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第1特集
OMSB『ALONE』インタビュー(後編)

「SIMI LABで『常識って何?』とか言ったけど……」“大衆”になったラッパーOMSBの苦悩と成長

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(写真/西村満、以下同)

“普通”とは何か? “大衆”とは何か? そんな一筋縄ではいかない普遍的な問いにさえ詩的に、軽妙に、彩り鮮やかなサウンドとともに向き合おうとする、素晴らしい国内のヒップホップ作品がある。ラッパー/ビートメイカー、OMSBの7年半ぶりのサード・アルバム『ALONE』だ。

OMSBは最初、約10年前に神奈川県相模原市を拠点とするSIMI LABというグループの中心人物として脚光を浴びた。そして、ソロ・アルバムも2枚発表、精力的に活動を展開したものの、その後の歩みは決して順風満帆ではなかった。このインタビューでは、そうした深い苦悩の経験とそれを乗り越えようとした魂の痕跡がいかに新作に刻まれたかが語られる。

『ALONE』で描かれるのはOMSBの個人の物語だが、働き、年齢を重ね、人と出会ったり別れたり、愛したり愛されたり、もしくは結婚したりしなかったりする中で多くの人々が経験する、無数の物語の集積でもある。そして、『ALONE』はカッコいいヒップホップ作品だ。前編では、悩みを抱えていた事実やヒップホップへの深い愛情を語ってくれたが、後編ではOMSBの素顔をさらに垣間見せてくれた。(取材・文/二木信)

【前編】「SIMI LABへの注目が薄れて自信がなくなった」ラッパーOMSBの“孤独”とヒップホップ的“祈り”

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OMSB『ALONE』(SUMMIT)。ジャケットのイラストは浅野忠信が描き下ろした。

サラリーマンみたいなこともやった

──ラッパー/BボーイのOMSBの一面を表現する一方で、特に「大衆」はプライベートの加藤ブランドン(OMSBの本名)の素顔を見せる、象徴的な1曲ですね。

OMSB(以下、O) (illicit)tsuboiさんからあのビートが家族旅行のときに届いたんです。で、みんなが寝静まってからひとりで外に出てビートを聴いた瞬間、「よっしゃあ!」ってテンションが上がって、翌朝の帰りの車の中で家族のことを歌おうって決めました。その旅行は、俺の義理の父ちゃんと母ちゃん、嫁さんと息子で行っていたんですけど、まさか自分がこういうシュチュエーションを経験するとはちょっと前までは予想もしていなかったなと。それだったら自分の子どもの頃を回想するリリックも書いて使ったら面白いなって考えて、いざ書き始めたらペンが進んだんですよ。しかも、デモ段階ですけど、ラップも一発で録れた。俺、やり直しなしでラップを一発で録れることなんてほぼないんです。

──そのときにすでに特別な曲になるという手ごたえがあった?

O そうですね。最後にtsuboiさんがエディットして完成したときに、ブチ上がりすぎて普通に泣いたっすね。

──この曲の「普通って何? 俺は俺で好きにやる」という歌詞は、SIMI LAB「UNCOMMON」のリリック「普通って何? 常識って何?/んなもんガソリンぶっかけ火付けちまえ」へのオマージュですよね。そこから、「見ないフリしていた/普通や常識の定義」「さあお前も今日から大衆だ」と続く。これは、個人的なとらえ方ですけど、もともと“大衆”という意識を持てなかったけど、自分は“大衆”であったという認識にたどり着く、オムス君の変化と成長が描かれているのではないかなと。

O 「俺は周りと違うんだ」って思って生きてきたけど、人種とか関係なく、子どもを持ったらオムツ替えが待っているし、寝かしつけることもしなくちゃいけない。なんでしょうね。子どもを持っていなくても大衆だったんですけど、子どもを持つことで俺って大衆だったんだなって気づいたのかもしれない。俺はまず見た目が違うから、人より「普通って何?」って気にしながら生きてきたと思うんですよ。なおかつ、SIMI LABのときに「常識って何?」とか言っていたけど、当時から道を外したことはしたくないなって思っていたし。

──前編では、SIMI LABで注目されて少し時間が経ってから自信を失ったという話もしていましたよね。普通じゃないクレイジーな人たちもたくさんいるヒップホップの世界で、どうやっていくかもいろいろ悩んだり考えたりしたのではないかなと。

O 俺はそういう意味でのクレイジーにはなれないし、ならなくていいし、俺なりのヒップホップがあるんじゃないかなってずっと考えてきましたね。でも、自分はどうすればいいのかがわからなかったのはありました。アメリカの不良の悪い感じのヒップホップで、カッコいいと思う曲も好きな曲もあるし、良さもわかる。でも、自分はそこにフォーカスしないやり方をずっと探してきたかもしれないですね。

──普通の仕事の比重が大きくなったときに、ラッパーじゃなくて、“普通の人”になっていくんじゃないかっていう焦りもありましたか?

O それはめちゃくちゃありましたね。ホテルの掃除をやっている時期があって、その後サラリーマンみたいなこともやったんです。別にツッパっていたつもりはなかったけど、俺には頭を下げる仕事は難しいと感じましたね。そうやって生きてこなかったし、実はけっこう外れていたんだなって気づいて、そういう意味で“大衆”じゃなくなった自分に直面した時期もあった。タイムカードとか定時とか、そういう決まり文句を聞くのさえ苦しかったし、職場の人とも話が合わなかったんですよ。「こういうときはこうするのは当たり前でしょ」とか「チャッチャとしなさい」とか言われるだけでもシンドかった。この人たちの考え方に何も共感できないって思っちゃって。しかも、この人たちは一体何におびえているんだろうって思うときもあったし、俺もその人らにおびえる、みたいな(笑)。

──はははは。笑えないけど、ちょっと笑っちゃいました。

O そういう社会の普通も受け入れないと生きていけないときが俺にもあったし、順応せざるを得なかった。『Think Good』(2015年発表のセカンド・アルバム)以降、そういう仕事をしてヨレたし、気づくこともありましたね。でも、それがすごい気持ち悪かったから、仕事はほぼほぼ辞めちゃいました。だからその分、音楽を頑張ったら、それが俺の普通になるのかなって。

──しかも、SUMMITの後輩も含め若手のラッパーが次々に出てくることにも、いろいろ考えさせられる年齢になってきていますよね。

O それは焦りですよね。若い人を見て、俺もそういうことをラップしたり言ったりしていたなって思っちゃう。俺自身が若い頃、年上や先輩が嫌いで、「イキったオトナ」とか謎のカテゴリーを勝手に敵に作っていましたね(笑)。そんな俺がおじさんくせぇこと考えているなって。当たり前だけど、時間が経つとこっちがおじさんや先輩になるんですよね。でも、そういう若いヤツらもカッケーなって思うし、前よりそう思える人や音楽が増えましたね。

──今、何歳ですか?

O 33歳ですね。

──でも、今回のアルバムに説教くささはないですよね。

O 説教は人にできなくなりましたね。前からしていたつもりはなかったですけど、外に向いていたものが内側に向いてきました。それは自信が一度なくなったのと関係していて、「人に言っている場合じゃないだろ!」って、自分の中で考えていることに集中するようになりましたね。

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