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トラウマ漫画『宮本から君へ』復刊!

「醜悪な社会だからこそ美しいものを」 怒れる漫画家・新井英樹が見る現代

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──戦慄の大量殺戮漫画『ザ・ワールド・イズ・マイン』、農村のフィリピン人嫁問題を描いた『愛しのアイリーン』など、数多くの話題作、問題作を発表し続けている新井英樹。長く絶版になっていた記念すべき彼の初連載作品『宮本から君へ』が太田出版より復刊されることになった。そこで、同作連載時(90年代前半)と今との時代性の比較から、影響を受けた映画作品、そして創作の原点となった高校時代に体験したある出来事まで、じっくりと語ってもらった。

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新井英樹氏。(撮影/尾藤能暢)

 1991年から94年まで「モーニング」(講談社)で連載された、『宮本から君へ』(以下、『宮本』)。不器用で熱い生きざまを前面に押し出し、「大人の世界」で生きていくことがヘタなサラリーマン・宮本浩を描いた作品だが、彼のウザいキャラクターや波乱のストーリー展開などで、轟然たる反響を巻き起こしたことでも知られている。たとえば、「マルコ・ポーロ」(文藝春秋)などの当時の雑誌で、「『宮本』はなぜ嫌われるのか?」といった特集まで組まれているほどである。"バブル期の日本で最も嫌われたマンガ"(帯コピーより)の作者は今、何を考えているのだろうか。

──まず、『宮本』の復刊に際してのお気持ちは?

新井 この作品は、僕の漫画家としての立ち位置の根っこになっているんです。いきなり"読者に嫌われる漫画"というレッテルを貼られてしまったから、描いているときは読者に対する怒りがすごかった。それでも、こうして本を出してもらったりすると、多少はそのときの怒りが浄化されるような感じがします。そういう意味では本当にうれしいです。

──連載当時から否定的な反応が多かったようですね。

新井 「(宮本が)暑苦しい」「うっとうしい」とはよく言われました。読者の批判がいちばん表面的になったのは、ヒロインの中野靖子が真淵拓馬(宮本の取引先の部長の息子でラグビー日本代表)にレイプされた回。このときは編集部への抗議がすごかった。でも、宮本と拓馬がケンカするエピソードで宮本が形勢逆転する回になったら、いきなり読者アンケートの順位が上がったんです。なんだ、文句言ってる割には、みんな読んでくれてるじゃん、と(笑)。

──ところで、連載当時と今の若者を取り巻く状況を比較してみると、どのように映りますか?

新井 実は今回、復刊を進めているときにも、「今の状況で、『宮本』がどれだけの人に届くんだろう?」という話はあったんです。

──仕事に対する考え方も、当時と今では違いますしね。

新井 宮本は、一生懸命仕事をしているんだけど、会社に対して忠誠心があるわけではない。自分探しをしているとでもいうのか、仕事にアイデンティティを見つけようとしているだけで。

──『宮本』とは表現の仕方がまったく違うと思うのですが、今の若者も「自分探し」にハマッて抜け出せない部分はあると思います。

新井 今の時代は「自分探し」といっても、何もせずに自分の中に埋蔵金みたいなものが眠っていると信じているだけですよ。たとえば、本を読むだけでステップアップできると信じて、面倒なことは何もしなかったり。そんな感じがやたらするんですよ!

──まったく同感です(笑)。

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復刊版『定本 宮本から君へ』。発行/太田出版 価格/1554円(税込)

新井 とことん否定されて、自分が何者でもないところまで追い詰められたりしないでしょう。自己肯定してくれるものばかり探しているような感じがします。

──『宮本』は自己肯定どころか、連戦連敗ですからね(笑)。

新井 ですから、この作品の受け止められ方としては、「宮本のことがイヤなのに思わず感情移入してしまっている」というのが、作者としては一番うれしいですね。

──ところで、新井さんの作品は、どういったものに影響を受けているんでしょうか?

新井 映画の影響が大きいですね。亡くなった親父が映画好きで、小学校低学年の頃から映画館によく連れて行ってもらってましたね。『タクシードライバー』『レイジング・ブル』といったアメリカンニューシネマが好きですね。ただ、昨今の映画界に対する怒りは年々強くなっています。

 ポール・ニューマンが主演した『暴力脱獄』【※1】というメチャクチャ面白い映画があるんですけど、それをネットでけなしている若い子がいたんです。「主人公がどうして反抗するのかがわからない」って。もう大前提が理解されていないんですよ! 何かに反抗することって、つまり自由がテーマの物語じゃないですか。「もう今は自由の意味すらわからなくなってるのか?」と暗澹たる気持ちになりました。どうすれば、それを元に戻すことができるのか。それが今、創作のモチベーションとなっている部分があります。

創作における基準は美しいか美しくないか

──北野武監督の映画もお好きだと聞いています。

新井 初期の作品は全部好きですね。『キッズ・リターン』【※2】のような物語を、もっと多くの若い世代に観てほしいですね。どれだけ努力しても必ず何かを勝ち得るわけではない、ということを教育として示しておきたい(笑)。

『宮本』の前に『八月の光』(『「八月の光」「ひな」その他の短編』/ビームコミックスに所収)というラグビーの漫画を描いているんです。僕も高校の頃にラグビーをやっていたんですけど、ある大会の予選で、これに勝ったらベスト8だ、という試合があったんですが、僅差で負けてしまった。試合の後、みんな泣き出したんですけど、僕は醒めていて「ここで負けたら、今までのこと全部ムダじゃん」って思っていた。「今までの苦しい練習も全部ゼロになったんだ、ゼロになるために今までやってきたんだ」と思ったら......すごく心地よくなっちゃって(笑)。

──「いい経験になった」とか、そういうことでもなく?

新井 そう。ゼロって心地いいんですよ。宮本はいろんなところでぶつかって転んで傷ついたりしますが、それが宮本の成長物語になってしまうことは避けようと思っていました。それが僕の原体験ですね。自分が思い描いている理想は実現されないこともある、と。

──『宮本』では、会社の人間関係も濃密ですよね。

新井 そういう時代まで戻したいと思っていても、戻ることはないんだろうな、という確信があります。たとえば『祭りの準備』【※3】という映画で描かれている人間関係って濃くて抜群に面白いんですよ。でも、実際に自分があの中にいたらキツくてイヤだし、あんなふうに世の中が戻るかというと、それもないでしょう。でも、近いものは欲しいんですよ。

──『愛しのアイリーン』(小学館/現在は絶版)で描かれている農村地帯の人間関係は非常に重苦しいものがあります。

新井 さきほどの話にも通じますが、『暴力脱獄』を観て"反抗"の意味がわからないってことは、今の若い人たちは、社会からの抑圧がないと思っているのかもしれない。でもそれは、陰謀論みたいになっちゃいますけど、「抑圧なんてものはない」と思い込まされているだけなんですよ。「現状でいい」という認識は、人間としての基本的な感覚が磨かれていない。

──『ザ・ワールド・イズ・マイン』(小学館版は絶版/エンターブレインより『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』として復刊)の中で、首相のユリカンという人物が「戦後民主主義社会の中で拡大解釈されすぎた自由・理想といった幻想は我々大人によって壊さねばならない時が来ています」と語っています。これは新井さんに近い気持ちだと思うのですが。

新井 そうですね。ユリカンのことを作品の中で「夢見るリアリスト」と表現したんですけど、つまりはロマンチストなんですよ。できれば、現状を変えたいと僕も考えています。少しでも「今の社会状況は違うだろ!」と思う人が増えてほしいですよ。大宣伝されているものにみんなが飛びついたとき、いいことが起こったためしがありますか? だから、オバマに熱狂している人たちなんて、気持ち悪くてしょうがない(笑)。

──現状に対する怒りが、新井さんの創作の原動力となっているんですね。

新井 僕は自分のことを理想や夢見ていたりする、ロマンチストだと思っているんです。だからこそ、「汚いものだったり人をだますものが許せない」という気持ちが強くなる。どの漫画を描いていてもそうだけど、美しいか美しくないかが最大の基準。今、美しいものって、そうそう見られないじゃないですか。『宮本』や『アイリーン』を描いているときは、何もかも否定しようとしていました。でも否定しきれないものがあったらそれを信じよう、それが美しいものなんだ、と。それが今の若い人たちに届くといいと思っています。

(構成/大山くまお)

【※1】捕まっても捕まっても脱獄を繰り返し権力に反抗した男の生きざまを描写した傑作。

【※2】高知で、青年が地縁・血縁のしがらみの中でもがき苦しみながらも成長する人間ドラマ。

【※3】ボクシングと極道、2人の高校生が進んだ道の挑戦と挫折を描いた青春映画。

新井英樹(あらい・ひでき)
1963年、神奈川県生まれ。89年に「八月の光」でデビュー。92年、『宮本から君へ』で第38回小学館漫画賞受賞。代表作に『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』(エンターブレイン)、などがある。現在、『キーチvs』を「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で連載中。


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