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哲学者・萱野稔人の"超"哲学入門 第35回

【哲学入門】ヘーゲルの論じている、「国家を哲学的に考察する」とはどういうことかを考える

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(写真/永峰拓也)

『法の哲学』

ヘーゲル(藤野渉・赤沢正敏/訳)/中公クラシックス(01年)/1500円(Ⅰ・Ⅱ)+税
「理性的なものは現実的なものであり、現実的なものは理性的なものである。」という有名な言葉でも知られる大著。「法」「正義」「権利」など人間社会全般に通じる概念の本質を明らかにしようとする法・政治哲学の金字塔。

『法の哲学』より引用
そこで実際、本稿は、国家学をふくむかぎり、国家を一つのそれ自身のうちで理性的なものとして概念において把握し、かつあらわそうとするこころみよりほかのなにものでもないものとする。それは哲学的な著作として、あるべき国家を構想するなどという了見からは最も遠いものであらざるをえない。そのなかに存しうる教えは、国家がいかにあるべきかを国家に教えることをめざしているわけはなく、むしろ、国家という倫理的宇宙が、いかに認識されるべきかを教えることをめざしている。(中略)存在するところのものを概念において把握するのが、哲学の課題である。というのは、存在するところのものは理性だからである。

 ヘーゲルはドイツ観念論を代表する哲学者であり、カール・マルクスをはじめ、その後の哲学者や思想家に多大な影響をあたえた哲学者です。が、日本の現代思想の世界ではあまり人気がありません。

 その理由ですが、じつは私にもよくわかりません。ヘーゲルを批判する人は、日本の現代思想の世界にはたくさんいます。しかし、そのヘーゲル批判を読んでみても、ヘーゲルの哲学のどの部分がなぜ批判されるべきなのか、なかなか具体的にみえてこないんですね。ほとんどのヘーゲル批判は、「ヘーゲルの考えはこういうものだろう」というぼんやりした想定のもと、「だったらヘーゲルは正しくない」という決めつけ(ないしは思い込み)によってなりたっています。もしかしたら、ヘーゲルを批判している人たちは、ドゥルーズやデリダといった現代思想のビッグネームが少々批判的にヘーゲルに言及したところなどを真に受けて、また周りの人たちもみんなヘーゲルを批判しているからそれに同調して、本当はよくわからないままヘーゲルを批判しているだけなのかもしれません。

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