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尾崎世界観、Saori、ミリヤらから見る、アーティストが小説で自己を解放する理由

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2015年、芸人・又吉直樹が『火花』で芥川賞を受賞した衝撃は大きかったが、小説家が本業でない“執筆家”による文芸界での善戦をご存じだろうか。例えば、2017年にはSEKAI NO OWARIのSaori(藤崎沙織)は、孤独の中に出会った異性の先輩と共に夢を追う青春時代を描いた『ふたご』(文藝春秋)で直木賞候補となった。2020年には、マッサージ店で働く母親の様子を女児の視点で綴る尾崎世界観の『母影』(新潮社)が芥川賞候補となり、また同年、NEWSの加藤シゲアキは高校生の群像劇を描いた『オルタネート』(新潮社)で直木賞候補に選ばれている。残念ながらどれも受賞には至らなかったとはいえ、小説として高い評価を集めたのは記憶に新しい。

彼らはなぜ小説を出すのか。いつの時代においてもタレント本の売れ筋は、手軽な写真集やフォトエッセイであり、アーティストに至っては制作やライブが主戦場である。執筆をするにせよ、相当な労力を費やす小説ともなれば、何か強い動機なくして完成できないのではないか。

そして、小説を執筆したアーティストたちの思いをたどると、ある共通点が見つかった。藤崎沙織の名前で執筆をするSaori(SEKAI NO OWARI)、一貫して女性を主人公にした小説をすでに5冊以上も上梓している加藤ミリヤ、そして共作も含めると3作の小説を上梓した尾崎世界観(クリープハイプ)。以下、この3人を中心に、アーティストが小説を書き始めた経緯を探っていきたい。

編集者が見抜くアーティストの筆致

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SEKAI NO OWARIのメンバーであるSaoriは「藤崎彩織」名義で執筆。(写真/Kristian Dowling./Getty Images)

まずは単純に、背中を押した人間の存在だ。3人とも自発的ではなく、他者に勧められてから小説執筆をスタートしている。Saoriがペンを執ったのはSEKAI NO OWARIのボーカル・Fukaseより小説の制作を勧められた2012年8月。一度は断るも、押し切られるように書き始めてみたが、「もう一生終わらないんじゃないかと思っていた」と「TREND EYES」(TOKYO-FM)で完成をあきらめていた当時を振り返っていた。一方で「それがすごい良かったんです」と語るのは、途中段階の原稿をFukaseから受け取った編集者・篠原一朗氏。(J-WAVE「SONAR MUSIC」より)

篠原氏は幻冬舎や文藝春秋社で数々のベストセラーを担当した有名編集者として知られている。その篠原氏によって半ば強制的に締切が決まり、執筆から5年越しの17年に『ふたご』は発刊となった。またタイミングも幸いしていたのだろう。Saoriの場合、本格的な執筆作業に入ったのは産休の時期だったようだ。「仕事がなかったら出産を心配し過ぎてどうにかなってしまっていたと思う」と振り返っており、音楽活動ができなかったからこそ執筆に専念できたのかもしれない。(文春オンライン 「藤崎彩織×岸田奈美」対談より)

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「ファンの人から、『こんな人だとは思わなかった』と思われても仕方がないです」と潔く語っている尾崎世界観。(※写真はクリープハイプHPより)

尾崎世界観も似たエピソードを「好書好日」のインタビューで明かしている。執筆のオファーを受けた14年頃、彼は体調不良により声が出ず、バンドの継続すら危うんでいた時期だったという。そんなときだからこそ「たまたま編集の方に『書きませんか』と声をかけていただいて、それで書き始めました。逃げ道だったんです」と、素直に振り返っている。この“編集の方”も、Saoriに締切を設けた前述の篠原氏だった。同氏は雑誌などで読む尾崎世界観の文章を“センスの塊”と感じていたと語り、いまだ存在しない尾崎世界観の小説に強い期待を寄せていた。なお、篠原氏は20年に「株式会社水鈴社」を立ち上げて独立し、同社からSaori(藤崎沙織名義)の2作目となるエッセイ集『ねじねじ録』も出版している。

加藤ミリヤにも同様に、背中を押した人物がいる。直接自著の編集者ではないが、加藤ミリヤは長文の手紙でとある編集者から「あなたの書く歌詞は、すでに文学だ」と口説かれて小説を書き始めたと、過去の本誌のインタビューで明かしている。そして加藤ミリヤの場合は、そのときすでに音楽活動で満たされていない表現欲求があったようで、「単純に、詳細に気持ちを書けるというのが嬉しいですよね。それがしたくて小説を書きはじめたので」と語る言葉からは、執筆を前向きに楽しんでいる様子がうかがえる。(「ダ・ヴィンチ」 加藤ミリヤが小説『28』に込めた思いとは?より)

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楽曲以上に独自の世界観が詳細に描写される加藤ミリヤ。(写真/Jun Sato/WireImage)
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