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田澤健一郎の「体育会系LGBTQ」【8】

スポーツ校で女子扱いされなかったレズビアン剣道部員の忍耐

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練習がハードな高校時代はなぜラクに思えたのか?

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(写真/佐藤将希)

「教師か警察官になりたかったので、教員免許を取得しやすい大学を選んだんです。教師は部活、警察官は訓練で、剣道に関わっていける道もありますから。それに高校がハードすぎたので(笑)、ガチガチではない大学がよかった」

何がなんでも上を目指すというよりも、剣道を楽しくできればいいというタイプだった香奈子にとって、進学した大学の剣道部は水が合った。一人暮らしを始め、コンパなど高校では縁がなかった遊びにも足を運べるようになる。すると、あることに気づいた。

「部活が緩いから、私と同じように強豪校から来た選手の中には大学デビューみたいな感じで、どんどんキラキラしていく女子が増えたんですよ」

そして、中学進学直後の、あの「合わせる」感じを再び強いられる場面が増えた。

「今、思えば高校時代の部活はめちゃくちゃしんどかったけど、わかりやすい女っぽさを求められなかったので、そこはラクだったんだなあ、と。体育コースって、良くも悪くも男女の垣根が低いんです。男子はクラスの女子を誰も女の子扱いしてくれませんからね(笑)。モテる男子、遊び好きの男子もいましたけど、彼女はほとんど他校の子だったし。体育コースの女子はバリバリのアスリートですから、男子から見たら同じ環境にいる同性に近い感覚だったんじゃないですかね」

剣道は楽しくできるが、別のストレスもあった大学時代。日本の体育会は、いまだマチズモ的価値観が色濃く、女子部であっても似た雰囲気が生まれることが少なくない。それがゲイのアスリートにとって苦痛になることもあると過去の取材で聞いたこともある。だが、Q寄りのレズビアンである香奈子にとっては、一線級の選手だったゆえに、凝り固まった女性像を押しつけられることから逃れられる場所になった。これが、「献身的」という言葉でマチズモ的価値観における従来的な女性像を求められる「女子マネ」だったら話は別だったのだろうが。「性の多様性」という観点では、なんとも考えさせられる話である。


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