(写真/石田 寛)
AIカウンセリングが普及し、自己診断を行う患者が急増する現代。精神医療という「人の心」を扱う聖域までもテクノロジーに駆逐されるのか。急速なAIの拡大に危機感と戸惑いを抱く精神医療現場の医師たちが、1980年代より最初期の生成AI開発に従事してきた認知科学者・苫米地英人博士に、「生成AIの本質」、そして「人間だけに可能な真の医療」の行方を問う──。
心が平和になるために必要な美容とは?
苫米地英人(とまべち・ひでと)
認知科学者。カーネギーメロン大学で日本人初の計算言語学博士号を取得。1980年代より最初期の生成AI開発に従事し、世界初の音声通訳システムを開発したAI研究の先駆者。一方で、米ハーバード大学等と機能脳科学研究に従事し、脳による情報処理と変性意識のメカニズムを解明。現在はAIと脳の両視点から能力開発プログラムの普及や認知戦研究に尽力している。近著に『生成AIの正体』(ビジネス社)など。
中山 まずはAIとは少し離れた質問からさせてください。私は新宿で皮膚科とメンタルを専門に診療を行っています。美容の施術で見た目がきれいになれば、セルフイメージが上がり、心も晴れやかになると考えているのですが、博士のご見解はいかがでしょうか。
苫米地 心のありようが皮膚に現れるのは当たり前の話だよね。逆もまたしかりで、見た目が変われば心も変わる。これはコーチングにおける「ゴールとコンフォートゾーン(慣れ親しんだ快適な空間)」【欄外参照】の関係と同じだよ。
中山 その「関係」とは、具体的にどういうことでしょうか。
苫米地 簡単に言えば、コンフォートゾーンの中にいる限り、人は変われないということ。脳には「今の自分」を維持しようとする強力な力(ホメオスタシス【欄外参照】)があるからね。 だから、先に「理想の自分(ゴール)」を設定して、脳にとっての「快適な場所」を未来側にずらしてやる必要がある。そうすれば、脳は「今のさえない自分」のほうに違和感を抱き、勝手にゴールに向かって変化し始めるんだよ。ただし、現代の「美」には大きな罠がある。多くの人が「美の正解」として、たとえば「韓国女優」のような特定の型を共有しているよね。
中山 まさに、カウンセリングでも「誰かと同じ顔」になりたいという人が多いですね。
苫米地 だけど、それをやると「美」の概念がどんどん狭くなる。それは個々の好みの共通項、つまり「サブセット(部分集合)」でしかないから。その狭い定義から漏れた瞬間、人は「自分は美しくない」と心を病んでしまう。そうではなく、「抽象度」【欄外参照】を一個上げて、全体を包摂することで共有部分を作ることが必要なんだ。
中山 抽象度を上げる……。それは具体的に何をすることなのでしょうか?
中山愛医師(「新宿皮膚と心の診療所」院長)
苫米地 たとえば、「猫」と「犬」の抽象度を一つ上げるとは、それらを包摂する「哺乳類」という概念に視点を置くということ。要は、サブセットを求めるのではなく、リースト・アッパー・バウンド(最小上界=LUB)でコンフォートゾーンを作っていくの。これが「美の包摂」だね。「韓国美人もいいけど、日本の平安美人もいいよね」と、一段高い視点から両方を認められるようになること。で、それの何がいいのかというと、「心が平和」になるのね。心が平和な人はおそらく皮膚も元気でしょ? だから美と心の関係を考える時は、患者の抽象度を上げることを考える。ただし、抽象度が上がりすぎると、今度は臨場感が下がってしまうんだ。
中山 確かに犬や猫を「可愛い」と思う人は多いですけど、「哺乳類を可愛い」と言う人はあまりいませんね(笑)。
苫米地 ただし、「哺乳類」ではなくて、「ペット」という概念でくくれば、哺乳類全体が可愛く感じられるでしょ?そこには「愛でる対象」という高い次元の共感、つまりLUBがあるからだよね。これを美容に置き換えると、「二重で、鼻筋で通っていて」などという特定の顔に執着するのではなく、自分自身や他者の多様な美しさにリアリティを感じられるようなところまで抽象度を上げるということ。つまり、この「ちょうどいい高さの抽象度」を提示して、その人が認識している美の世界を書き換えることが、これからの医師の仕事になるんじゃないかな。
精神科医が生き残ることができる理由
大土 僕はAIの進化についてお聞きしたいです。最近のAIは驚くほど優秀で、軽い神経症のカウンセリングなら完璧にこなしてしまいます。このまま進化が続けば、精神科医はAIに駆逐されてしまうのでしょうか? AIに勝てるとしたら、どんなスキルや分野なのでしょうか?