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町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第137回

『魂のゆくえ』腐敗した巨大教会の“不都合な真実”と改革派牧師の闘争

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『魂のゆくえ』

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ニューヨーク州の田舎町にある小さな教会の牧師トラーは、信者のメアリーから相談を受ける。彼女の夫は環境問題を憂いて、出産に反対しているというのだ。だが、地元の教会が環境汚染企業から献金を受けていたことが発覚し……。監督・脚本:ポール・シュレイダー、出演:イーサン・ホークほか。日本公開中。

『魂のゆくえ』の主人公エルンスト・トラー(イーサン・ホーク) は牧師。彼が勤める教会は、南北戦争前に南部からの逃亡奴隷をかくまって、北部に逃した歴史ある建物だが、今はさびれて信者はまばら。経営も苦しい。

 トラーは心も折れている。2003年、彼は一人息子を従軍牧師としてイラク戦争に行かせたが、IED(手製爆弾)で戦死した。妻はトラーを責めて家を出た。孤独なトラーは毎晩ひとりウイスキーをあおるだけの希望のない日々を送っている。

 信者を奪ったのは近くのメガチャーチだ。メガチャーチとは収容人数数千人の巨大教会で、テレビCMで宣伝し、レーザーやスモークを使ってショーアップされた説教を行い、クレジットカードで寄付させる。年間数千万ドルを集めるが、宗教法人なのでもちろん無税。

 トラーの教会のわずかな信者のひとり、若い妊婦メアリー(アマンダ・セイフライド)が相談してくる。夫マイケルが子どもを欲しがらないから説得してくれと。マイケルは、温暖化で滅びゆく地球に子孫を残したくないのだ。

 マイケルに言われて、トラーは環境破壊の現実を知り、衝撃を受ける。こんなひどい現実に自分はキリスト教徒として何もできないのか? だが、酒浸りのトラーは血を吐き、胃がんと診断される。このまま無意味に死んでしまうのか? 神の使徒としての役割を何も果たせぬまま。

 そしてトラーはマイケルの家のガレージで爆弾を仕込んだベストを発見する。彼は地元の公害企業に自爆テロを仕掛けるつもりだったのだ。その企業は地元教会の大口スポンサーでもあった……。

 トラーは改革派である。改革派とは、16世紀、宗教改革で聖書への回帰を掲げたカルヴァンの思想に基づくプロテスタントで、カトリックからの弾圧を逃れ、オランダからアメリカに移民した。『魂のゆくえ』の監督ポール・シュレイダーは改革派の両親に厳格に育てられ、映画は罪深き娯楽として禁じられ、成長するまで観たことがなかった。

 1972年、26歳のシュレイダーは評論集『聖なる映画』を出版した。小津安二郎、ロベール・ブレッソン、カール・テオドア・ドライヤーの映画における、抑制的な撮影スタイルを分析し、それは観客に神秘体験を与えるためのテクニックだと論じた。

 その後のシュレイダー自身は脚本家・監督としてハリウッドで活躍したが、「聖なる映画」ではなく『タクシードライバー』『アメリカン・ジゴロ』『レイジング・ブル』など、暴力と欲望を追求していった。

「まさか、70過ぎて『聖なる映画』を実現するとは思わなかったよ」

 シュレイダーは語る。

 トラーは父のない妊婦メアリー、つまり聖母マリアの導きで地球と直接つながる神秘体験を経て、自分の使命に目覚める。

 なぜ、シュレイダーは今、この映画を作らねばならなかったのか。

 メガチャーチに集まる人々はエヴァンジェリカル(福音派)またはファンダメンタリスト(聖書原理主義者)と呼ばれる、保守的なキリスト教徒でアメリカの人口の25%を占める。彼らは進化論や同性愛に反対するが、なぜか、二酸化炭素による地球温暖化を信じない人が多い。18年のABCテレビの調査によれば、福音派のうち、温暖化が深刻な問題だと考えている人はわずか32%しかいない。「それは彼らが信仰よりも権力を求めているからだよ」とシュレイダーは言う。

 80年の大統領選でレーガン候補が人工中絶を憲法で禁止すると約束して福音派の支持を獲得して以来、保守的キリスト教徒は共和党の支持基盤となってきた。共和党は中絶や同性婚の禁止などのモラルについては福音派に従う一方で、経済政策では環境規制緩和や富裕層減税など大企業を優遇する。福音派は、モラルで共和党を動かす代わりに、共和党の地球温暖化否定を受け入れる。実際、04年の大統領選挙で福音派は、ブッシュ政権が掲げた同性婚禁止と引き換えに、イラク戦争を支持した。

「アメリカの保守的キリスト教徒は、愛国心と経済的繁栄を語るが、それは本来、聖書とはなんの関係もない」

 トラーは腐敗したメガチャーチに怒りをぶつける。腐敗したカトリックに反乱して聖書に立ち返れと叫んだプロテスタントのように。

まちやま・ともひろ
映画評論家。サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』 (新潮文庫)、『今のアメリカがわかる映画100本』(小社刊)など著書多数。

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