ
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。クロサカタツヤ事務所代表。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや国内外の政策プロジェクトに従事。07年に独立。「日経コミュニケーション」(日経BP社)、「ダイヤモンド・オンライン」(ダイヤモンド社)などでコラム連載中。

【1】WannaCry
2017年5月上旬に世界的に猛威を振るったランサムウェア。ニュースなどで大きく取り上げられ、国内でも日立などが被害に遭った。作成者は不明だが、感染手法を見て、米国家安全保障局から漏えいしたものだと判明している。

【2】ランサムウェア
悪意を持って作られたソフトウェア。パソコンに侵入するとハードディスクに保存されているデータを勝手に暗号化して読めなくすることで「人質」にし、「身代金(ランサム)」を要求する。たとえ金銭を支払っても暗号化が解除される保証はない。

【3】技術士
1957年に制定された、科学技術に関する高度で専門的応用能力を備え、計画や指揮、指導といったコンサルティング業務ができる技術者を認定する国家資格。コンピュータ(情報工学)以外に機械、電気電子、化学、建設など21分野に設けられている。

【4】電子化で紙の株券がなくなった
従来はすべて紙に印刷された株券が、社債株式等振替法によって09年から上場企業の株式はすべて証券会社等の口座に登録する方式で電子化された。電子化手続きを行わないまま自宅などで株券を保管し続けた結果、株主としての権利を失ったケースもある。

【5】アマゾンのアレクサ
アマゾンが米国で発売したスマートスピーカー「Echo」に搭載されたAIの名称。iPhoneのSiriやWindowsのコルタナと似ているが、呼びかけるだけでアマゾンで買い物できる他、他社が新機能を開発・追加でき、家電の音声操作などもできることから人気を博し、米国内で1000万台近く売れている。

【6】エンジニアの年収が低い
会社員の場合、米国では職種別の平均給与はソフトウェアエンジニアがもっとも高いのに対し、日本では企画・管理系がもっとも高い。ただし、デフレによって日本全体での平均給与が抑えられたため、職種間の差よりも日米間の差の方が大きい。

【7】メンバーシップ制
日本的な雇用慣行を指す言葉で、米国のように仕事内容が明確に定義された契約と捉えるのではなく、会社という共同体のメンバーになることと考える、終身雇用制度を前提にした雇用のあり方。

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