[今回のゲスト]
九重龍二
九重部屋・第十四代九重親方
パーソナリティ心理学を活かして組織と人材の成長を支援するコンサル企業「HRD株式会社」代表取締役・韮原祐介氏が、 “人を育てる立場”にある、各界のリーダーやトップをゲストに迎え、人材育成と自己成長をテーマに語り合う当連載。今回は名門・九重部屋の第十四代九重親方こと九重龍二氏と「精神論と観察眼」について本音で語り合う――。
(写真/増永彩子)
韮原祐介(以下、韮原) 大関在位65場所は歴代1位タイで、幕内最高優勝を3度果たした2000年代を代表する大関・千代大海関。現在は九重龍二として、師匠である大横綱・千代の富士関(十三代九重)の跡を継ぎ、名門・九重部屋の第十四代九重親方として弟子たちの指導に心血を注いでいます。「どういう関係?」と思われるかもしれませんが、この連載の第1回に登場したアーティストの高橋理子さんが九重部屋の仕着せ(浴衣)をデザインしているご縁で、今回ご一緒させていただくことができました。改めて、親方が力士になるまでの経緯を教えてもらえますか?
九重龍二(以下、九重) 僕は中学に上がる頃には体重が100~110キロ、身長は172センチほどと、小学生の頃から頭ひとつ分大きかった。そのため、小学4年生の頃からいろいろな相撲部屋がスカウトに来てくれていましたが、すべて門前払いにしていました。
韮原 しかし、16歳のときにお母様に「力士になれ!」と言われたことが転機となったそうですね。
九重 そう。そして、実は九重親方だけはスカウトに来ませんでした。でも当時最強の横綱といえば千代の富士、『キン肉マン』の「ウルフマン(=リキシマン)」のモデルというのも知っていて、入門するなら強い人の部屋に行きたいという思いから、九重部屋に入門しました。
韮原 1992年に初土俵を踏まれますが、Netflixのオリジナルドラマ『サンクチュアリ -聖域-』などでも描かれているように、相撲界の下積み生活には壮絶な印象があります。稽古や住み込み生活の中で、特に大変だった記憶はありますか?