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写真時評~モンタージュ 現在×過去~

万博とオリンピック

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「産業宮殿」1855年(パリ万博)

 予定通りであれば、2025年に大阪では55年ぶり、日本では愛知万博以来20年ぶりの万博が開催されるという。当初の「産業の祭典」という意味での万博が歴史的な役割を終えて久しいこともあり、現代オリンピックの異常な過熱ぶりに比べて盛り上がりに欠けるが、かつては万博のほうが重要なイベントであった。特に19世紀末から20世紀初頭にかけては万博をはじめとした各種博覧会は全盛期を迎え、「博覧会の時代」ともいえる時代を迎えていた。

 第1回万博は、1851年にロンドンのクリスタル・パレスで開催され、集客的にも大成功を収めた。ロンドン万博と共に近代万博の礎を築いたのが、19世紀後半に計5度も開催されたパリ万博である。1855年の第1回パリ万博のメイン会場となった「パレ・ド・ランデュストリ(産業宮)」の正面入り口の上には、フランスを象徴する女神が産業と芸術という2人の娘に金の冠をかぶせようとしているエリアス・ルニョーの彫像が設置されていた【上画像】(鹿島茂『絶景、パリ万国博覧会』河出書房新社、1992年)。これは優秀な出品者には、国家による褒賞が与えられることを意味するもので、この万博ではそれまで国内で開催されていた内国博を踏襲して、優秀な出品物には大金・金・銀・銅のメダルが授与された。このように初期の万博は、世界中から集められた産業製品を比較し、序列化する、いわば産業製品のオリンピックのような国際イベントであり、バカラやティファニーのように万博での受賞を機にブランドとしての価値を高めたメーカーも出現した(現在のオリンピックにおけるメダルの授与は、万博に倣ったものであるから、時系列的な順序が逆ではあるが)。

 第1回パリ万博の展示物に値札が付けられていたということからも知れるように、万博は産業製品の見本市のような機能を有していた。そして、産業によってもたらされる豊かな未来の実現のために自国民の欲望をあおり、実物教育を行う巨大なプロパガンダ装置としての役割も果たすようになる。その意味では、万博を近代的な消費生活の起源として位置づけることも可能かもしれない。

 万博の展示に着想を得たパリの百貨店ボン・マルシェがショーウィンドーや照明を多用したスペクタクルな商品陳列法を考案し、現在の百貨店の基礎を築いたことは、よく知られているだろう。ボン・マルシェは万博に商品を出品しただけでなく、1900年のパリ万博で独自のパビリオンを建設したり、万博を記念した宣伝用のカードを配布するなど、世界中からたくさんの人々が集まる万博を広報の場として積極的に活用した。万博のパビリオンは、基本的には会期が終われば撤去されてしまう仮設的なものであったが、百貨店が常設化された万博のような役割を果たしていくのである。

 1900年のパリ万博は19世紀を振り返り、新たな世紀への展望を示した。これに続き20世紀最初の万博となったのは、アメリカ・ミズーリ州で開催されたセントルイス万博、別名「ルイジアナ購入記念博覧会」である。アメリカがフランスからルイジアナ一帯を購入してから100周年を記念した万博で、アメリカ初のオリンピックと会期を合わせるために1年遅らせて1904年に開催された。新領土獲得の記憶をその名に冠しているように、この万博は1890年代にフロンティアの征服を終え、米西戦争の勝利によって海外植民地を獲得したアメリカが、その軍事的勝利を国内外にアピールする機会となった。万博史上最大規模を誇る広大な会場に人類学者らの協力により、フィリピン原住民や南北アメリカ・インディアン、アイヌなどの集落が再現されたことでも知られている。19世紀後半から20世紀初頭にかけての万博は、西洋列強の勝利を祝う、いわば帝国主義のショーケースとして機能していた側面がある。

 このとき、同時開催されていたセントルイス・オリンピックに関連して万博の人類学展示出演のために集まった人々がその身体能力を競ったのが、「アンソロポロジー・デイ(人類学の日)」というイベントだった。2日間にわたってアーチェリーや徒競走、投てき、棒登り、幅跳び、やり投げ、綱引きなどの競技が行われ、日本からはアイヌ4名が、そのほかコンゴのピグミー、アメリカ・インディアン、フィリピンのモロ族などが参加した。このイベントを考案した人類学者たちは、日常的に狩猟などを行い、野山で暮らす「原住民」たちが欧米人をしのぐ身体能力を持つと考え、セントルイス万博を彼らの身体能力を計測するための機会ととらえたのだろうか。しかし、本土の日本人や中国人も参加を打診されていたというから、セントルイス・オリンピックに参加を許されていなかった非白人が対象になったと考えたほうがいいだろう(宮武公夫『海を渡ったアイヌ』岩波書店、2010年)。

 万博やオリンピックのような大規模な国際イベントが、さまざまな地域の人々が入り乱れる国際的な雰囲気に包まれていたことは、言うまでもない。鉄道網や航路の発展、広範囲にわたる列強諸国の植民地支配がこうした人間やモノの移動を可能にしたわけだが、多くの人々が長距離を移動し、互いに接触することに伴うリスクもまた発生していた。それは気候や住環境の変化、長距離移動の疲れなどに伴う病気のまん延、あるいはウイルス感染といったリスクである。

 1900年の週刊誌「ラ・ヴィ・イリュストレ」の表紙には、万博に出演するシンハラ人たちに医師がワクチンを打っている様子が写真入りで報じられている。こうした医学的な対策は、ほかの博覧会でも行われることがあったが、1897年のブリュッセル万博におけるコンゴ人のように、万博の出演者が異国の地で病気にかかり命を落とすケースもあった。

 今回、新型コロナウイルスのパンデミックが浮かび上がらせたのは、万博やオリンピックのような大規模な国際イベントによる人間の移動には、高いリスクが伴う、という現代の我々がほとんど忘れかけていた問題であった。今後、こうした巨大イベントの招致に手を挙げる国が減少するのは避けられないだろうが、今や時代の遺物という感もある万博は、そろそろその歴史に幕を下ろしてもいい頃なのかもしれない。

*写真の資料はすべて著者蔵

小原真史
キュレーター、映像作家。監督作品に『カメラになった男ー写真家中平卓馬』。著書に『富士幻景︱近代日本と富士の病』などがある。2021年2月6~28日にKyoto Experiment(京都国際舞台芸術祭)の一環として、著者が企画した展覧会「イッツ・ア・スモール・ワールド:帝国の祭典と人間の展示」が京都伝統産業ミュージアムにて開催予定。

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