元サッカー日本代表監督・岡田武史氏は、なぜか今、過疎化に直面する愛媛県今治市で、高校生の教育に力を入れているという。革新的な教育方針には地元でも逆風があり、初年度の募集は苦戦。だが、2010年のW杯で批判的な人々を「手のひら返し」させた岡田氏のマネジメント力は折り紙付きだ。期待せずにいられない岡田氏の教育改革の実像に教育ジャーナリストの後藤健夫が迫った。
岡田武史(おかだ・たけし)
1956年大阪府生まれ。学校法人今治明徳学園 FC今治高等学校 里山校学園長、株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長。早稲田大学政治経済学部卒業後、古河電気工業サッカー部(現ジェフユナイテッド市原・千葉) に入団し、日本代表に選出。1990年に現役引退後、日本代表コーチなどを経て、1997年に日本代表監督に就任。W杯フランス大会に出場。2007年に2度目の日本代表監督に就任し、W杯南アフリカ大会ではベスト16に導いた。2014年、FC今治のオーナーに就任。2019年には日本サッカー殿堂入りを果たした。2024年4月開校のFC今治高等学校学園長に就任。
「ジョホールバルの歓喜」から28年。かつて日本中を熱狂させ、W杯ベスト16という景色を国民に見せた名将・岡田武史は今、ピッチではなく愛媛県今治市の「教室」に立っている。
彼が2024年に学園長としてゼロから立ち上げた「FC今治高等学校 里山校(以下、FCI里山校)」は、開校から1年半が経過した。だが、これは単なる著名人の余生における社会貢献などではない。
「社会が変わっているのに、なぜ教育は旧態依然なのか。これまでとは違う、新しいリーダーシップが必要だ」
AIが一般化し、正解がひとつでなくなった現代。なぜ、サッカー界のレジェンドは「ど素人」と自認する教育の現場に飛び込んだのか。日本の危機への分析と、その勝算は?
──2014年11月、FC今治の運営会社に出資し、同チームのオーナーに就任。それまでの監督業から経営者になられた岡田さん。そこからさらに学校経営に関わるきっかけはなんだったのですか。
岡田武史(以下、岡田) 正直に言いますけど、僕は教育のプロじゃないんですよ。自分でも「ど素人」だと思っていましたから。今治市にある学校法人の方から「学校をやってくれないか」と頼まれた時も、最初は断るつもりだったんです。
きっかけは、スペインのサッカー指導者との会話でした。「スペインには16歳までに落とし込むサッカーの『型(原則)』がある。そしてそれを身につけたら、あとは自由にプレーするんだ」と聞いた時、ハッとしたんです。日本人は「型」にはめるのは得意だけど、そこから先の「自由な判断」をさせることができない。だったら、日本人が世界で勝つための原則を16歳までに叩き込んで、あとは自由に判断させる。
そんな育成ができれば、主体的にプレーする自立した選手が育つんじゃないか。そう思って最初はサッカーの育成組織をつくろうとしていたんです。それがいつの間にか、サッカーだけでなく「学校経営をやってくれ」と頼まれることになり、「新しい教育をやる覚悟があるなら引き受ける」とタンカを切ってしまった(笑)。
──勝算はあったのですか。
岡田 勝算はないです。ただ、そう伝えたのには理由があります。今の日本の学校教育を見ていると、「社会はこれだけ激しく変わっているのに、なんで教育だけはずっと一緒なんだ?」という違和感がどうしても拭えなかった。
AIが一般化して、過去のデータだけでは太刀打ちできない時代です。気候変動で、これまで通りの時期に作物が取れなくなる。ドバイで洪水が起きる。そんな「想定外」だらけの時代に、「正解」なんて誰も持っていないんですよ。それなのに、学校では相変わらず「正解を早く出す」ための訓練をやっている。既存の教育関係の人たちも、変えなきゃいけないとはわかっているのでしょうが、しがらみがあって踏み込めない。だったら、しがらみのない「ど素人」の僕だからこそ、踏み込める領域があるんじゃないか。そう思って飛び込んだんです。
──そんな正解がひとつでない時代に、どんな若者を育てることが求められているのでしょうか。
岡田 僕がこの学校で育てたいのは、これからの時代を生き抜く新しいリーダーです。僕はそれを「キャプテンシップを持ったリーダー」と呼んでいます。それは、「正解やロールモデルのない時代に、私欲のない自分の信念を持ち、メンバーに並走しながら各々の主体性を引き出し、チーム全員で共有した目的に向かって次の時代を切り開いていく力」を持ったリーダーです。
──以前までのリーダーとは、どう違うのですか。