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第2特集
平成の世と昭和初期「歴史は繰り返す」のか!?【2】

【歴史学者・一ノ瀬俊也氏】が語る「戦前日本の軍隊イメージ」…現代との単純比較は無意味である!

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近代の軍事史・社会史が專門の気鋭の歴史学者が語る、戦前日本の軍隊イメージや戦争イメージ。当時の日本人にとって、軍隊とは手っ取り早い立身出世の手段であった!

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1904年に勃発した日露戦争の様子。1894年に勃発した日清戦争も含め、この時代、日本は戦争に負けたことがなかった。

──この現代という時代が、先の大戦に至る大正~昭和初期の状況と似ているとの声がありますが、近代史の専門家のお立場から見て、こうした指摘は妥当なのでしょうか?

一ノ瀬俊也(以下、一ノ瀬) 確かに似ているといえなくもないですが、当時といまでは社会状況も人々のものの考え方も違うので、そこを無視して「似ているから危ない」と議論しても、極端な話、デマゴーグになりかねません。

──それは、戦争に対する考え方の違いということですか?

一ノ瀬 もちろんそれもあります。戦前の日本人の多くは、戦争を一種の景気回復手段と捉えていたんです。つまり、昭和恐慌で困窮していた日本国民は、戦争すれば、具体的には中国に打って出れば、土地も食べ物も手に入ると思っていた。もし中国に侵攻すれば、日本の膨張政策を警戒し、中国市場にも興味を示していたアメリカと戦争することになるかもしれないけど、大衆の中には「勝てば賠償金をふんだくれるし、仮に負けて属国になったとしても、いまよりはマシな暮らしができるだろう」などと言う人さえいた。それは、一面では当時の庶民感情を端的に切り取っていると思いますね。

──ずいぶんと楽観的というか……。

一ノ瀬 一部のインテリ層には反戦思想を持つ人もいたでしょうが、現在のように圧倒的多数の国民が平和主義を支持している状況とはまったく異なります。なにしろ、明治から昭和初期の日本人は戦争に負けたことがないし、そもそも戦争といっても相手の国を完全に滅ぼすまで戦うようなものでもなかったわけですから。

──その後の戦争で日本中が焦土と化すなどとは考えてもいなかったわけですね。

一ノ瀬 ええ、日本の反戦平和主義は、ああいう形で圧倒的に戦争に負けたからこそ出てきたものでしょう。

──では、戦争に動員された兵士たちはどう考えていたのでしょうか?

一ノ瀬 戦争に行ったから直ちに貧しさから解放されるというわけではありませんし、多くの人は徴兵で軍隊に入りますが、少なくとも当時の庶民にとって軍隊は、立身出世のための手段の一つという意味合いが強かった。当時、小作農の家に生まれた次男三男など、ただの厄介者なわけです。かといって都会に出たところで土地も学歴もないからわりのいい仕事になど就けない。ところが、軍隊に入れば勉強もできて給料ももらえて、結果社会的な身分も上昇するかもしれないわけです。

──現在の自衛隊も、就職難の時期は求人に応募者が殺到していましたが、それとはまた意味合いが違う?

一ノ瀬 自衛隊は、兵に当たる「士」の場合2年ないし3年の任期制ですから、一生の仕事として自衛官を選ぶ人は少ないでしょう。ましてや、昔のように社会的上昇を求めて入隊する人がどれだけいるのか……。別の言い方をすれば、戦前の日本軍には対外戦争の勝利による威信があったけど、いまの自衛隊にはそういう意味での威信は少ない。いまの世の中には自衛隊にアレルギーを持つ人も珍しくないですよね。そこが戦前との決定的な違いでしょう。

──確かに、自衛隊は税金泥棒のような扱いをされることもたびたびあります。

一ノ瀬 ただ、大正時代の日本軍には、それと少し似たところがありました。つまり、第一次大戦後しばらく対外戦争のない平和な時期が続き、「軍人なんていらない」という風潮が出てきたわけです。中国は内戦で分裂状態だし、ロシアも革命で戦争どころじゃない。アメリカとは仲が悪いけど、まだ戦争状態に突入するほどではないだろうと。

──世界的にも、大戦への反省から、軍縮ムードが高まっている時期ですね。

一ノ瀬 ええ。そうした潮流は日本にも波及し、「戦後不況下で大勢の軍人を国費で養う必要があるのか」「海軍は対米戦を想定して軍艦の建設に熱心だけど、そんな金がどこにあるのか」といった世論が形成されていきます。でも、軍縮とは、現場の職業軍人にとってはリストラですから、当然不満が出る。その不満を解消し、かつ再び国民の承認を得るためには何か手柄を立てなければならない。じゃあ、南満州鉄道を爆破して満州を占領しようか、という話にもなる。

──満州事変の背景には、日本軍の威信回復という動機もあったと。

一ノ瀬 そういう面も大きいでしょう。そして実際、威信は回復します。満州事変はよく「軍部の暴走」という言葉とセットで語られますが、端緒は暴走であっても、その後戦線を拡大していくには、一定の国民の支持が必要ですから。この背景には少々複雑な事情があるのですが、要は当時の国民は、政友会と民政党という二大政党による政党政治に失望していたんです。不況で政党は自分たちを食わせてくれないという閉塞感が立ち込めていたところに、軍が登場して「俺たちが中国を攻略してお前らを食わせてやる」と訴える。結果、国民が政党を見捨てて軍の支持に走ったというのは、わかる話です。

──国民の支持という点に関してですが、現在の安倍政権下では、特定秘密保護法や安保法制に反対する大規模な抗議デモが行われましたが、のちに“天下の悪法”といった扱いを受ける治安維持法が制定される大正時代、国民からの反発はなかったのですか?

一ノ瀬 ほぼなかったでしょうね。というのも、当時は共産主義の勢力が拡大していた時期で、治安維持法は国内の共産主義者を取り締まるために作られた法律だからです。一方、特定秘密保護法は外国のスパイ活動を防止する法律ですし、そもそも論からいっても趣旨がまったく違う法ですよね。

──大正時代は、治安維持法が施行されて困る人はいなかった?

一ノ瀬 もちろん都市部には左翼思想に染まったインテリもいましたし、帝国議会では法案に反対する議員もいました。しかし一般的には、共産主義は日本の体制をひっくり返して金持ちから土地や財産を奪う恐ろしい思想というイメージでしたから、大多数の国民にとって「アカ」は悪者で、その悪者を取り締まる法律はあってしかるべき、という認識だったと思われます。そもそも、当時は「思想信条の自由」という価値観は今ほどありませんでしたから、特定の思想を排除するということに対して疑問を持ちにくかったという言い方もできます。

──治安維持法が“天下の悪法”だというのは、あくまでも戦後の評価であると?

一ノ瀬 戦後しばらく歴史学の主流を占めるのはマルクス主義史観に立つ歴史学者たち、つまり戦前・戦中の治安維持法下で弾圧されていた側の人であったわけです。となれば、治安維持法は「天下の悪法」という書き方になる。もちろん、大正期の支配層が、普通選挙法の施行に乗じて左翼勢力が伸張するのを懸念し、治安維持法をセットで作ったことは間違いないし、数多くの人々の思想信条の自由が侵されたことも事実。けれども戦前の価値観からすれば、「悪法」という認識を持った人の割合は少なかったはずです。

──価値観や時代背景が異なる過去と現在の出来事を単純に比較して、似ているかいないかの判断を下すことはできないということですね。

一ノ瀬 ええ。繰り返しになりますが、戦争が国を豊かにする手段だと思われていた昭和初期と、戦争は悲惨であるし、すべきではないと考えている人が支配的な現代という時代背景を踏まえずに、ただ表面的な状況や類似点だけを比較して「昔と似ている。これから戦争の時代に突入する」と言いつのっても、それは“ためにする議論”でしかないと思いますね。

(文/須藤 輝)

一ノ瀬俊也(いちのせ・としや)
1971年、福岡県生まれ。埼玉大学教養学部准教授。専門は日本近現代史。著書に『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』(文藝春秋、2012年)、『戦艦大和講義 私たちにとって太平洋戦争とは何か』(人文書院、2015年)など。

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