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サイゾー×プラネッツ『月刊カルチャー時評』VOL.28

『GODZILLA/ゴジラ』ゴジラを完全に「神」として描く勇気──日本特撮映画界が持てなかったもの

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批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]× 切通理作[批評家] 

 この夏、98年以来となるハリウッド版『ゴジラ』が日本でも公開された。渡辺謙の出演や国内テレビ番組での宣伝も話題を呼んだ本作は、はたして怪獣映画のアップデートとなることができたのか?

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ゴジラ(角川文庫)

切通 今回の『GODZILLA』、面白かったです。本作では、人間の目線の切り取り方がメインになっていて、ずっとゴジラが小出しにされているんですよね。従来の怪獣映画だと、出現の予兆は尻尾だけ映したりして小出しにするけれど、一度登場してしまうとあとはひたすら前面に映され続けていました。それが今回は、ゴジラは登場した後も霧の向こうやビルの陰にいて、少しずつしか見せない。一番すごいと思ったのは、ハワイでゴジラとムートー【1】が戦い始めたら場面が変わって、アメリカ本土の主人公の家庭で奥さんが子どもに「テレビを消しなさい」なんて言ってるのが映されるところ。今はCGでどんな場面も作れてしまいますよね。だからはっきり言って、ゴジラとムートーの戦いをずっとやっていても飽きてしまう。それが本作では、2者が戦い始めて「おっ」と思っている間に画面が変わって、それからまた、建物や空の隙間から戦いが垣間見える、という繰り返しにすることで解消されている。そうしたON/OFFの効いた見せ方は新鮮な感じがしました。これはギャレス・エドワーズ監督の前作『モンスターズ/地球外生命体』【2】でも用いられていた手法だったので、その監督を抜擢してゴジラでこの撮り方をするというのは正解だったと思います。

 それから、ラストシーンもよかったですね。海にゴジラが去っていって、その背中を見送った途端にあっさり映画が終わる。僕は平成ゴジラ【3】の、海の底で死んだと思われたゴジラが最後の最後で「ヤツはまだ生きていた!」と終わるエンディングには「またか」
と思っていたので「これだよ!」と。

宇野 僕は実際に観るまで、正直に言うとあまり期待していなかったんですね。だけど観てみたら意外とよかった。脚本はもう少し整理できたと思うし、手放しでは絶賛できないですが、全体としてはそれなりに満足している。

 今回の『GODZILLA』は、初代『ゴジラ』【4】でも84年版『ゴジラ』【5】でもなく、「VSシリーズ」【6】のリメイクになっていて、それが正解だった気がします。

 怪獣映画のルーツにはハリウッドで生まれたキング・コングがあるけれど、日本の怪獣はそこから隔世遺伝的に派生して、ほぼ別物になってしまっている。だからアメリカで再びゴジラを撮ろうとしたら、「怪獣とはなんなのか」を問い直す映画にならざるを得ない。

 日本において怪獣は、当初は戦争の比喩として誕生した。ゴジラは原爆や水爆といった国民国家の軍事力の比喩だったし、それが街を襲うのは空襲の比喩だった。戦後日本では直接的に戦争映画を描けなかったので、怪獣というファンタジーの存在を投入することでイマジネーションを進化させていったのが特撮映画だったわけです。それが70年代には戦争の記憶が薄れ社会が複雑化して、その比喩が説得力を持たなくなり、怪獣なのに正義の味方になってしまったり公害の比喩になったりと迷走してしまった。その後、90年代に、当時のリアリティを取り入れる形でゴジラを作り直そうとしてVSシリーズが作られ、そのコンセプトをより徹底させたものとして「平成ガメラ」【7】が生まれた。善でも悪でもなく、敵となる怪獣がやってきたら地球の生態系を守るために戦う「地球の白血球」的存在としてガメラを描こうとしたのだけど、さまざまな理由からスタッフはコンセプトを徹底できなかった。象徴的なのは『ガメラ2 レギオン襲来』のラストですね。瀕死のガメラが子どもたちの祈りによって復活し、結局ヒーローになってしまう。当時のスタッフは、そうしないと怪獣映画をまとめられなかったんだと思うんですね。物語的なカタルシスを、そうしないと作れなかった。だから90年代は日本の怪獣映画にとって、怪獣をシステムとして描こうとして失敗していった時期だった。

 そして本作では、ラストシーンで、去ってゆくゴジラを見て「神だ」と言うわけです。今作のゴジラは自然界のバランスを壊すムートーと戦うために現れて、自然の摂理そのもの=神として描かれている。これは日本人にはできない言い切りで、アメリカ人が怪獣というものを真正面から受け止めると、「神」という結論にならざるを得ないんだな、と思いました。だからこそ、ラストでただ去っていくゴジラを見て、VSシリーズを下敷きにした意味がよくわかった。一周回ってベタな設定になっているとは思うけれど、非常に説得力があった。システムとしての怪獣ではなく、「神」としての怪獣王としてゴジラを捉えることで、平成ガメラシリーズの罠を回避しているわけです。まあ、映画全体のつくりは、特に脚本がざっくりしすぎていて、全体的な完成度を考えると、VSシリーズはともかく、平成ガメラを超えたとはちょっと言い難いような気もしますが……。

切通 僕は今作は、今までのすべてのゴジラシリーズを肯定していると思いましたね。初代から『ゴジラ対メガロ』、あるいは84年版『ゴジラ』まで、どれに繋がってもおかしくない。誕生の理由は大きく異なるけれど【8】、それ以外、実はゴジラという存在そのものはベールに包まれていていじってないんです。ムートーは放射能を食べているし、雌雄があって生殖もするけれど、ゴジラは何を食べているか、オスかメスかもわからない。人間に攻撃されるとムートーは反撃するけど、ゴジラは意に介さない。「スターさん」なんだな、と。

 それと、従来のゴジラ映画では、ゴジラが暴れているところに新幹線や電車が走ってくるのが不自然すぎる、とよく言われていました。あんな大きなものが出現して歩いてきたら交通機関なんか止められるはずなのに、いかにも見せ場を作るためにやっている、と。今作ではムートーが電磁波を出すせいで通信機器が使えなくなり、ゴジラがいつ出るか予測できなくなるし、突然現れるところを見せられる。劇中のニュース画面で「怪獣王は救世主か?」というテロップが表示されますが、ゴジラを見て救世主だと思う人がいてもいいし、破壊神だと思う人がいてもいい。ゴジラは合理性を超えた自然法則の中にいて、ただ戦って、役目が終わったら去っていく。

宇野 人間世界の完全な外側に怪獣を置くというのは、日本の怪獣映画がわかっていながらずっとできなかった”正解”だと思うんですよ。日本人にはこの勇気がなかった。それは原発へのアプローチに関してもそう。本作において原発というのは、人間の営みが生んだけれど暴走した結果、制御できなくなってしまったものの象徴でしょう。その比喩としての怪獣は、本来日本で作るべきだったけれど、それは政治的にやれなかった。結局、日本の特撮は原発を飲み込むことができなかったわけです。まだ時期的に難しいというのはあると思うんですが、やっぱり日本でこれができればよかったな、と観ていて強く思いました。

切通 ただ、ものすごく近くで爆発や事故が起きても被爆の恐怖が描かれないところは、そういうテーマにしては乱暴すぎるというか、観ながら失笑したところもあります。破壊された原発の立入禁止地区に入ったお父さんがマスクを取って「ほら、大丈夫だ」とやっていたけれど【9】、毒ガスじゃないんだからマスクを取った瞬間に苦しくなるってものじゃない。認識の甘さにびっくりしました(笑)。

宇野 確かに、原子力が象徴する人間の営み≒ムートーと、因果律の外側にいるゴジラ、という比喩で映画を作っておきながら、放射能そのものへの考察がゼロに近いという乱暴さはすごかった(苦笑)。

切通 日本人が今さらされている被爆の恐怖はどこにあるのかが、皮膚感覚ではわかっていないし、劇中で時々聞こえる日本語も怒鳴るような喋り方ばかりだったり、日本に対する理解はハテナの部分があるのに、ゴジラの位置づけに関してはものすごく理解してくれているというアンバランスさにくらくらしました。

宇野 これはもうひとことで言うと、怪獣はリスペクトされているけど、日本人はリスペクトされていないということなんですよ。結局戦後70年をかけて、アメリカには日本の歴史は理解されなかったけれど、サブカルチャーだけが国境を超えてグローバルに伸びていったということが明確にわかってしまう映画でもあった。

切通 他方、怪獣そのものはとにかくかっこよかったですね。最初に動かない絵だけで見たゴジラは、背ビレがちょっと特徴的すぎて微妙に思えたんですが、実際に動いているのを見ると「なるほど」と。ムートーもそうですが、立体造形物としての完成度を追求したのではなくて、映画の中で脚だけ映すとかある角度から見上げるとか、そういうことから逆算したデザインだと思うんですよ。日本では「VSシリーズ」で確立されたゴジラの造形が一番かっこいいと言って今回のゴジラを批判する人が結構いるんですが、じゃああのゴジラが出てきた映画が面白いかというとそうではない。立体造形物としてかっこいいのと、映画として機能するのはまったく別ですからね。ただ、今回興行成績が日本では良くないのは、そのビジュアルの魅力が観ていない人には伝わりづらいからなのかな、とも思いました。

宇野 いちファンとしてはあまり言いたくないことですが、ある時期の日本の特撮には諦めがあったと思う。つまり、特撮は子ども向けで、尺も限られているので、本編映像の中で十全に描ききることはできない、と。大人のマニアは、同時に出るパンフレットや出版物などから裏設定を読み取って楽しんで、ビジュアルのかっこよさはフィギュアやガレージキットで楽しむものだ、という文化になっていた。それが90年代後半あたりから、平成ガメラや平成ウルトラマン、あるいは平成ライダーによって、作品自体も大人にも面白くできるんだ、という路線にも説得力が出てきたけれど、ゴジラにはこの流れの中で決定的な作品が出てこなかったと思うんですよね。その結果、映像で見るからこそ怪獣の怖さやかっこよさがわかるという体験を忘れてしまっている気がする。今回の『GODZILLA』で、久々に「動くと良さがわかる」タイプの怪獣の造形が見られたなと。

切通 ゴジラの大きさも、思い切って超巨大にしたのが成功していましたね。VSシリーズでは80メートルくらいで、中途半端に大きくて人間との対比が出ないけれど、高層ビルよりは小さいという微妙な設定だった。それが今回はとてつもなく大きくて、都市ではゴジラの足元くらいしか見えないというのがすごくよかったです。20〜30メートルくらいに小さくしたほうが人間との対比が出ていいんじゃないか、という意見が特撮マニアの間ではずっと存在していて、僕もそう思っていた部分があったんですが、逆にあそこまで大きくすると、視界がさえぎられた中で目撃する面白さが出るというのは新鮮でした。その伏線があった上での、上空9000メートルから降下しながら両者の対決が見えるところは、あの映画が「勝った」瞬間ですね。

 あとはどう今作を続編に繋げてゆくのか。ラドン、モスラ、キングギドラの登場が予告されていますが、戦っているのをあまり見せずに映す手法をまた取るのだとしたら、これをどう処理するのか。まだ若い監督なので、どれくらい手駒があるのか、次回作が不安でもあり楽しみでもありますね。

(構成/佐藤大志)

宇野常寛(うの・つねひろ)
1978年生まれ。企画ユニット「第二次惑星開発委員会」主宰。批評誌「PLANETS」の発行と、文化・社会・メディアを主軸に幅広い評論活動を展開する。

切通理作(きりどおし・りさく)
1964年生まれ。90年代からアニメ、特撮含め文化時評の領域で活躍する。メルマガ『映画の友よ』主宰。10月、昭和ゴジラの監督に迫る『本多猪四郎 無冠の巨匠 MONSTER MASTER』刊行予定。

作品紹介
『GODZILLA/ゴジラ』

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監督/ギャレス・エドワーズ 脚本/マックス・ボレンタインほか 出演/アーロン・テイラー=ジョンソン、渡辺謙ほか 配給/東宝 公開/7月25日(日本)

1999年、日本の雀路羅市に建設された原子力発電所で働くジョーとサンドラ夫妻の間には、一人息子のフォードがいた。ある日突然原発付近で異常振動が起き、発電所が崩壊。サンドラは事故に巻き込まれて死んでしまう。そして15年後、軍の爆発物処理班に勤務する海軍大尉となったフォードは、家族を残して日本を訪れる。日本に残っていた父のジョーが、立入禁止地区に踏み行って逮捕されたためだった。サンドラの死の理由を探るべく、原発崩壊事故の深層を調べていたジョーと共に雀路羅市を訪れたフォードは、原発の跡地で研究機関・モナークによって囚われている怪獣ムートーの姿を見る。やがてムートーは縛めを解いて暴れ出し、海を渡ってハワイ経由でアメリカ本土を目指そうとする。そこに立ちはだかるのが、モナークの芹沢博士(渡辺謙)たちが長年調査してきた”生態系の王”ゴジラだった──。

【1】ムートー
本作の敵怪獣。見た目は昆虫に似ている。フィリピンの炭鉱で発見された化石に繭の状態で寄生しており、一匹は日本へ、一匹は卵の状態でアメリカ本土に保管される。日本にやってきた雄は雀路羅市の原発を破壊し、そこで研究機関・モナークの管理のもと隔離されていた。目覚めた二匹は、生殖のためにアメリカ西海岸を目指す。

【2】『モンスターズ/地球外生命体』
監督・脚本/ギャレス・エドワーズ 公開/11年
地球外生命体のサンプルを積んだ探査機がメキシコ上空で大破してから数年後、近辺に謎の生物が多数発生。危険地帯となったメキシコに、カメラマンがスクープを狙って乗り込む。

【3】平成ゴジラ
後述の84年版『ゴジラ』から『ゴジラVSデストロイア』までの7作を指す。

【4】『ゴジラ』
1954年に公開された第一作目。日本の怪獣映画の始祖。海底に潜む太古の怪獣が水爆実験によって目を覚まし、東京を襲撃するという設定。今回の『GODZILLA』で渡辺謙が演じた芹沢猪四郎博士の名は、この作品のキーマン・芹沢大助博士の苗字と、監督・本多猪四郎の名前から付けられている。

【5】84年版『ゴジラ』
84年公開、ゴジラシリーズ16作目。54年版から時間軸が繋がっており、ゴジラは人類の敵として描かれる。

【6】「VSシリーズ」
89年『ゴジラVSビオランテ』を皮切りに、キングギドラ(91年)、モスラ(92年)、メカゴジラ(93年)、スペースゴジラ(94年)、デストロイアとゴジラが戦う一連シリーズ。

【7】「平成ガメラ」
『ガメラ 大怪獣空中決戦』(95年)、『ガメラ2 レギオン襲来』(96年)、『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(99年)の3部作。すべて金子修介監督、樋口真嗣特技監督、伊藤和典脚本。

【8】誕生の理由は〜
ゴジラは本作では、ペルム紀の恐竜大量絶滅から地下に逃れた、当時の生態系の頂点に立っていた種族の生き残りとして描かれる。その存在は人類に知られており、その脅威を密かに抹殺すべく、米軍は太平洋でたびたび水爆実験を行ってきたというのが本作での設定。水爆実験によってたたき起こされたという初代ゴジラの設定とは真逆になっている。

【9】立入禁止地区に入った〜
原発事故以後立入禁止地区となっていた雀路羅市に、ジョーとフォード父子が侵入。走り回る野良犬とガイガーカウンターの数値を見て、放射能汚染はないと判断したジョーは防護服のマスクを外す。
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