『Legend』
ボブ・マーリー(販売元:ユニバーサルミュージック)
もともと1984年にリリースされた本作は、1973年から1983年にアイランドから発表された曲をコンパイルしたベスト盤。元から14曲で50分、LPとしては長めの収録だったが、00年代以降のデラックス盤はさらに追加曲あり。個人的には時代順になっていないことが気になるし、選曲も最良とは思えないのだが。
防弾少年団に関する取材を受けたことがある。某雑誌で。2時間も熱く語ったのに、記事では200文字ほどに超絶凝縮されたことにも驚いたが、それより衝撃を受けたのは……私はミーゴスやフューチャーといった現行米ヒップホップ・シーンの王道アーティストたちがBTSに与えた影響を語ったのに、それが「現代最高峰のラッパーの1人、ケンドリック・ラマーうんぬん」とまとめられていたこと! 「読者の知識に合わせるとケンドリックが限界」ということらしいが、それではまるで「主婦にもわかるように説明してください」と言ってのけた高橋真麻のようではないか。
どうやらここ日本では、「アメリカのヒップホップ」という集合体よりも、ケンドリック・ラマーという個人のほうが大きい存在らしいぞ……と、イビツさを感じる今日この頃。そんな日本で知られているか否かは不明だが、今の米音楽マーケットでは、かつてないほどにヒップホップ/R&Bのパワーが増している。特に一昨年は「アメリカ史上初めてヒップホップ/R&Bがロックを抜き、全米最強の人気ジャンルとなった年」だ。
しかし、そういった輝かしい実績の陰に隠れて、未曾有の危機が進行中。「ヒップホップ/R&B」というが、R&Bはどこにある?
例えば、4月初頭の「ビルボード」R&Bアルバム・チャート。ここ何年かチャートから離れている人は、心して見たほうがいい。5位にエントリーしているのは、ボブ・マーリーのベスト盤『Legend』! 11位はマイケル・ジャクソンのベスト盤『The Essential Michael Jackson』! 19位は同じくマイケルの『Thriller』! ……クラシック過多ではないか? マイケルの作品は、例のドキュメンタリーで再び火が付いた疑惑が逆に追い風となっているのだろうと想像できる。だが、ボブ・マーリーは?
そして、24位には――クラシックと呼ぶには、我々のような古株には記憶が新しいが――アッシャーの『Confessions』がランクインしている。
さらには――。現役連中のチャートイン作品にしても、首位のカリード『American Teen』、8位のザ・ウィーケンド『Starboy』、12位のブルーノ・マーズ『24K Magic』、14位のザ・ウィーケンド『Beauty Behind The Madness』、15位のリアーナ『Anti』など、リリースから100週を超えてロングラン・ヒット中の作品がボコボコある。
かつては、新作と新作が激突し、しのぎを削っていたビルボード・チャートが……。なぜ、こんな「旧譜だらけ」の状態になってしまったのだろうか?
ここで、改めて我が国における伝統的な音楽ファンの生態を振り返ってみよう。
日本はリイシュー大国であり、それを愛する文化的風土があった。理屈っぽい音楽専門誌各種の力も大きかったし。特に90年代初頭あたりから(?)はCDによる再発ブーム。忘れた頃に掘り起こされる旧譜は、デジタル・リマスタリングなどを施された上に未発表音源がプラスされたCDとして再紹介され、再評価がなされてきた。それは何度も、何度も。
オリジナル盤を所持していても「買わざるを得ない」という義務感に駆り立てられること、それはまるでK-POPのリパッケージ盤の如し。こうしてクラシックなアルバムたちが、数年に一度ほどレザレクトされてきたのだ。
で、ちゃんと数字を検分していない――それはむしろ飯田一史に任せたい――ので、ここからは推論でしかないのだが……前述の日本のようなリイシュー文化が根付かなかった米欧では、今になって「擬似リイシュー・ブーム」とでも呼ぶべきものが起きているのではないか。音楽のサブスクリプション・サービスの登場によって。だが、サブスクリプションは問題の半分、もしくは半分未満でしかないのだ。
さらなる問題は、同じくビルボードのトップR&B/ヒップホップ・アルバム・チャートを見れば一目瞭然だろう。初登場1位となっているのが、北インド(シーク教徒)系ラッパーのナヴだったりするところに新たな時代を感じられるのは素晴らしいのだが……いったい「R&B」と呼ぶことのできるアルバムは、どこに……?
まるや・きゅうべえ
サイト『bmr』を携えて退社。4月29日(月)には「ゲイアンセム大会」、5月5日(日)は「中華圏R&B/ヒップホップ会」、5月12日(日)は「ゲーム・オブ・スローンズ会」。ツイッター〈@QB_MARUYA〉